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ランニング嫌いは、持久走の授業が原因では?

2019.01.08 (Tue)

新学期が始まるにあたって、娘が憂鬱そうにしてました。まぁ、新学期前はいつもコレなので「あ、また?」で済ませるつもりでしたが、いちおう「どうした?」と聞くと、「体育で持久走が始まるから」というでないの。今でこそ、日常的にランニングしている僕も、持久走の授業はつまらなかった。運動場のトラックをグルグルするだけって、なにが楽しいんでしょ?と思ってました。

親バカの僕が言うのもなんですけど、娘は夏まで山岳部に所属していて、唯一の女子部員ながら男子のペースにもなんとか付いていける持久力はあるはず。この夏は、一日で、北岳山荘キャンプ場から北岳(日本で二番目に高い山)アタックした後、間ノ岳、農鳥岳を越え、大門沢下降点から奈良田キャンプ場まで縦走したらしいから(山好きに聞いても「そらヘンタイ、いやタイヘンや!」という行程らしい)、そうとう頑張れる持久力はあるはず。

にもかかわらず、持久走の授業が憂鬱だと。

まず押さえたいのは、いわゆる一般的な持久力と、持久走の授業でいう持久力とは、別モノらしい点。

持久走の授業の内容を聞くと、どうやら陸上競技の中距離走をさせているらしい。20分走という距離固定でペースは自由というのもあったり、距離は3000mときには5000mという回もあるらしい。この3000~5000mは、運動部の生徒達でもなかなかシンドイ距離だと思います。運動部といっても、格闘技系や持久系ときどき瞬発系ではなく、常時瞬発&持久系競技の人達にはマッチする内容だと思いますが…あれ?もしかして、この系統って陸上の中距離しか存在しないんじゃ?あ、スケートがありましたね。あれはほぼ陸上と同じでしょうね。

持久走といえばマラソン!ですが、笹川スポーツ財団の調査によると、

「『年1回以上ジョギングやランニングをする』と答えた20歳以上の割合は、2006年の5.9%(推計人口606万人)から右肩上がりで、2012年に過去最高の9.7%(同1009万人)を記録。だが2014年は9.5%(同986万人)、2016年は8.6%(同893万人)に落ち込んだ。」

という(参考記事)。もっとも、この記事の「年1回以上走る」には、地域や会社や子どもの運動会で走るのも含まれるので、「10人に1人」という予想外に多いランナー人口に。

「週2回以上の人」についても推計している。「こちらもピークは2012年の385万人で、2014年は374万人、2016年は364万人と減っている」(参考記事)。

週2回以上が人口比で約3%(しかも都市部に偏在)。100人に3人がランニング愛好者とみてよいでしょう。僕の周囲には比較的たくさんいますが、それでも1クラス(町内会?)換算すると、せいぜい0~1人程度。逆に、「ランニング?キライ!」「なんで金払ってまで走るの?アホとちゃう?」という人が大半。元運動部の人達ですら、キライ!と言う人が多い。その

ランニング嫌いは、
「持久走」の授業が原因では?


というのが、僕の仮説。

結論から言うと、陸上中距離走的な持久走の授業内容だと、「二度と走るか!」という気持ちになって当たり前。トラックをグルグルグルグル回って、ヒィヒィゼェゼェ走って、「これ!楽しい!」「持久走の時間が楽しみ」というのは、マラソン愛好者よりもさらに少ない「どヘンタイ」であると断言します(おそらく当人達も認めるはず。それくらい過酷ですし)。

体育授業における持久走の概念と指導方法に関する検討(PDF)」というレポートを読むと、体育授業における持久走の指導方法には大きく二つに分類できるとある。一つは、「陸上としての持久走」概念をもつ実践。もう一つは、長く走ることそのものの楽しさを重視した実践。

体育=「体を育てる」という科目名に合う生徒が多いのは、上の2つの実践のどちらかは明白。体育授業における持久走単元で、陸上中距離走的な内容を課すというのは、ごく限られた適性を持つ生徒に向けた「エリート教育」であり、残り大多数の生徒には不要な負荷と言っていいでしょう。


ここからは、「体を育てる」ための持久走授業を妄想してみます。

スポーツ、とくに陸上競技というのは、幸いなことに成果を数値化しやすい種目です。ところが、これが「陸上としての持久走」になると、たんなるタイムトライアルになります。学校代表の駅伝選手選抜なら、それでも意味があるでしょうけど、それなら、希望者のみの参加にすべきです。

数値で「体が育つ」ことを認識できるメリットを活かし、しかも全員が主体性をもって参加できる授業法ができるはずです。例えば、陸上競技会で優勝したい生徒と、肥満を克服したい、運動不足を解消したい生徒が同じメニューでは、これは「体を育てる」科目に意味がない。

まずは、エリートだけではなく半数以上の生徒に伝わる「走るメリット」を教える。そのメリットに対して、今の自分が取り組みたい(自分に必要な)メニューを考えさせる。

例えば、「速く走れるようになるのが楽しい」という人には、陸上競技的なトレーニングとタイムアタックなど、従来の持久走授業でいいと思います。

「健康管理やダイエット」「体型維持&管理」「持久筋強化」を求めるのなら、生物や保健の授業内容とも連動させ、栄養吸収や脂肪燃焼、心肺機能、循環系、筋肉組成などもあわせて組み立てさせる。

「走ることで人と仲良くなる」ことを求める生徒もいるだろう。そういう生徒には、どこをどうやってどう走れば人と人とが繋がるか?という観点が求められるはず(マーケティング的?)。

「受験勉強のリフレッシュ」を求める生徒には、どう走ればリフレッシュできるか?気持ちいいか?という自分を掘り下げる視点が求められるはず。

「走り終わった後のビールが…」という生徒はいないはずですが、「ご飯が美味しくなる」というのもありですね。どのくらい走って腹を減らすのが一番ご飯が美味くなるか?美味い不味いという主観的な値を、いかに客観的に分析するか?これも調査法の一つです。

実際に、いろんな方法でいろんな距離、いろんなコース、いろんなペースで走らせてみる。
→効果はあったか?
→上手くいかなかったのはなぜか?より効果的にするにはどうしたらよいか?
→よりよい結果を導くためのメニューを再設定
→再び実践
→結果と検証
→メニューの再設定

体育の授業で、自分を実験台にPDCAサイクルが体験できるわけです。どんなにユックリでも短い距離でも、とにかく走ることだけを必須にして、あとは自由。たくさん走ればイイや、速く走ればイイというのではなく、いかに自分で目標を作り、追求できたかを評価基準にする授業はどうかと思います。

「こんなことをしても、サボる生徒はサボる」と言われそうだけど、意味もなく高負荷ランニングを課して、熱中症や貧血、低血糖、足腰のトラブルを負わせるよりは、教師の責任は軽いはず。どうせ、高負荷ランニングを課しても、サボる生徒はサボるモンです。逆に、放っておいても頑張って走る生徒もいます。問題は中間層をどう主体的に参加させるか?です。それ以外の上と下は放っておいてイイんです。



そこで、まず、確認したいことがあるんです。
「チコちゃんに叱られる」じゃないけど、

今こそすべての日本の体育教師に問います。
「あなた長距離走、好きですか?」と。


教師自身が「長距離走るってオモロイ!」と思えないようじゃ、生徒もイヤイヤ走になると思います。まず自分がオモシロイ!と思えないと、意味もなく走らされる感が伝わるだけです。

ボーッと走らせてんじゃねぇよ!

でございます。

(「観戦という授業はどうでしょ?」へ続く)


18:19  |  日々の出来事  |  Comment(0)

YMO「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」

2019.01.08 (Tue)

2019年1月2日に放送された、NHK名盤ドキュメントト「YMO“ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー”」の録画したいたものを、今夜見ました。

僕が小6の1979年に発売されたアルバム。当時の僕は、まったくそのことは知らず、はじめて聞いたのは中学1年になった1980年になってから。聞いた記憶が2回。どっちが先だったかは覚えていないけど、2回ともその時の光景を鮮明に覚えています。

記憶の中の光景から、秋だと思うけど、文化祭だったのか、それともオーストラリアからの交換留学生のレセプションだったか、とにかく僕は中学校の体育館の舞台上で、吹奏楽部員として座っていました。吹奏楽部員でいっぱいのステージ上手にエレクトーンが置いてありました。自分たちがなにを演奏したかはまったく覚えていないけど、僕たちの演奏の後、そのエレクトーンで中3のかなり背が高く、横幅もかなり大きな男子が演奏したのが、「RYDEEN (雷電/ライディーン)」でした。「ソリッド・ステート・サバイバー」の3曲目の名曲。

「なんちゅー格好エエ曲や!」

その男子生徒は、少なくとも吹奏楽部に所属している人ではなく、合唱部でもなさそうで、たぶん柔道部の先輩だったと思います。そんな彼が、左右の手と両足バラバラに、しかもなにやらスイッチ類をイジリながら、そして大汗かきながらエレクトーンを弾いている姿を、後ろから見ながら、ただただ曲も格好イイけど、演奏しているのも格好いい!と思ったのでした。それが一つ目の記憶。

もう一つは弁当時間の記憶。
昼休みの弁当時間。放送部が校内放送を流していたんだけど、ある日流れたのが「RYDEEN (雷電/ライディーン)」。「ソリッド・ステート・サバイバー」の他の曲も流れたのかもしれないけど、覚えているのは「RYDEEN (雷電/ライディーン)」のみ。その曲のイントロが流れ出すと、箸をドラムスティックにして、弁当箱を叩きながら、狂ったように首を振る級友!音楽をスピーカーの前で正座して聴くべしという「音学」として育てられた僕にとって、人をここまで動かす音や楽曲の力!なんて自由な聞き方!これまた衝撃の光景となりました。

参考までにいうと、このヘッドバンギング男は、数年後に、僕がギターを弾いていたハードロックバンドでボーカルをすることになる、石原大造でした。一緒のクラスになったのは、この中1の時だけ。高校も別だったけど、通学路で再会して高2の半年と、大学2年から3年の時に一緒のバンドで活動することになるのでした。

音楽といえば、クラシックの曲がほとんど、他は映画音楽と、たまに爆発的なヒットをしてクラスのみんなが歌って覚えたピンクレディーや、およげたい焼き君程度。今から思えば、本当に偏った音楽を聞いていた僕にとって、「RYDEEN (雷電/ライディーン)」は、はじめて格好イイ曲!と思えた楽曲でした。いい曲はあっても格好イイと思える曲はなかなか巡り会えないモンです。

この曲をきっかけに少しずつクラシック以外の音楽に触れられるようになるのですが、この「RYDEEN (雷電/ライディーン)」を越える衝撃は、その後、中3になるまで巡り会えずでした。なにしろ歌謡番組は見ることを許されず、ラジオも電源をONする権限ナシ(なぜかプロ野球のラジオ中継はたまにOK)。レコードはプレイヤー自体が家になかったし、ミュージックカセットもそれが買える小遣いの金額ではなかったので、ポピュラー音楽の情報が入る余地はほぼゼロ。しかも、音学はジッとして聞かねばならないという、なかなかのストイックな環境でした。ただ、ストイックなだけならまだしも、クラシック音楽以外をバカにしたような親の見解を、世の中そういうものだと思っていたので、自分でもポピュラー音楽を受け入れる必要性を感じてなかったのもありました。

そんな中学1年生の僕が、格好エエ曲!と出会ったのが「RYDEEN (雷電/ライディーン)」。そして、その後、少しずつ聞くことになる「ソリッド・ステート・サバイバー」の各曲。とはいえ、今夜まで4曲目の「CASTALIA (キャスタリア)」がこんなにイイ曲だと知りませんでした。そして「DAY TRIPPER(デイ・トリッパー)」のギターが鮎川誠だったというのも今日知りました。ツアーにはずっと渡辺香津美がサポートしていたので、この曲もてっきり。それにしても、ずいぶん泥臭いロックなフレーズ弾くなぁと思っていたんだけど、鮎川誠なら納得です。

番組ではDENONのカートリッジが映ってました。レコードプレイヤーが家になかったし、高校時代はラジカセ暮らし。大学時代にCDの時代になってしまい、レコードとは触れ合う機会がありませんでした。クラシック音楽原理主義だったわりに、音質にはまったく無頓着だった親は、「良いプレイヤーで聞いたら、違う曲になるんか?」と言われたのを覚えています。僕の中の、欠落体験の一つは、レコードをプレイヤーに乗せて、針を落とす作業なのかもしれません。あのDENONのカートリッジは、その象徴的アイテムと言えましょう。

良きオーディオセットへの憧れは、中高時代ズッとありました。とにかくモノラル再生機しかなくて、ステレオ再生自体が憧れでしたし。音が鮮明になることが、うるさくなるのと同義になる価値観のもとでは、高校時代にステレオラジカセを買ってもらうのが精一杯。そういや、ウォークマンが登場したのも中学時代。中2の時に発売になったウォークマンⅡのオレンジのヘッドフォンが格好良くて、憧れました。もうレコードプレイヤーやコンポなど夢の機械だったけど、ウォークマンくらいなら買ってもらえるかと親に聞いたら「そんな金はない」と言われたのも覚えています。ウォークマンすら買う金がないのに、ステレオコンポなど無理に決まっているし、ましてや部活で使う楽器(トロンボーン)などとうてい買ってもらえるわけもないと納得した記憶があります。

中3で出会った「RYDEEN (雷電/ライディーン)」を越える格好イイ曲。それはラジオで聞いたイーグルスの「ホテルカリフォルニア」のライブ盤のギターソロ。その数ヶ月後に聞いたJOURNEYの「Don't Stop Believing」。中2の後半から日曜朝の「不二家歌謡ベストテン」を聞かせてもらえるようになり、ようやく世間のヒット曲を耳にできるように。「ギンギラギンにさりげなく」「風立ちぬ」はこの時の曲。中3の途中で引っ越して、自分の部屋と自分のラジカセが与えられ、FMラジオが聞けるようになり、洋楽も聞けるようになったのでした。「ウルサイ」と言われ、ほとんどヘッドフォンで聴いていましたけど。

ここからギターを買うまでが、これまたさらにキビシイ道のりで…。


「RYDEEN (雷電/ライディーン)」の衝撃の話が、いつの間にやら、音楽環境に関するルサンチマンの吐露に。いろいろ思い出す番組でした。



そういえば、ラジオの電源ON権は、それほど厳格でなかったような記憶もあります。松田聖子の「夢で逢えたら」や伊藤つかさの「星に願いを」を聞いていた記憶があるし。…調べてみたら1981〜1983年頃の番組ですね。やっぱり中1の時はラジオも聞いてなかったようです。

そういえばのついでにもう一つ。「リムスキー=コルサコフ /トロンボーン協奏曲 変ロ長調」の入っていたカセットテープに、伊藤つかさの「星に願いを」を上から録音してしまったことがありました。親からは烈火の如く叱られました。吹奏楽部で自分が担当する楽器の協奏曲が入ったカセット音源。それをミーハーなタレントのラジオで消すとはケシカラン!だったのでしょう。

とはいえ、MY楽器でない学校備品の吹奏楽部員。チューバくらい個人では手が出ない楽器なら学校備品でも問題ないけど、個人で買えてしまう楽器のパートには備品楽器も少ない。中1の間は超年代物で緑青が浮かんだボロボロの備品楽器が割り当てられていました。吹いても吹いても鳴らない楽器とのお付き合いでした。中2以降は運良くほどほどな備品楽器が当たったけど、それは3年の先輩がMY楽器を買ってもらえたから回ってきた楽器。パートの後輩もMY楽器を買ってもらえる人達だったので、僕はそのほどほどを使い続けられたけど、いつボロに回るかわからないし、進学先の高校で備品楽器が当たるとも限らないなか、トロンボーンを続けられるかは運次第。トロンボーン協奏曲の上から伊藤つかさを録音してしまったのは、たんなる失敗だったのかもしれないけど、子どもながらにこの楽器とは長く付き合えないことを悟ったのかもしれません。今から思えば、金もかかるし練習場所にも困る管楽器と距離ができたことで、ヘンな進路を考えずにすんでヨカッタと思いますけどね。これは、あくまでも結果論。

 
00:54  |  音楽  |  Comment(0)

白熱教室

2019.01.03 (Thu)

NHKーBSの「マイケル・サンデルの白熱教室2018」をみました。5回連続の再放送分の中盤2,3,4くらいを見ました。

テーマの設定や議論に取り入れる具体的な現象の選び方、反対意見の掘り下げ方など、毎回ながら上手やなぁと思いながら見ていました。話がチョットわき道へ逸れるのもありなのが良いです。

こういうように、正しいか?正しくないか?ではなく、自分の考えと違う考えに接することで、より考えを深めていくことこそ、教育だと思いたいです。

ある人が「教育は洗脳だ」と言いました。正しいか?正しくないか?や敵か?味方か?を伝えるだけなら、それは正解かもしれません。

いずれにしても、意見の違いと人格攻撃が直結しないという、討論のルールが成立する環境の中で、自由闊達な議論が進められるというのは、見ているだけで (たとえそれがファンタジーだとしても) 気持ちのいいものです。それを番組としてみているだけでも、自分の視野が少し広がった気になれるところも良いです。

日本の討論番組だとなかなかこういう形にならないし、なんだか勝つか負けるかの議論になってしまい、考えが変わることや深まることをゴールにできないような気がします。どこかで、「みんな一緒であって欲しい」と思っているからなんでしょうか?

家族をはじめとする組織での話し合いも、主張し合うだけの主張勝負になってしまいがち。お互いのイイところ取りができるコミュニケーションが訓練できる機会…ないものでしょうか?ケンカの仲裁みたいなのは、その機会だったんでしょうかね?

違いを尊重することも大切だけど、まずは同じ部分(例えば、仲良く暮らしたいなどの価値観←仲良くってどういう状態?の確認も含めて)を確認してから、そこに向かうにはどうしたらと構成すると、ちょっとは話も前に進むんでしょうか?

いずれにしても、世界情勢をはじめ、話し合いが成立するという機会すら珍しくなっているような気がする昨今。せめて身近な人とは話し合って解決できると信じたいものです。

 
18:34  |  日々の出来事  |  Comment(0)

2019年の目標

2019.01.01 (Tue)

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2019年の目標。

今ある連載原稿を一回でも長く続けること。

引き続き大きなケガや病気のない一年にすること。

人生の終盤に備えて再教育投資(専門領域、教養領域、言語領域)すること。

講演訪問都道府県で残った2県、青森県と島根県で講演すること。

 
09:00  |  日々の出来事  |  Comment(0)

2018年ありがとうございました

2018.12.31 (Mon)

今年も残すところあと1時間弱。残り少ない時間だけど、いちおう一年のまとめをしておこうと思い立ち、今年の出来事いろいろを思い出しました。

6月から別宅「村上サロン」を借り始めました。まさか、自宅があるのに、さらにもう一軒、家をもつとは思いませんでした。これも人のご縁のおかげです。6月の地震も、9月の台風21号もなんとか乗り越えました。昭和初期の家屋から学ぶことも多く、東京新聞での家事連載のネタとして、たくさん使いました。家賃分のモトは取らねば!という意識も働いてます。

その新聞連載ですが、東京新聞に加えて、7月からは日経新聞の土曜版「日経プラス1」での連載も始まりました。紙面まるまる一面を文章、写真、構成などかなりいろいろ関わっての連載です。7月から5回掲載されて、やっとペース感覚がつかめてきた感じです。この先の題材など、課題は多いですが、一回でも長く続けられるように頑張ります。

3月のアナハイム→ロックフォートツアー。2/19~2/28でカリフォルニア州のアナハイムとイリノイ州ロックフォードへ行きました。アナハイムでの一軒家を借りての滞在と、ロックフォードでのホームステイ。この間、ずっとボブさんと一緒だったので、たくさん英語を話したり聞くいい機会になりました。アメリカンライフをほんの少し経験できました。アメリカで暮らすかどうかはともかく、久しぶりに英語ドップリの時間に「せめて英語くらいで、伝えたいことが伝えられないと、他の言語などとうてい無理やな」と思えるように。

6月に義父が亡くなりました。なんだか、新年にもまた会えるような気がしているんですけど、もうこの世にはいないんだな…と改めて感じています。テレビ好きな義父だったので、今ごろ、あの世で年末のスペシャル番組を10台くらいテレビを並べて見てるに違いないです。

佐賀県での講演が11月にありました。これで、47都道府県の中で、講演での未踏地は青森県、島根県、千葉県の3県に。千葉県は2019年1月20日に千葉市での講演が決まっています。大きな災害や事件や事故がない限り実現すると思います。従って、残りは青森県と島根県の2県のみ。この2県はプライベートでも訪れたことのない県。2019年中に是非、訪れたいと願っています。

そして今月末。大学院修士時代に借りていた奨学金の返済が終わりました。肩の荷が下りてホッとした年末を過ごしています。借りるの一瞬、返すの延々。こんなに長くかかるとは思ってませんでした。でも、借りたのは無駄じゃなかったと思えています。

7月末にラフティング初体験しました。それも流れが激しくて有名な吉野川でデビュー。やったことないことを体験できるというのは、年々難しくなるのかもしれないけど、それでも、まだそれができるというのはうれしいモンです。誘って、連れて行ってくれた岡山さんに感謝。


50歳を過ぎ、いつの間にか51歳!年々時間が過ぎるのが早く感じるようになりました。
大晦日の紅白をちょっと酔っ払いながら見ながら、

ボーッと過ごしてんじゃネェよ!

とチコちゃんに叱られそうな気がしてます。日々同じことの繰り返しのように見えても、毎回全然違う瞬間を感じられるよう、ライブな時間を大切にしていきたいです。2019年の抱負も、今年の初頭と同様、なにもありません。ただ、一日一日、当たり前ではなく有り難いこととして、大事に暮らしていくのみです。

2019年もよろしくお願いいたします。

 
23:27  |  日々の出来事  |  Comment(0)

奨学金の返済終了

2018.12.28 (Fri)

昨日(12月27日)、口座から179,646円が引き落とされていました。
毎年、この時期に引き落とされる179,641円よりも、
今年は5円多い最終回スペシャル額でした。

そして、これをもって、僕の奨学金返済は終了となりました。
バンザイ!万歳!バンザーイ!!

今の講演と執筆という仕事をしていると、収入は多い年もあるけど、少ない年もあるので、年末が近づき、「今年は大丈夫かなぁ?」と不安になった年も何度か経験。

脱サラして大学院に進学した、修士課程の2年間だけ奨学金を受け取ったのですが、その返済には、ずいぶん長くかかった気がします。

たった2年分でもこの返済負担感。
奨学金という名前は付いているけど、借金は借金。債務を負って社会人になるというのは、僕のような脱サラ組はともかく、これから社会に出て行く若者には、とてつもない重荷なのは間違いないことだと思います。できることなら、借金なしで勉強や研究ができる環境があれば…と思います。

僕が無事に全額返済できたのは、ただただ運が良かったからだと思います。大きなケガや病気にもならず、家族も元気で、親も介護や経済的な心配がなく、そして、途切れることなく仕事の機会も与えてもらえ、本当に恵まれていたと思います。

一時は「自分の人生どこまで落ちるんやろ?」という時期もありましたが、そこから這い上がれるキッカケの一つが奨学金だったかもしれません。少なくとも金銭的には余裕をもって、研究領域とは少し関係が薄い領域の本を買ったり、研究会や交流会に出られました。そのおかげで、修士課程から博士課程に進学して研究対象が変わっても、さらには研究から退いた後の、今の仕事の理論的な基盤を形成することができたのだと思います。

とにかく、返済が終わって一段落。ここらで祝杯でも挙げたいところだけど、明日、締切の連載原稿があるので、それまではお預けです。

 
23:02  |  日々の出来事  |  Comment(0)

加湿器を買った

2018.12.27 (Thu)

12月中頃から、朝起きると、喉(鼻)の奥に違和感が起こるように。「のどぬ~る ぬれマスク」を付けて寝ると、翌朝の喉は異常なし。とはいえ、毎晩、マスクを付けて寝ても、朝には外してしまってることもあり、同時に喉の具合も安定しない。鼻の奥が痛いので、鼻風邪?と思ったりしたけど、普通にランニングはできるし、身体が温まれば痛みもマシになる。なんとも落ち着かない午前中を日々過ごしていました。

部屋の乾燥が原因かも?というのは、以前から感じていて、とりあえず手近にあった無印良品の「超音波アロマディフューザー11SS」を加湿器モードで寝る時に使ってました。でも、これって最長3時間しか稼働させられないんです。そして、加湿器が止まってしばらくした、毎朝4時頃には喉が乾燥してカリンカリンになって目が覚めてました。

一晩中使える加湿器が欲しい。

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というわけで、買いました。
TaoTronicsの加湿器
たっぷりの容量(買ったのは2リットル版)で、一晩どころか二晩くらい給水なしで使えます。この加湿器は超音波式。大きすぎない本体というのもポイントに選びました。静かなのもよい。高価な加湿器になると、センサーで温度や湿度を調整してくれるみたいだけど、その辺りは一切無し。ただ、水がなくなると自動的に停止するので、最小限のセンサーは働いているようで好評価。

なにしろ3,699円。無印良品のアレは定価4,890円。アレよりも安い!
最初、どこからどう水を入れればイイのかわかりにくく、仕組みもどうなっているのか「?」だったんだけど、一通り使うと、「あ、なるほど、こうなってたのか」と理解できるように。
 
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10.5畳の僕の部屋の湿度を20%チョイ上げてくれてます。さすがに、ちょっと上がり過ぎな気もします。朝、床に湿気を感じました。ずっと「強」にしてたんだけど、寝ている間は「弱」でも十分なような気がします。

当初の目的の「喉の痛み」対策は、今のところよく効いてます。使い始めてまだ二晩だけど、両日とも夜中に起きることなく過ごせてます。

 
22:56  |  日々の出来事  |  Comment(0)

イズミヤ伏見店に行ってきた

2018.12.17 (Mon)

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リニューアルオープンしたイズミヤ伏見店へ行ってきました。

イズミヤ伏見店がリニューアルオープンしたのは12月7日。10日も経てばだいぶん落ち着いてきているだろうという予想のもと訪問。

南側の国道24号線側から入る。自転車で行くと、かつてミスタードーナツがあった場所からは、押して歩けと。理由はよくわからないけど、上の画像の赤いコーンの間を通る。

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以前の店舗と同じく、入ると正面は野菜と果物コーナー。ドライフルーツの詰め放題は、近所の店舗にはないちょっとした差別化。補充にギリギリ感がみえたのがチョット残念(僕が行った時はナッツがピンチの在庫でした)。

その野菜コーナーの島を取り囲むように、肉コーナーから魚コーナーへと続く。たいていのスーパーは、野菜→肉(魚)→魚(肉)と直線的に並んでいるんだけど、ここは肉&魚が北東の角を占め、その内側の島に入口から続く野菜コーナーがある。たいていメニューというのは、肉と野菜のコンビネーション。野菜を決める時も、「この肉が安いから今夜は豚カツ!そしてら相棒はキャベツだな」という感じで連動する。商品の状態を見て、メニューの組み立てを考えながら買い物する場合は、直線的な並びよりも、移動距離が短いこの店舗構造は使いやすい。
 
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店舗の北西の角は冷凍食品売り場。隣の業務スーパーに対抗してか、1キロ袋のポテトなど、コストコ的な商品もポツポツとある。手前の島も冷凍食品。こちらは主にセール品。
 
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以前から、だいぶん頑張っていたお惣菜コーナー。前の家に住んでいた時は、加奈子を保育園に迎えに行った帰りに寄っていたので、お惣菜コーナーはお世話になっていました。ちょっとわかりにくいのは、例えば唐揚げ。真ん中の島にもあるし、壁側の厨房カウンターにもある。そして値段もほとんど変わらない。
 
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しかしまぁ、なんといっても、雰囲気が変わった一番の要因は、通路の広さ。前のイズミヤに比べると、確実に通路が広くなっている。カートのすれ違いは当然としても、3台並びも可能に。前の店舗は、通路の狭さと棚の高さで、ものすごい圧迫感があり、ユックリ買い物できない雰囲気だったのは否めない。改善して欲しかったところが改善していて、とてもイイ。
 
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これも近隣すーぱーとの差別化か、低糖質食品コーナーとアレルゲンフリーコーナー。この反対側は美容健康食品コーナー。攻めているのはわかるけど、地域的にそういうニーズはあるのかしら?と思ったり、いやいや桃山の丘の豪邸居住層をターゲットに?と思ったり。
 
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レジは、近隣のスーパーで言うと、ハッピーテラダ伏見店方式。スキャンだけ店員がして、精算は客がする。リニューアルオープンから10日経ったとはいえ、今日も精算機の前で固まっているオバちゃんに遭遇。レジスタッフの説明を聞いて、なんとか精算。北側数列にはレジ担当者に払う従来のマニュアル精算もあるので、「機械が苦手」という人はそっちで対応。とはいえ、スーパーのコストに占める人件費の割合は大きい。無人レジ化もじきに定着するはず。そうなると、友人レジは割高になったりする可能性も。
 
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精算は、現金以外に電子マネーでも払える。これはコープ桃山店でもみられる方式(コープ桃山店はマニュアル精算のみ)。チャージはこの機会で。チャー人いおまけが付く「お得」な日の設定が、コープは月一回なのにたいして、月3回ある(ただし1回当たりのおまけ額はコープの方が多い)。

上にも書いたように、前の家に住んでいた時は、保育園の送り迎え途中に、このイズミヤがあったので、本当によくお世話になったものでした。店員さんとも顔見知りだったし。家が変わったのもあって、しばらくご無沙汰してました。

今回のリニューアルオープンで久しぶりに訪ねてみたら、いろいろ変わっていました。
まず、以前のイズミヤカードは使えなくなっていました。

テナントとして入っていた鶏肉屋さん、お茶屋さん、マクドナルドなど、一階部分の小規模店はかなり抜けました。

2階(衣料品など)、3階(生活雑貨、家電、家具)部分は完全に消滅。そういえば、長年お世話になっていた「メガネの三城」もなくなっていた!

個人的には、3階の生活用品コーナーが好きで、いろいろ物色していました。ステンレスの洗濯ハンガーはあそこで買ったんでした。そこも無くなりました。なかなか店舗で置いている店がないので、この先は通販だのみに。なかなか循環しない在庫スペースの必要な商品は、通販にシフトする流れなんでしょうね。

ウチからだと、近い400m圏にコープとハッピーテラダと万代。その次の800m圏が、このイズミヤや大手筋界隈の店。選択肢が増えたというのは良きこと。
 
15:39  |  家事・子育て  |  Comment(0)

京阪沿線 水の路&街道めぐりフォトロゲイニング vol.2(宇治~伏見編)で3位!

2018.12.11 (Tue)

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12月9日(日)に行われた、京阪沿線 水の路&街道めぐりフォトロゲイニング vol.2(宇治~伏見編)に参加し、結果は3位でした。

ランニング関係で表彰されたのははじめての経験。3位でもうれしいモンですね。

チームは、「やんちゃ村」のマラニックの常連、はっしーこと橋爪さんをリーダーとして、彼と愉快な仲間達的なチームになりました。上の5人の右4人は「やんちゃ村」繋がり。左2人は「坂練」繋がり。
 
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スタート20分前にチェックポイントと地図が配られました。座っている2人は、2位でFinishのペア。
 
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序盤の数カ所は、僕の普段のランニングコース上。この「伏見奉行所跡」は自信もって「コッチです」と言える数少ないポイント。
 
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とはいえ、近所だからといって、なんでも知っているわけじゃない。例えば、この光明天皇大光明寺陵は、加奈子の通っていた小学校区内にあり、小学校から学童までの間にあり、その前は何度か通っているにも関わらず、存在を知らなかった場所。
 
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この黄檗山萬福寺も、こんな立派な門の寺がここにあったなんて、まったく知りませんでした。しょっちゅうこの近くを走っていたにも関わらずです。
 
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宇治橋たもとの紫式部は終盤に。だいぶんくたびれてきた時間帯。この後、JR宇治駅→宇治市市役所→宿木→ゴールへ。3時間という制限時間にたいして2時間54分5秒でゴール。遅刻減点は無し。

集計時間の間に、みんなで茶そばを食べに行き、結果発表会場に着くと「3位でしたよ」と他のやんちゃ村関係者から教わる。貼り出されたシートをみると、確かに3位。2位はスタート前の作戦タイムで近くにいたペア。1位は、僕らが行く先々で前にいたペア。貼り出されたシートでルート確認をすると、僕らが途中、電車で移動したところも、1位のペアは走ってチェックポイントに寄っていたようで、点差はその差だったようです。あとはまったく同じ。あそこも寄ってれば!とも思うけど、電車で休憩できたから、終盤も回れたのかもしれないし、そのへんの解釈は難しいところ。
 
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表彰式。
 
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チーム名じゃなくて、メンバー名での表彰状。僕は、ランニングはもとより、スポーツ全般においても、大きな大会はもちろん小さなイベントでも(参加賞以外で)表彰されたことがないので、生まれて初めての入賞経験!

子どもの頃は、身体が弱くて、しょっちゅう風邪を引いたり、ケガしたり、おまけに背は低くヒョロヒョロで力も弱く、足も決して速くなく、体育の時間は本当にパッとしない子どもでした。だから、フルマラソンを完走できるだけでも、子どもの頃から考えると信じられないくらい。サブ4なんて、絶対にムリと思っていたら、意外や意外、トライ一回目で達成。もう十分すぎるくらいです。そのまたおまけに、フォトロゲイニングで賞状までもらえて、もう言うことなしです。いつやめてもいいくらい(当分、やめないと思うけど)。
 
 
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さてさて、今回の大会の主催が京阪電車ということで、受付時に受け取る、参加賞やチラシの入った袋は3000系のデザイン。
 
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会場への行き帰りに乗った京阪宇治線は、行きも帰りも同じ10000系。それも同じ編成の、アニメ「響け!ユーフォニアム」のキャラクターヘッドマーク付き。
 
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そして、これまで撮る機会のなかった宇治駅の車止め。

RUN鉄も満喫でした。
 
23:28  |  ランニング  |  Comment(0)

昔の家事の知恵

2018.12.11 (Tue)

別宅の土間と居間の間の引き戸。以前から、開けようとすると引っ掛かる。ガラスの入った戸なので、重さもある。その重さで、引っ掛かると菱形に戸が歪む。ガラスが抜け落ちると大ごと。おまけに、今ではなかなか手に入りにくいガラス。

とりあえず、引っ掛かる原因を探ろうと、重たい戸を抜いて底を見てみる。

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戸車を入れようと試みた跡なのか?それとも以前、ここに戸車があったのが外れたのか?穴ポコだけが残っていました。その周囲はガッタガタ。

戸車を買って付け直そうかと思ったりしたけど、とりあえず一番安くかつ簡単に滑らせる、伝統的な「ろうを塗る」を試してみることに。
 
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近所のコーナンで買ったのは、「すべロウ」。ちょっとは軽くなるだろう、程度でたいした期待もせず、とりあえず敷居に塗り塗り。

あとで説明書を読むと、あんまり塗ると良くないらしい。チョビッとでエエらしい。

結果…なんといいますか、昔の家には昔の暮らしの知恵が活きるんですな。スルスルと開け閉めできるようになりました。引き戸も菱形に歪むこともなくなりました。調子に乗って、あっちこっちの敷居に塗りました。

 
21:44  |   |  Comment(0)
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