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下館ははるか遠く(名古屋、東京寄り道記)

2017.11.13 (Mon)

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11月12日開催の茨城県筑西市(もよりの駅は下館駅)での講演に向かうべく、前日から東へ移動。途中、元連載担当さんの出演するトークショー(こちらの記事参照)を聞くために、まずは名古屋で下車。少しトークショーが長引き、味噌煮込みうどんを食べる予定が、新幹線ホームのきしめんを食べることに。
 
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新幹線ホームのきしめん屋は4箇所あるけど、そのうち3箇所は「住吉」。大学時代に僕が住んでいたのは大阪市住吉区。娘が通っていた保育園が住吉保育園。なにかと住吉にご縁があります。
 
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そして、下り新大阪方面ホームの東京よりにあるきしめん屋だけが他の店。他は四角い揚げが、ここは三角。

名古屋駅近くの店でご飯を食べる機会がなかなかなくて、店探しも今ひとつ要領を得られてません。新幹線ホーム側のエスカが、とりあえずひとそろい揃っていて便利なようだと気が付いたのは、名古屋を出発した後のこと。

一番上の画像の通り、富士山キレイに見えました。雪をトッピングした富士山。冬が近づいていますね。

さてさてお宿は東銀座、というよりもむしろ築地のホテル。東京駅からどうやって行こうかと探すと、いろいろルートが出てくるんだけど、一番安い東京→(丸ノ内線)→銀座→(日比谷線)→東銀座という一駅ずつ乗ることに。乗換距離も意外と短くてマシな方。

ホテルに着いて、トークショーの内容を記憶のあるうちにざっくりまとめた後は、日の入りまでの約1時間を有効に使うべく散歩。
 
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ホテルを出て、北西の方向に向かうと銀座や有楽町。そっちは後から行くので、ここは逆の南東へ。ホテルのすぐ隣のブロックには、いつまであるのかわからない渦中の築地市場。どうでもいい話だけど、世間では「つきじしじょう」と言われてますけど、確か子どもの頃、「目に見えるのは『いちば』、見えないのは『しじょう』」と習った気がするんです。建物や汚染水がどうのという見えるここは「いちば」なんじゃないの?と思うけど、今のご時世的には「つきじしじょう」なんでしょうか?
 
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その築地市場のすぐ隣の隅田川にかかっているのが勝鬨橋(錢高組の勝鬨橋解説サイト)。ウチの近所に掛かっている澱川橋梁もなかなかのヘビーメタルな橋ですが、こちらも重量感あふれる橋。表面のリベットが、これまた美しいのです。
 
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中から見た鉄骨組の幾何学模様がこれまたスバラシイ。
 
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そして真ん中部分。かつてはこの部分が跳ね上がり、その間を船が通行できた部分。今は固定されているらしいけど、それでも画面左のような大型車両が通過すると、ギシギシいいながら揺れる揺れる。橋が抜けてしまうんじゃないかと思うくらいの揺れ。
 
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勝鬨橋を渡ると、そこは月島。ここから今度は北東に向かう。そのまま南東に向かい、築地から豊洲に向かうという、「昨今都政で話題の地を歩く」のも一興だったけど、ここはもうチョット歩いて趣のある方向へ。

屋形船が係留してました。こういう街中に船が係留してある風景が好きです。大阪でも見られますし、京都でも川や疎水沿いなどで見られます。郷里の高松でもかつてはよく見掛けました。いわゆる心象風景というヤツでしょうか?東京でもこういう風景にであうと、なんだか知らない土地だけど、馴染めそうな気がしてきます。
 
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商店街が見えてきました。月島西仲通り商店街。真ん中の道路は車両通行止めの歩行者天国。
 
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昭和臭プンプンのイイ感じの商店街。その脇道は、もっと昭和!あの時代で止まっているような町自体が昭和展。大阪市立大学へ通っていた頃は、こんな感じの路地に入ったアパートに住んでいたので、これも一つの心象風景。路地好きです。
 
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そして、この商店街は、もんじゃ焼きストリート。お昼のきしめんが、まだお腹に残っている時間帯だったので、ここは美味しそうな香りの誘惑を振り切って、その先へ。
 
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途中の三番街の端にある交番。「空襲で焼け残った、日本で一番古い交番で…」というガイドさんの声が聞こえて、思わず振り返った交番。学生10人以上がガイドさんの話を聞きながら散策。この絶妙な距離感が今どきの学生やなぁと。
 
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そして、僕が向かったのは佃島。東京という大都会の真ん中にある、これまた昭和で時間が止まったような佃島。

ここは今の大阪市西淀川区佃(駅で言うと阪神本線の千船駅)の人達が江戸時代に移り住んだ町。移り住んだ由来が、これまた歴史的。本能寺の変で、岡崎城に帰ろうにも足がなく、大坂で立ち往生していた徳川家康。その家康に舟を提供したのが摂津国佃の漁民達。家康はその恩返しとして、彼らに江戸での居住地と漁業権を与えたという話。

画像は、佃島の佃煮屋。まさにこの地が起源。
 
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やっぱり、ここでも路地が気になる。

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この鳥居の川側(かつては海側)には住吉水門があり、そこから一直線に水門、鳥居、神社と繋がっています。
 
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住吉神社。今日は住吉にご縁あり。奥に見える鳥居の扁額は、陶製というちょっと変わった扁額。
 
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そして佃島が漁業の島であることの証とも言える風景。ここにカモメが写り込めば最高なんですけどね。向こうに見えるのは、日の出湯と大栄マンション。マンションの1階に銭湯!なんて便利!僕も大阪で下宿してた時は、徒歩2分の銭湯に通ってたので十分便利だったけど、1階が銭湯というのには負けます。
 
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そんな佃島の遠景を佃大橋から撮ると、こんな感じになります。PCゲーム「A列車で行こう」の現実風景のようです。
 
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そして、佃大橋からもう少し北に視線をずらすと東京スカイツリー。
 
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カメラの望遠を使って拡大。ここだけ夕日が当たって、赤いスカイツリーに。

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ここまで来たので、近くにある聖路加国際病院を回ってみることに。教え子が何人かここで勤めてました(今もかな?)。医療や看護の世界では、有名な病院。日没寸前、ちょうど十字架のところに最後の日の光が当たって輝いています。
 
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この辺りに来ると、急に腹が減ってきた。月島のもんじゃ焼きまで戻るか…とも思ったけど、ここは銀座方面に足をすすめてみる。が、銀座方面、まだ開店してない店が多数。仕方なく有楽町まで歩く。せっかく有楽町まで来たのなら高架下へ。ということで、線路の下の居酒屋へ飛び込む。おやつとジュースを飲んでとりあえず回復。
 
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一杯700円というなかなかのお値段の生中ジョッキでしたが、見ての通り10回に分けて飲んだ後がクッキリ。これは泡の作り方が上手だったからです。もちろんグラスの管理やサーバーの管理も行き届いている証拠です。値段の分は価値ありです。
 
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おやつとジュースを飲んで、お腹も落ち着いたところで、一度ホテルに帰ることに。帰り道、歌舞伎座の前を通って気が付いた。「仮名手本忠臣蔵」の「山崎街道鉄砲渡しの場」を上演中。勘平さんと千崎弥五郎のところ。幕見席も残ってたみたい。時間を見ると、夜の部の待ち合わせ時刻と重なる。う〜残念。
 
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歌舞伎鑑賞の名残惜しさもあったけど、とはいえ夕食は、知り合って12年の友との楽しい飲み会。もう会う前から話したいこと山盛りで、楽しくないわけがない。やっぱり始まったらその通りで、7時半から飲み始め引き上げたのは23時半。それでも喋り足りない!合宿でもしないと、とうてい喋り尽きませぬ。その間にもまぁたくさん飲みました。翌日は講演だというのに、喋りまくってしまったし。でもホテルの加湿器が超優秀。翌朝には喉も潤いスッキリ。

風の強い名古屋と東京でしたが、気温はそれほど低くなく、日向にいると寒さはマシでした。夕方は歩いて温もり、夜は酒と話で温まり、楽しい移動日でした。
 
18:32  |  旅行  |  Comment(0)

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