06月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫08月

大学のあっち側

2017.11.03 (Fri)

facebookで、大学時代の後輩が母校の画像をあげていて、「ここは元の学生寮があった場所でしたっけ?」とあったので、「そうそう、その場所には杉本寮がありました」と返信しところから、もう一つあった寮の名前は思い出せるが、漢字が思い出せなくて、あれこれ調べました。

そんななか、「大阪市大」「寮問題」で検索したところ、「転換期の大阪市立大学ー元事務局長の回想と提案ー」というエッセイを見付けました。

僕が大学に在籍したのは、1987年から1992年。この事務局長が着任したのが1990年1月だから僕が3回生の後期途中。離任したのが1992年3月だから僕の卒業と同時。学生時代の後半に事務局長が交代していたなんて、まったく知らなかったんだけど、このエッセイのおかげで大学のあっち側の話を知ることができて、「そういえば、そんなコトがあったなぁ」と、当時のいろんな出来事と繋がりました。

母校に大きなビルがいくつか建って大きく変化するのは、僕が卒業してからのこと。その種まきの時期の話で、僕は変化の恩恵には直接授かれていません。とはいえ、旧態依然としていたから受けられる恩恵もたくさんありました。

僕は酒屋が経営するアパートに下宿していたんだけど、大家である酒屋には立ち呑みがあって、昼間っからいろんな人が来て一杯ひっかけていました。その昼間っから呑んでいる人達の中に、理学部の先生もいて、下から「お〜い!山田くんいるか?呑まんか?」と声をかけられ昼ビールを付き合ったことも度々。話の聞き役をしたご縁で、研究室のプリンターを使わせてもらったり、夏場のプール券を回してもらったり、その他いろいろ…。古き良き時代でもありました。ちなみに、理学部の先生と昼間から呑んだのは、僕が脱サラ後、アパートに出戻った時期で、現役の学生と先生が昼間から呑んでたわけではありません。

はなしを戻すと、そのエッセイのおかげで、もう一つの寮の名前が「志全寮」だったことが判明。

杉本寮の方は、僕が入学手続きだったか履修説明だったかの日の朝に、下宿から学内の会場へ向かう途中、機動隊が寮を取り囲んでいる風景に遭遇。不法占拠の排除だとかだったと思うけど、あんなたくさんの機動隊員を、田舎モノの僕は見たことがなかったので、「えらいところ(大学)に来てシモタ」「大阪は怖いところや」という印象に。帰ってから大家に話すと、「あぁ、あそこはしょっちゅうやで」とケロッと話してたので、「あ、そんな日常的なことなのね」と安心したモンでした。

 
22:19  |  日々の出来事  |  Comment(0)

Comment

コメントを投稿する

Url
Comment
Pass  編集・削除するのに必要
Secret  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

 | HOME |