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大阪マラソン2015目標達成しました!

2015.10.26 (Mon)

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昨日、開催された大阪マラソン2015。目標だった、4時間切り(サブ4)を達成することができました。まずお断り。今回は必死のパッチのランニングが予想され、1グラムでも身軽に!ということでスマートフォンを持たずに走りました。そのため、スタート待ちや途中経過、ゴール後など「ここ!」という画像が1枚もありません。後日、オールスポーツに出るであろう画像だけが頼りです。

第1回大会からずっと申し込んでは落選を繰り返していた大阪マラソン。僕がマラソンを始めたのも、この大阪マラソンに出ませんか?と学生時代からの友人トールに誘われたのがキッカケ。「なんでマラソンなんてシンドイことを」と思いながらも、10年住んだ大阪のそれも馴染みのある市域南部を走る大会ということと、史上最重の体重をなんとかせなアカン!ということで「ほなまぁ出てみよか」と気軽に走りはじめたのでした。

これまで近くのフルマラソン大会(奈良3回、京都2回、神戸1回)に出てきましたが、どれも目標は自己ベストの更新でした。ところが、去年の夏に右膝半月板断裂で手術をして、この先も長く走るには回数を絞らねば…と。そして記録が狙えるのも今のうち!と一念発起して、4月から大阪マラソンに向けてMyASICSでスケジュールを組んでそのとおりにコツコツと準備してきました。

当初、MyASICSの目標タイムは3時間58分でした。それはこれまでのベストであった京都マラソン2014の4時間46分35秒をもとに可能な限り速く設定した目標でした。9月初旬に「もう少し速い目標に変更できます」というMyASICSからの問いかけに「OK」すると出てきた目標タイムは3時間45分に!大阪マラソンの練習に出た、淀川30K秋大会あざいお市マラソンでも、狙えるタイムが出ていよいよ本番の大阪マラソンに。

狙える…といっても、スタート位置は自己ベストの4時間46分がもとになっているので、「H」ブロックからのスタート(「A」から順に8番目のブロック。全部15ブロック中のちょうど真ん中)。当然、周囲もベストタイムが4時間45分前後の皆さん。これは1kmあたり6分45秒26というペース。ところが、僕は今回4時間を切りたいので、最低でも5分41秒ペースで走らないと無理。1kmで1分以上のペース差がある集団で走るとどうなるか?はじめての経験でした。

スタート位置に行くと、なんだかえらくキラキラ☆な人が。見るとNHK「ラン×スマ」のリサッチが。京都マラソン2015でもすれ違いでチラッと見たけど、今回はスタートまでジックリ。話もしたし握手も。もしかすると「ラン×スマ」の放送で「大阪マラソンを楽しむぞ〜」のかけ声の時に一緒に映るかも。

真後ろにリサッチ。右隣は香港から来たというHans(ハンス)君。「なんかワカランけど盛り上がってる」という感じだったので、通訳してあげると「おお!あの子はそんな有名人なのか!」と。彼とはその後、12km地点まで何度も見掛けました。

いよいよスタート。といっても9時ちょうどにスタートラインを超えられるのは1列目の選手のみ。その後の選手は少しずつ遅れ「H」グループの僕がスタートラインを越したのは12分56秒後。ここから、追い抜き&追い抜きの繰り返し。ところが、前にも書いたように周囲とのペース差が1kmあたり1分。抜いたと思っても引っかかり、抜けたと思ったらまた引っかかり。その度にペースが上がったり落ちたり。前の人の肘が顔に当たりそうになったり、突然横に動く人とぶつかりそうになってステップを踏んだり。見るとハンス君も苦労して抜いたり抜かれたり。

そして御堂筋を北上する頃から、僕のマラソン大会での「お約束」がやってきました。「ザ・尿意」。トイレの表示の度にコース脇に寄り、チラッと見て「ウワッ!長い列!」とコースに戻るを繰り返し。そして、御堂筋から北浜、天満橋を通り越した片町の折り返し手前。トイレ表示があるのに、誰の姿も見えない!「ラッキー!チャ〜ンス!!」とそっちへ入っていくと、一つ角を折れた場所にトイレ。しかもすでに25人くらいの列。「やられた!」とガックリ。でも、ここからコースに戻っても、またどこかで寄ることを考えれば…しかたなく並ぶことに。カウントすると並び始めてからコース復帰まで約5分。僕のマラソンでは「お約束」のトイレタイム。序盤の10km過ぎで5分という予想外のタイムロスだけど、休憩したと思えば…。トイレをガマンしすぎて、走っている途中で痛風発作というのだけはカンベンして欲しいし。難しいところです。

さてさて、コースに戻ってからは…これまでの遅れを取り戻すべく、そろそろ必死のパッチ時間へ。周囲を見渡す余裕はなく、給水の水を取る余裕も無い時間帯へ。事前に、序盤に遅れることが予想できていたので、自分でドリンクを持ち、給水は一つ飛ばしくらいで取ることにしていました。給水の度に渋滞や衝突が起こるので、それを避けるためです。
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スタート前にVESPAを、10km毎にメダリストを飲むことに。少し余裕がある時に、塩熱サプリを噛みました。前日までのような最高気温25℃ということはないけど、それでも最高気温は20℃。日陰に入ると涼しいくらい。風の強さもこの気温には味方だけど、その分乾燥していて、汗があんまり出ない。知らず知らずのうちに熱中症になりかねないので、塩熱サプリの摂取は気を付けていました。

難波の高島屋も、大正の大阪ドームも、ほとんど視界には入らず。視界が広がった貴重な機会の一つは、大国町のあたり。沿道に「敷津小学校PTA」の垂れ幕。敷津小学校といえば、講演仲間でコラボ企画を一緒にしたこともあり、今は民間校長として活躍中の山口照美さん!大黒の交差点を曲がった先に「チーム敷津」の垂れ幕発見。青シャツの照美さんも発見。おーい!山口さ〜ん!と声掛けると「あ〜久しぶりヤン!がんばって!」と。そういや、かなり久しぶりです。

照美さんの顔は拝めても、ザンネンながら通天閣を見上げる余裕はなく、いつの間にかコースは芦原橋から南へ。ここら辺からは南へ南へというゾーン。しかも時間帯は南から太陽がサンサンと降り注いて陰は全くなし。チョットだけ東に折れて、地下鉄四つ橋線の国道26号線へ。これまた陰のまったくない南行き道路。さすがにシンドイ時間帯とシンドイゾーン。次のココロの支えは29km地点で応援しているという大学時代の先輩ランナーの存在(大学時代、短期間だけ在籍した吹奏楽部の先輩です)。

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向こうに緑の「千里ランランクラブ」の旗が。「田中さ〜ん!」「おお!山りょう!そのまま走ってや!」と言うなり田中さんは猛ダッシュで先回りして、上の写真を撮ってくれました。貴重な画像をなりました。「いけるいける!いけるで〜!」と応援をもらい「壁」と言われる30km地点へ。ところが、シンドくて自分の2メートルくらい先の足下しか見られなかったせいか、いつの間にやら30km地点も通過してました。

32km過ぎの住之江競艇場沿いに、大阪マラソン名物「まいどエイド」があるのですが、僕が通過した時は人だかりができていて、一つも取ることができませんでした。「取るぞ!」と気合いが入れば、立ち止まってでも食べまくることはできたと思うのですが、もうそんな余裕はまったくなし。35km以降のシンドサを考えると、少しでも先に進みたい一心でした。

なんとか地下鉄住之江公園駅の角を曲がり、ニュートラムの高架下へ。かつて就活で訪れた、Roland本社のあった場所辺りを通過中「やまださ〜〜〜ん!!」という大声。PTA繋がりの若林さんでした。チャレンジランを終えて、淀屋橋からチームの皆さんの応援にこの地点まで来ていたようで、同じ学区民の僕にも声掛けて下さいました。

この前後、お二人の姉様と一緒に走らせてもらいました。序盤で給水が取れなかった僕の横で「2つとってシモタわ」「え?じゃぁ1つイイですか?」と譲ってもらった人でした。30km地点で再び追い付き、しばし併走。シンドイをエライと言うところを見ると、中四国の方達とみました。かなりイイペースのお姉様で付いて走った区間は1kmあたり5分20秒くらい。これまでレースペースとして練習してきたペースでした。この地点までズッとこのペースが出せずに引っ掛かっていました。下の表で30〜35km地点での26分34秒の区間です。練習で馴染んだペースに上がり、一気に調子が戻り「最後のヤマ」と噂の南港大橋もなんなく登れました。

そして、どの大会でも同じですが、ここからゴールまでの数キロは本当に長い。いつまでたっても着かない。しかも、工業地域なので、応援の人も少なくなるし、風景もズーッと倉庫倉庫。「なないろ応援ステーション」で、ぼくのゼッケン色でもある紺色応援ゾーンがここにあって、本当に救われました。流れている音楽はZARDの「負けないで」。流している人は、泣かせる気満々ですが、泣ける水分もかなり危ない状態の僕。

40km地点での時計が、ちょうど3時間59分でした。もしもマラソンが40kmの競技なら、大会のスタートから4時間以内でゴール達成でした。大会スタート時刻からのゴールタイム(グロス)での4時間切りは、この時点でアウトになりました。あとは自分がスタートを通過してからのゴールタイム(ネット)での4時間切りを目指してゴールに向かうことに。

残り時間を計算すると、ペースを落としても4時間は切れそうでしたが、フラッと転けたり、ぶつかったりして転けても大丈夫なように、ゆるめ過ぎずにゴールを目指すことに。

無事に3時間58分33秒でゴールできました。「4時間切るぞ」と宣言して、47歳でサブ4にトライ。はじめての大会で一発クリアーできました。上でもチョット書きましたが「あわよくばグロスでも4時間切れれば…」と思っていましたが、やはり序盤での「H」ブロックの壁は大きかったです。逆に30kmも35kmも壁は感じず、結果的には後半のペースアップで4時間切りができました。なにしろ中間点(ハーフ)を過ぎた時点で2時間10分超え。そのままのペースだと4時間20分になるところを、4時間切れたのですから、後半に力を残せて結果オーライです。そのお陰だか、まったく歩くことなく走りきってゴールできたのもヨカッタです。

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スタートラインを越した時には17,320位だったのが、ゴール時には7,990位。9,330人を追い抜いたとは。そんなに抜いていたとは知りませんでした。そして、大阪マラソンの参加者は32,313人だったそうなので、上位24.7%に入れました。

自己ベストタイムは、京都マラソン2014の4時間46分35秒から3時間58分34秒(公式記録)に。48分1秒の更新でした。もちろん更新幅も自己新記録。

ゴールしてから、意外と歩かされるのが大阪マラソン。他の大会以上にアッチ寄りコッチ寄りした気がします。規模の大きな大会ゆえ、ゴールしたすぐそこで、メダルやタオルを受け取ったり着替えしたりすると、ごった返すからでしょうね。会場から最寄り駅までも、けっこう歩きました。といっても、帰りはラン友佐藤さん父娘とご一緒。なんやかんやと話しながらの帰路は、案外時間も短く感じました。

5年越しの大阪マラソン、無事に完走でき、自己ベストも更新し、念願の4時間切りも達成できて満足な大会でした。この記事を書いているのは翌日26日月曜日のお昼ですが、予定どおり太ももの外側とふくらはぎの裏が絶賛筋肉痛です。ですが、膝はまったく問題なし。まっとうな場所の筋肉痛なので、このまま超回復を待ちます。4月に目標を立てて、ほぼMyASICSのプラン通りコツコツと4時間切り目指して走り続け、目標達成できました。なんだか大学入試や社会福祉士の受験勉強の時以来の達成感です。

さて、次は…11月23日の福知山マラソンです。今シーズンは、その後、大阪ハーフマラソン、京都マラソンと続きます。
 
13:16  |  ランニング  |  Comment(0)

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