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2016年もいろいろあって楽しかった

2016.12.31 (Sat)

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大掃除的なことをほとんどしないまま、大晦日になってしまったのですが、朝の冷えから一転、暖かな大掃除日和に。これはやらねば!と窓拭きを、れいの「きわめびと」で使ったクリーナーを使って掃除。ついでになかなか掃除できない加奈子の部屋の窓サッシもキュキュッと。

さてさて、今年もあと2時間と少し。我が家は昭和趣味の加奈子がテレビを主導しておりまして、NHK紅白歌合戦をみるのが恒例になっております。しかも副音声で!今年は最初から西川貴教くんが全開!いつの間にか副音声から消えて、また「つまみ出された」のかと思いきや、渡辺直美がやってる楽屋トークをハーフタイムshowに出演する渡辺直美に変わって仕切る。これがまた会社名やら事務所事情がでまくりでウハウハ笑ってました。紅白の多元放送はエエです。

残り2時間ですので、ここで2016年を振り返りたいと思います。
印象に残ったこと5つ。

5.今年もよく走りました。2月の京都マラソンで自己ベストを出せました。京都一周トレイルランニングにも参加して、なんとか一周することができました(ちょっと近道したけど)。トレイルランの一環で比叡山には4回(もしかして5回?)登りました。なかなか登る機会のなかった比叡山に何度もトライすることができていい記念になる年になりました。

4.ラン関連ですが、年末のランニングイベントを2回連続でキャンセルしました。一つ目は雨で仕方ない面がありましたが、二つ目は加奈子の体調が悪かったというのもありますが、心身のバランスが崩れていて走る気持ちになれなかったというのが大きいです。安定して走るというのは、難しいな…と実感しました。

3.初夏の頃、家のネット環境がケーブルテレビ回線から光ファイバーに変わりました。なんてことのない変更だと思っていたら、意外と手続きやら設定等々がタイヘンですべてが終わるのに1ヶ月ほどかかりました。それと呼応するのか、J-COMがホームページサーバー運営から撤退するということに。ホームページがhttp://www.kyoto.zaq.ne.jp/rio/からhttp://rakukajiseminar.com/に変更することに。これがまたメンドウなコトに。

2.沖縄県での講演は、2011年に沖縄市で講演したことがあったのですが、今年は2回目の沖縄県の那覇市で講演することになりました。そのキッカケが宮崎県延岡市での講演に向かう機内で、隣に座った方との会話から。お話をしているうちに「じゃ、ウチでも講演お願いしますよ」となり、その25日後には那覇市で講演していたという運命的かつ、こんな展開はじめての講演でした。とても楽しい前夜祭と講演でした。どこへ行っても島(地元)の人と思われた僕ですが、自分のルーツはやっぱりここ?!と再認識した沖縄講演でした。

1.思えば、今年の後半4ヶ月はこのためにあったといっても過言ではありません。NHK「助けて!きわめびと」に2週続けて出演しました。8月30日にはじめてディレクターさんとお会いしてから、オンエアーの12月10日、17日が終わるまで本当に濃密な4ヶ月でした。もうどんな言葉を連ねても表現しきれない貴重な経験の数々でした。訪れた三宅さん宅と太田さん宅それぞれのご家庭にもとても思い入れがありますし、スタジオ収録でご一緒した三宅裕司さん、松島尚美さん、一柳亜矢子アナ、スタジオ収録スタッフの皆さん、そしてディレクターさんをはじめとするロケツアークルーの皆さん。本当にいい仕事の機会を頂き、いい時間を過ごすことができました。2016年最高の思い出になりました。

いろいろ振り返っているうちに、2016年はあと1時間と15分になりました。あと1時間少したてば、別の人生が待っているわけでもなく、2017年の僕は2016年の延長線上にしかないのですが、それでも「なにか起こるかも?」という期待をウッスラともちながら眠たくなってきています。

今年も全国各地の皆さんのお世話になりました。ありがとうございました。また、来年もよろしくお願いいたします。

 
22:54  |  日々の出来事  |  Comment(0)

今年のクリスマスツリーは...

2016.12.27 (Tue)

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クリスマスもとっくに過ぎて、ふと気が付いたのですが、

今年はクリスマスツリーを出しませんでした。年々ギリギリに出すようになり、去年は19日に。昔は、12月に入るとすぐくらいに出していたのに。そういえば22日くらいに「今年は出してないね」という話になったのですが、「今出してもすぐに片付けなアカンし、やめとこか?」となったような記憶があります。

とにかく今年は出しませんでした。ツリーだけでなく、人形やカード類も出る幕なしでした。まぁ、加奈子も受験生ですから。だからといって、家中がピリピリしているわけでもなく、どことなく落ち着かないのは感じながらも、わりとノンビリした空気です。

それはそうと、
昨日、大阪環状線に乗る機会があったのですが、京橋駅で待っていると、

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やって来たのは新型の323系でした。デビューは12月24日だったので、その2日後に乗る機会が巡ってくるとは!ラッキー!!

大きく分けると鉄道好きな僕ですが、あえてソレに乗ったり撮ったりするのではなく、「たまたま」や「偶然にも」を大事にする派です。人混みに飛び込んで撮ったり、大混雑の「さよなら列車」に乗ったりする趣味はないのです。思いがけず出会える風景だったり車両だったりを楽しんでます。

ちなみに、323系デビューのサイトを見ると、大阪環状線でながらく走っている103系は、1969年から走っているようです。僕が2歳の頃から走り続けて、今なお現役(もうすぐ引退)!そりゃまぁ、そろそろ引退...となるのもわかります。お疲れさまでした。

 
23:14  |  日々の出来事  |  Comment(0)

母校で恩師の講義を受けてきた

2016.12.22 (Thu)

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恩師の宮本憲一先生が、日本学士院賞を受賞されたのを記念した講演会が母校の大阪市立大学(市大)で開催されたので、聴講してきました。

しかし、なんでこの講演会が平日の午後という時間に開催されたのか?それは、この講演が一般教養講義の一コマとしても位置づけられているからでした。市大には、人文科学、社会科学、自然科学の三分野のうち、二分野にまたがる講義が教養科目の中にあり、「公害問題論(通称:公問)」は社会科学と自然科学のどちらの分野からでも履修できるという科目でした。文系の学生にとって自然科学の単位が、理系の学生にとってはこの科目で社会科学の単位がとれるので楽チン。そんなわけで僕が学生だった時の公問の講義室は、いつも超満員でした。今日の講演は、その公問の講義時間に行われたのでした。公問はどっちかというと理系学部の学生が多く履修する科目だったので、宮本先生は「理系の学生が接する貴重な文系の先生」という位置づけのようでもありました。

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はじまってしばらくは、立ったままでの講演だったので、「もしかして最後まで立ったままで?」と思ったけど、さすがにそれはなかったです。

驚いたのは、先生がPowerPointのスライドを使って講演されていた点。先生の講義といえば、縦書きの板書!でしたから。僕の在籍した商学部の中で、会計学系の先生は著書も板書も横書きでした。経営学系の先生の中には著書は縦書きでも板書は横書きという先生もいましたが、著書も板書も縦書きというのは、なかなか珍しかったのを記憶しています。

そんな縦書き板書の先生も、今やパワポです!先生のスライドを見るのは初めての経験。文字イッパイのスライドでしたが、そんなことはどうでもよく、話は「90分でわかる『戦後日本公害史』」という特濃の講義でした。おそらく30コマで話す内容が90分に凝縮されていたのですから、ひとことも聞き漏らせない濃密さでした。

といっても、現役時代の僕でも「この先生の話はよくわかるし、おもしろいなぁ」と思えたくらい、先生の講義は、平易な言葉をつかったわかりやすい解説でした。今日も、30年前に僕が受けたのと変わらず、非常にわかりやすい講義でした。ただわかりやすい言葉での講義ではありますが、公害や環境破壊をどう考えるか?この先、どうするか?については、やはり超難問でした。

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「科学が権力者に従属したり、戦争に荷担したり、知識のために知識を積み重ねていくとすれば、科学と人類の溝は深まる。そうではなく科学の唯一の目的は、人間の生存条件のつらさを軽くすることにあると思う」

先生がよく引用される一文が、今日の講義の最後の一文でした。もう一つ、よく使われる一文に、

ニーチェの「足下を掘れ!そこに泉あり」

がありますが、こちらは今回は登場しませんでした。

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同じゼミの先輩と一緒に記念撮影。先生は今、86歳だと思いますが、姿勢や体型、声は、ここ20年ほとんど変化していないように思いました。

来年は、1月のゼミ総会で再びお目にかかれそうです。改めて思うのは、よくもまぁ、こんな僕のような出来の悪い学生が宮本ゼミに入れてもらえたなぁということです。たまたま僕が3回生になる時は、ゼミ希望者が少なくて入ることができましたが、翌年と翌翌年は確か希望者が多すぎて何人かは他のゼミになったはず。本当に運がよかったと思います。

 
23:11  |  家事・子育て  |  Comment(0)

BOSE QC2のパッドを交換

2016.12.21 (Wed)

長年、BOSEのノイズキャンセリングヘッドフォンQuietComfort2(QC2)を愛用していた和子さんが、数年前にQuietControl20を買ったので、お下がりとしてQC2が僕のところに。そういや和子さんは、職場でもBOSEのWAVE music system を使っていたな。BOSE好きですな。

QuietComfort2を手に入れた僕ですが、僕はSONYのノイズキャンセリングイヤフォンを持ち歩いているので、BOSEを出張に持って出たのは1回限り。もともと移動中に耳を塞ぐのは疲れている時だけなので、SONYのイヤフォンですらたまにしか使いません。そんなわけで、QC2はかなりの間、使ってませんでした。

そして、久しぶりにケースから取り出してみると…

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パッド部分とヘッドレスト部分が劣化して、手で触るとベッタベタ。触ったところは黒い粉になってポロポロと。見るも無残な姿に。

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「交換は高いんだろうな」と思っていたらAmazonに非純正だと思われる「Bingle BOSE イヤーパッド」という商品を発見。ヘッドレスト部分も「Xberstar BOSE QC15 QC2 交換用ヘッドバンド クッション」を見付けて購入。

イヤーパッドの交換は、YouTubeに交換方法の映像が出ていたので、それを参考にしながら(見なくても十分できたと思うけど)手軽に交換。

ヘッドレストの方は、精密ドライバーでネジを4本外して、古いパッドを外して、新しいパッドを付け替えて…付け替える時に、パーツの向きの内外を間違えたりで、少々手間取りました。頭の部分に細いケーブルが通っているのにも注意。

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なんとか無事に交換できたように見えますが…

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構造上、チャックの部分はアームに収まりきらず。とはいえ、僕は機能さえチャンとしてれば、格好はヘンテコでも気にしないので、これで十分。

劣化した部分がベトベトになり、ポロポロと粉状に剥がれていたパッド部分が、合計2,680円でキレイになったし、自分で付け替えた分だけ、チョビッとだけ自分のモノになった気がします。QC2より新しい、QuietComfort25や35はさらに装着感や音がよくなっているらしいけど、とりあえずお下がりの気軽さと、モッタイナイ精神で、自前再生させました。

これであと数年は使えそう。

 
23:45  |  音楽  |  Comment(0)

「ソング・オブ・ラホール」観てきました

2016.12.15 (Thu)

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6月に「パキスタンからJam-e-shirinがやってきた」という記事を書きました。その時、最後の方でチョロッと触れた映画『ソング・オブ・ラホール』。12/3から京都シネマで上映されていたんだけど「早く観に行かねば!」と思いながら、13日にやっと観に行けました。大阪では夏頃に上映されていたみたいだけど。

元バンド関係者としては、リハーサルのハラハラする場面は、プロデューサーの視点で見てしまい「お〜い!ちゃんと弾こうよ」「そこ入るところとチャウの?!なにボーッとしてるん?!」と胃が痛くなる思いでした。とうとうシタール奏者が…という場面は、ホンマに胃がキュキュ〜と。

シタール奏者のコトが気になって、Youtubeで
John Coltrane: My Favourite Things - Sachal Jazz and Wynton Marsalis
を見たら、世界に衝撃を与えた
Sachal Studios' Take Five Official Video
と同じ人がシタールを弾いていたので、安心しました。映画の時はなんかの事情で他の人が出たんですね?

LIVE場面での、バーンスリー(パキスタンの横笛)とフルートのバトルは見応えありました(このYoutube動画の1:50〜)。

もうちょっとラホールの街が映るかと思ったけど、屋根のシーンが多かったような気がしました。表の通りで撮るのは今でも危ないからなのかな?と思ったり、それとも撮影の見物客が集まってきて撮れなくなるのかな?と思ったり。

いずれにしても、遠く離れたうえに、日本のテレビや映画の画面ではあまり見ることのないラホールの街とそこの人達を見ることができ、少し近づいた気分になりました。

そういえば、映画の冒頭、屋上でハルモニュウムを演奏するシーンが流れるのですが、そのメロディーの数小節は琉球旋律と同じでした。音階もまた海を渡り伝わっているのですね。

 
18:48  |  映画  |  Comment(0)

南極探検の話

2016.12.14 (Wed)

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今日のGoogleのロゴ。今日は、ロアール・アムンセンが南極点に到達して105年目にあたるそうです。そうか、人類がはじめて南極点に立ったのは、今101歳の祖母様が生まれる少し前の話だったのか。もっともっと昔の出来事かと思っていました。


小学生の頃、僕は身体が小さく丈夫じゃないし、運動も今ひとつでした。普通の子に混じって遊べないほど虚弱だったわけではないですが、外で遊ぶよりも家で本を読んでいる少年でした。そんな子ども時代に、興味をもって読んでいたのが、一連の南極探検関連の本です。

どこで手に入れたのか?その本には、南極探検だけでなく、トール・ヘイエルダールのコンティキ号の話や、葦船ラー号、ナイルの源流を探す探検などと一緒に載っていた記憶があります。

その後、いろんな本を読んでいるうちに、アムンセンが南極探検に使ったフラム号の元オーナーで、北極探検をしたフリチョフ・ナンセンが、「難民の父」その人本人であることを知り驚いたこともありました。探検家と難民の父とが繋がらず、単なる同姓同名の人と思っていたのでした。

アムンセン(当時はアムンゼンと書かれていたような気がする)の話のほかに、南極点到達2位となったロバート・スコット大佐の話や、日本の白瀬中尉の話は、ほぼ同時に読んだ記憶があります。

アムンセンに比べて、スコットは悲劇の英雄的な扱いでしたが、僕にはどうもそれが解せませんでした。もともと4人で極点アタックをする予定だったのを、スコットのひと言で5人にしてしまったために、食料や燃料の量、テントの大きさも合わず余計にシンドイ行程になったり、アムンセン隊から「犬ぞりを使った方がいい。よかったらこの犬を使って下さい」という申し出も、なんだかわからないけど拒否したり、ヨレヨレの限界アタックをしているのに「岩石の標本を持って帰らずどうする?!」のような何を優先すべきかを見誤り、それに対する部下の具申にも聞く耳持たず、プライドばっかり高くて、結局、自分を含めたチーム全員が命を落とすことになるリーダー失格という印象でした。こんな人物を英雄にするような風土が「イギリス病」を作りだしてるんじゃないの?とさえ思ったくらい。物語風に仕立てる時に、そういう人物に仕立てられたからなのかもしれませんので、実際のスコット大佐がどんな人だったのかは知るよしもありませんが。

いい年となった今は、スコットの立場も少しはわかりますが、僕はチーム全員から意見を聞き、メンバーを対等に扱いねぎらい「みんなで行くぞ!」という感じのアムンセンの方が好きでした。一番になったから好きというよりも、周囲の人(犬も含めて)を尊重する姿勢が好きでした。

最近知ったのは、日本の白瀬隊のこと。隊の中で内紛が絶えず、チームとしてのまとまりはかなり厳しいモノだったらしいです。子どもの時に読んだ本に描かれていた、オーストラリアで物乞いをするような挿絵に衝撃を受けたのもありましたが、それ以外は「勇気ある撤退」について詳しく書かれていた記憶があり、人命優先の英断を下した隊長という印象だったのですが、内紛耐えない組織の限界ゆえの撤退だったのかもしれませんね。とはいえ、全員無事に帰国できただけでも、スコット大佐よりはマシという印象です。


南極冒険の話やコンティキ号の話をよく読んでいたから、僕は実際に冒険好きな少年だったか?といえば、まったくそんなことはなく、冒険からは遠い遠い世界の敷かれた線路をその通りに歩む少年時代だったと思います。一人で海外旅行するようになって、やっと知らないことを知りに行く、見たことのない風景を見に行く、出会ったことのない人に出会いに行くという冒険らしきことをし始めるように。

そして、新卒で入社した会社をたった1年で辞めてしまって以降は、人生という名の大嵐の海を大冒険することになろうとは!

 
22:04  |  日々の出来事  |  Comment(0)

14cm鍋を買い換え

2016.12.13 (Tue)

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鍋を買い換える機会なんてあるんだろうか?…と思っていたら、その機会はある日突然やって来た。

僕が一人暮らしをはじめた時からズッと使っていた鍋の取っ手が、先日なんの予兆もなくポキッと。取っ手と本体部分を支えていたネジが、長年の使用の末に腐食してポッキリ。鍋を洗って、布巾で拭き取っている時に急に。中に熱いモノが入った状態で持ち上げた時にポキッ!でなくてさいわい。

今日、映画を見終わった帰りに、映画館近くの東急ハンズでチラッと見えた鍋。持ってみたらイイ感じ。あっちこっち回っていろいろ探しても決まりそうにないので、「これもご縁」と買った新しい鍋。

IH対応なのでソコがペタッと平ら。これまでのは底の縁が丸かったので、時々、五徳の上で傾くことも。持った感じ、これまでの14cm鍋よりも同じ14cmなのに大きく感じるので測ったみたら、本体の内径が14cmだった。これまでのは外径が14cm。その分だけ、ほんの少し重たいけど誤差の範囲。

前の鍋は30年間使い続けたんだけど、2016年年末に買ったこの鍋の買い換えはいったいいつ?もしかしたら僕の寿命が尽きる時まで使ってるのかも?
 
18:37  |  日々の出来事  |  Comment(0)

奈良マラソンはDNS(スタート前棄権)

2016.12.11 (Sun)

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昨日は、「助けて!きわめびと」のオンエアーを確認した後、奈良マラソンの大会受付へ。

「予想タイム」に「3時間45分」と記入するところを、2時間も間違え「5時間45分」と記入した結果、最後尾ゾーン「K」の記号入りゼッケンを受け取ることに。とはいえ、受け付けを済ませると、「どうせなら、最後尾ゾーンの中でも、最後にスタートラインを通って完走すれば、『誰にも抜かれず完走』ができる!」とスイッチが変わり、走る気で帰宅。

すると、リビングで布団を敷いて寝ている加奈子。

「熱があるねん…」とポツリ。

なんですとぉぉ!!



なにしろこの週末は(も)父娘2人暮らし。おまけに夜になると、まぶたに妙な疱疹が出始めるし。熱も上がったり下がったり。放ったらかして走ってる場合ではなさそうな状況に。

もともと血管迷走神経失神の件もあり「大丈夫かな?」と思っていた奈良マラソン。諦め半分(いや半分以上)に。いちおう早めに就寝したものの、夜中に左のふくらはぎが痙って目が覚めるというアクシデントも。実は、血管迷走神経失神以降、夜中によく痙ってます。それも左のふくらはぎばっかり。

これで、すっかりDNSモードに。

いちおう記念にゼッケン付けたシャツの写真だけは撮ったんだけど、その時に気が付いた。

ランナーチップを返送しないと!

経験ある人はわかってもらえるかもしれませんが、
走ってもないのに、ランナーチップを自分ではぎ取ることの寂しさ、というか空しさといったら…。

封筒に宛名を書いて、切手を貼って…ここまでで、トホホ感いっぱい。

しかし、マラソンってのは、抽選に当選したりクリック合戦したりして、出走権を得るまでがタイヘン(今は、ここが一番タイヘンだけど)。そして、当たっても、まずは自分の体調が良くないとダメ。急な仕事で予定が塞がってもダメ。そして家族の調子もよくないとダメ。他にも、大きな災害が起こらないとか、事故でコースが封鎖されないとか、いろんな要素がうまく重なって、はじめて出られるモノなんですね。

今はただただトホホ感でいっぱいなんですけど、ボーッとしてもいられないので、いろいろ雑用やらなんやらして気を紛らせています。

しかし…
クゥゥゥゥ〜〜(T_T)

朝ゆっくり寝かせたのがよかったのか、すっかり超回復して日中は普通に過ごしていた加奈子。
こんなことなら…とますます泣けてくるのでありました。
 
 
09:53  |  ランニング  |  Comment(0)

2週間早めのサンタさん

2016.12.09 (Fri)

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2010年のこの日にサンタさんの正体を伝えて以降、クリスマスのプレゼントはリクエスト制に。

今シーズンは、「iPhoneのイヤフォンの音がどうも…」というので、ヘッドフォンがリクエストに。

翌日には届いてしまうサンタさん…というか宅急便。2週間後に配達日を設定することも可能だけど、おそらくその日はものすごい荷物の量でタイヘンだろうから、「少し早めに」と2週間前倒し。それでもすでに配送量は多いようで、時間指定からは約1時間遅れで到着。12月ということを考えると、このくらい遅延でもなんでもございません。誤差です。

そういえば、一緒に買ったランニング用のアンダーシャツは、製品が売られている状態のパッケージの上に、透明のカバーが二重に。製品パッケージのまま梱包しても、中のシャツは傷まないだろうに、なぜこんなに包装するんでしょうか?製品パッケージに傷が入っただけでもクレームを付ける人がいるのでしょうか?包むカバーも、包む手間も、僕には無駄にしか思えません。

ちょっとくらい遅れても、傷が入ってもエエでないの。

他人にいろいろ厳しくすると、それは自分にも返ってきて、窮屈な暮らしを送るハメになるのでは?と思うのです。自分にもちょっと楽するかわりに、他人にも楽してもらうのでどうでしょうか?一人一人がほんの少しずつ譲ったり、譲られたり。

それにしても、このヘッドフォン。なぜか色合いが気になって、これを選んだのですが、今思うと、ユニコーンガンダム(最終決戦仕様)ですね。

 
16:11  |  家事・子育て  |  Comment(0)

49歳になりました

2016.12.07 (Wed)

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とうとう40代最後の年に突入しました。
来年の今頃には、
うわぁ〜50歳やぁ!!と言ってるんでしょうか?

今朝は、血管迷走神経失神以来、はじめて走りました。
6kmでしたが、ボチボチのペースで走れました。

普通にご飯食べて、普通に仕事して、
今日は原稿のチェックが2本と、講演チラシのチェック、
新規事業のプランニング。

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今年も、加奈子から誕生日メッセージもらいました。
最後に
「パパの娘でよかったよ♪
 この家であと何年かよろしくね♡」
と。
本当に「あと何年か」ですね。
貴重な時間。

 
23:49  |  日々の出来事  |  Comment(0)

太宰府市へ行ってきました

2016.12.04 (Sun)

講演で太宰府市へ行ってきました。太宰府といえば太宰府天満宮。中3受験生の娘の親としては、この時期に太宰府市からお声がかかったというのは、もう学問の神様からお声がかかったというのと同義。この冬の受験は安泰?ただし太宰府天満宮にお参りすれば…か?と。

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博多駅で新幹線から在来線に乗り換えると、ホームにはいかにもJR九州らしい車両がイッパイ。鉄道好きにはたまらん場所です。ただ、このところ小倉駅の利用が多かったせいか、小倉駅と頭が混同して「え〜っと、在来線乗換ってこっちで良かったっけ?」でした。

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太宰府市へは二日市駅まで行き、そこからは市役所の車で会場へ。その二日市までは、普通の電車でも行けるけど、講師派遣会社から渡されたチケットは「特急ゆふ」!ありがたいじゃありませんか!JR四国でも数が少なくなってきたキハ185系。

先頭車両はキハ185-10。

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載って気が付いたんだけど、座席裏には「TRANS-KYUSHU LIMITED EXPRESS」の文字。これって九州横断特急の車両?

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1号車指定席から二日市駅。ずっとここにいてもヨカッタ。でも、このデッキと客席の間が透明ガラスなので、ずっと立ってると目障りだっただろうな。

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降りて改めて顔をみると、やっぱりキハ185-10。これって元JR四国の車両じゃないの!こんなところで再会するとは。

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後ろの車両も確認すると、1両目のみ九州横断特急の車両で、うしろ3両は「YUFU」のマーク入りでした。

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太宰府天満宮のJR最寄り駅だけあって(一番近いのは西鉄太宰府駅)、駅にはこんな絵馬も。「合格祈願」とあれば、どれも御利益ありそうでとりあえず撮る。

駅名標が特徴あったのに下調べ不十分で撮れず。

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駅舎も太宰府天満宮を意識した作り。

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講演後は、友人の宮原さんに太宰府天満宮を案内してもらいました。まずはスターバックス太宰府天満宮表参道店。隈研吾のデザインですね。そういえば新国立競技場もあの人のデザインでしたっけ?

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太宰府にもいました御神牛。北野天満宮のお牛さんと違ってみんなが撫でるからか金ピカピン。男前な牛さまでした。

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お参りした後、娘のお守り買いました。こんな時期に太宰府で仕事があるとはホンマにラッキーです。3年後にもう一度、来ることができたらウレシイです。

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太宰府天満宮から「パラダイス臭」のする土産物屋やら食堂を抜けると「だざいふ遊園地」が。なんとも昭和な雰囲気でタイムスリップしたかのような遊園地。

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帰りに参道で売られている「梅ヶ枝餅」を一つ(120円)。これと次の画像は宮原さんのiPhone7plusのモノ。一眼レフで撮ったみたいなボケ味が出てエエ感じです。

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彼の地元、雑餉隈(ざっしょのくま)で乾杯。このジョッキ、「とりあえず生中」の「中」の部分が「男気」という「大」よりも大きいジョッキ。店員の話を聞いてると「中」2杯分が「男気」だそうな。「中」2杯よりもお得な「男気」。しかし、「男気」という名前がいかにも!で笑えます。

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雑餉隈から南福岡駅まで送ってもらって、そこから快速電車で博多駅まで。帰りは817系。ただしオールロングシートの3000番台という新しい車両。入口近くのつり革が丸く配置されていてオモシロイ。

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博多からは新幹線、のぞみ190号。あれ?190号は岡山始発のはずじゃ…ですが、この日は博多発の日。この車両の客は僕一人の貸し切り状態!エクスプレスポイントが溜まっていたので、この機会にグリーン車を利用。長距離区間でモトがとれました。乗客は小倉から一人。少しずつ増えてきたものの、新大阪でも半分くらい。

グリーン車の特典として、有名人に会えるというのがありますが、さすがにこれだけ乗客が少ないとね。と思っていたら、京都駅で民進党の前原議員が僕の降りた乗車口の所にいました。

博多から新大阪間までのパーサーさんが、笑顔ニッコニコの人で、通る度に120点の笑顔を送ってくれ、最後は思わず手まで振ってしまいそうでした。仕事帰りの新幹線で120点の笑顔をもらえると、また次の仕事がんばろう!と思えます。

 
17:13  |  旅行  |  Comment(0)

血管迷走神経失神!

2016.12.02 (Fri)

一昨日(12月2日)の朝のこと。
わたくし血管迷走神経失神を経験しました。

普通に起きて、階段を下りてトイレに入り座った(「小」でも家事予防のために座ってするようになりました)瞬間、急に顔から血の気が引き、全身脂汗。尿意はあったのにでなくなり、仕方なく立ち上がりトイレの扉を開けて一歩踏み出すと、そのままドサーッと。仰向けだったかうつ伏せだったか、倒れた後に身体が流れたのか、なぜか頭はダイニングテーブルの下に。今から思えば、よく頭をモノにぶつけなかったな…と。

和子さんの目の前で、彼女が言うには「フラフラ〜ッと倒れたんで、冗談かと思った」というくらいの、倒れっぷりだったようです。

低血糖で倒れたのかと血糖値測定をするも正常値。血圧も脈も正常値。ただ、手先が異様に温かいくらい。それがしばらくすると、逆にものすごく冷たく。この手先の反応から、自律神経系の問題とは導き出せたモノの、この時点での症状は不明。

ただ、この症状。初めてではなかったのです。10月17日の朝、つまり「助けて!きわめびと」のロケの打ち上げ翌日にも、この血の気が引いてフラフラになる経験をしていました。あの時もしばらく経つと自然に体調が戻っていったので(その間にインタビューを受けていたというのが恐ろしいけど)、とりあえず「戻るまで待つ」ことに。

数十分リビングに寝転がって安静にしていたら、床暖房の温かさに誘発されたのか、血の気が戻ってくる感じに。


いやはや、しかし…倒れた瞬間はどうなることかと思いました。

前日の夜、和子さんの友人夫婦(熊本女とイギリス男)が京都に来るというので、先斗町から祇園のお茶屋へ行きまして、そこでゴキゲンな酒宴時間を過ごしたのでした。舞妓はんと「PPAP」を踊ったのがアカンかったのか?など、いろいろ考えてしまいましたが、とはいえ、たいした酒の量ではなかったし、過労と言うほど働いてもいないし…いったいなにが原因で、なにが起こっていたのか?とハテナマークの午後。

Facebookに「倒れてしまいました」と書き込むと、心配のコメントをたくさんもらった、そんな中、現役救急部門の看護師さんが「血管迷走神経失神でしょうか?」との書き込みが。さっそく調べてみると、書かれている症状はピッタリ。前兆もピッタリ。さすが専門職!症状名がわかると、一気に安心感が涌いてくるモノ。「正体不明の症状」ほど不安なモノはないですから。安心感と同時に調子もグッと良くなり(この辺りは「病は気から」的領域でしょう)翌日の太宰府市での講演準備に取りかかれました。


症状名がわかったので、どのパターンでこれが出るのか?を振り返ってみることに。
10月17日も今回も、前日に酒を飲んでいます。飲んだのは、ビール、焼酎、日本酒。ズッと前の2012年10月の別府出張の時もビール、日本酒とあの時はだいぶん飲みました。その他、似たような症状が出た時もありますが、この3件に共通するパターンは…

思い当たるのが「夕寝」。

前回のロケの後も、打ち上げの集合まで少し時間があったので、夕方に仮眠をしたのでした。別府の時も、講演後に温泉に入った後、少し仮眠をした記憶があります。そして、今回はお昼過ぎに身体がブワーッと弛緩する感覚になり、眠たくて仕方なかったところ、15時頃に加奈子が帰ってくるというので頑張って起きて、16時半頃から30分仮眠したのでした。

午後活動して、夕方仮眠をして、起きて酒を飲み始め、そのまま時間を置かずに寝る。その間の、交感神経と副交感神経の動きを考えると、バランスが崩れて失神に至ったのも納得できます。

飲む前に寝るのは、非常に良くない!
寝起きで飲むのは非常にマズイ!


ということがわかりました。

血管迷走神経失神(血管迷走神経反射)が出た時の対策も載っているサイトがあったので、「出そう」という時の対処行動もわかりました。が、大事なのは、発症してからの対処ではなく予防。

それと、対処行動の一つですが、吐き気が伴う血管迷走神経失神。ところが、朝、それが起こった時に吐いてしまうと、出てくるのはたいてい胃液のみ(二日酔いの時は別ですが)。これがますます自律神経の不調を起こしてしまう悪循環に。ムカムカするけど、それはいわゆる嘔吐とは別の吐き気であることに気付けるかどうかも大切だと認識。僕は飲んだ後に症状が出るので、二日酔いと間違いそうだけど、あの血の気の引き具合は二日酔いよりもヒドイので、なんとか判別できそうです。


今回の血管迷走神経失神で、これまでに起こった身体トラブルの一部が解明できました。まだまだ自分にはわからない身体の出来事がありますが、一つ一つ解明できるとイイなと思います。加齢と共にトラブルは急増するでしょうから、解明は永遠に追いつけないかもしれないですが、少なくとも自分の身体のコトがわかるというのは、悪いモンではありません。

 
13:18  |  身体のコト  |  Comment(0)
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