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京都マラソン2016自己ベストでした

2016.02.22 (Mon)

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京都マラソン2016に出場し自己ベストでゴールしました。抽選運のいいことに3年連続の京都マラソン。2014年ははじめて5時間切りを達成したマラソン大会。そして2015年は右膝半月板の手術後はじめてのマラソン大会。京都マラソンははじめてにご縁があります。そして今回は…

3回目となった今回の京都マラソン2016。この今シーズン最後のマラソン大会で、アレを狙っていました。10月26日の大阪マラソン2015で達成した僕がスタート地点を切ってからの4時間切り(ネットタイム)をもう一歩すすめて、スタート時間からの4時間切り(グロスタイム)を狙っていました。

スタート前のアナウンスで気温はすでに11℃と。かなり温かい朝になりました。手元の記録によると7.8℃だったようですが、風がないと本当に10℃超えな温かさ。一方で風が吹くと体感気温は3,4℃下がっている感じ。

スタート位置は、去年と同じ「F」ブロック。1時間遅い5時間前後でゴールする人達のグループに混ざってのスタート。なんせ京都マラソンに申し込んだ時のベストは、大阪マラソンよりも1時間遅いタイム。自己ベストを申告する申込時には、予想だにしてなかった1時間短縮をシーズン中にしてしまったので、こりゃ仕方ないといえば仕方ない。

…のですが、スタートしてからさっそく大渋滞。大会スタートから5分32秒後にスタート地点を通過。この5分32秒を、走って取り返すべくスタートしましたが、目の前は一つ前の「E」ブロックの人の壁&かべ&Wall。四条通に入ると道幅も狭く、何度も長身ランナーの肘鉄を食らいながら、隙間を見付けてスルリスルリと。

マラソン指南本には「序盤の追い抜きのための蛇行走行はキケンなうえ、体力の消耗も激しい」と書かれています。とはいえ、そのままだと前を走る人の背中に激突してしまいますし、いつまでたっても集団の前に出られず、ペースどころかスペースさえままならない状態。ポイントは7kmから広沢池を通る上り坂。ここで1回目のアクセルを入れて、自分のペースに近い人達の集団の後ろに付ければ!と計画してました。

渡月橋を左手に眺めながら、嵐山の跨線橋を越えて、その7km過ぎからの登りへ!という少し前から、早くもやってきました。毎度お馴染みのヤツでございます。

ザ・尿意!

予定では15km過ぎの千本北大路交差点にある消防屯所のトイレを使わせてもらうはずが、えらく早くにやって参りました。ここまでのトイレはどこも行列。「ここもダメ」「こっちも行列」と数カ所スルーした後、もはや一刻の猶予もならぬ!という状態に。

目の前にトイレマーク。行列覚悟でエイヤと隊列を離れる。見ると待ってるのは一人!!ラッキー!!神様ありがとう!!!

なのですが…ここから手も足も出ない状況になるとは…

止まらないんです。手術後、麻酔が切れたはじめてのトイレの如く、水道の蛇口を開けっ放しにしたような放水。あとでガーミンの走行記録を見てびっくり。なんと2分42秒もの静止時間。おそらく待ち時間は20秒もなかったはず。

大幅にタイムロスしてコースへ復帰。JR嵯峨野線の跨線橋手前で追い抜いたラン友の芹澤さんに再び追い付いたのは10km過ぎの仁和寺手前。同じように動いている皆さんの中で2分のロスは、数キロの差になってしまうんですねぇ。

ガックリな反面、2分近くも放水すれば、身体はスタート前と比べるとウソのような軽さ♪その後の坂もヒョイヒョイと。立命館大を通り、佛教大学前の千本北大路交差点を通り、快調に西賀茂大橋を目指す。

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「餃子の王将」御園橋店のところで、突然「亮さ〜ん!!」の声。見るとラン友の川島さんが名古屋から応援に!連絡なしのサプライズ応援!元気もらいました。例年ややペースダウンする西賀茂橋からの南下は、練習で何度も通ることで距離感とホーム感を持てていたのでなんなくクリアー。

北山通りを東に入ってから折り返してきて植物園を通り抜ける部分が、僕の中の課題でした。ここからは折り返しが続けて3回。折り返しというのはテレビで見ていると、見所になるのですが、走っている方にとってはブレーキ&再アクセルでペースが乱れる場所なんです。トップランナーはともかく、混雑の中で走っている僕は、衝突のリスクも高い場所。それが立て続けに3回。なんとか2つ目の折り返しをすぎて北山駅を南下した頃…再び登場!

ザ・尿意。

もぉエエちゅーねん!と思いながらも、放っておいて痛風発作を起こすと、走るどころか立つのも困難。京都コンサートホール前のトイレが空いているのを南下時に確認。

3つめの折り返しを過ぎて北上!チョロッと見えた生八つ橋。抹茶味やんか!一つ頂き!最近のマラソンではズッとそうですが、給水所でのブレーキ&アクセルが苦手でペースが乱れまくるのと、つい飲み過ぎてしまう傾向があるので、給水はせずにボトルをポーチに入れて走っています。が、給食はたまに食べたくなる時があるんです。そのくらいのお楽しみは残しておきたいし。

やっとたどり着いた京都コンサートホール前のトイレ。今度は短時間の放水ですみました。短時間とはいえ、足を止めることができたので、植物園のクネクネコースもなんとか脱出。あとで見ると、やっぱりペースは落ちていました。あのクネクネはダメージ大きいです。2014年までの「狐坂」の方が高低差はありましたが、気持ちは楽でした。

北山通りから北大路通りまでは川の土手沿いを、そして北大路通り手前からは賀茂川の内土手沿いになるコース。普段もたまに走るこのコース。少しの雨でも泥道になるこの内土手コース。前日一日中雨が降っていたので、ドロッドロにぬかるんでいるかと思いきや、「あれれ?」というくらいに水気がない。朝までにコースが修復されてたんです!運営や修復に関わった人達に感謝感謝です。

丸太町に上がる前に芝生の上を走るコースになっていましたが、ここで一度グラッと足をとられました。路面からの反発が急になくなると、膝へズーンと。そういや、ここまで膝の傷みはなし。珍しく内股に痛みが出ていました。トレイルラン以来の内股痛。

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少しペースが落ちてきて「あ〜もうアカンかも」と思いはじめた京都御苑前を通過時に、またしても「亮さ〜ん!!」と川島さんの声。そして、丸太町駅で折り返してもう一度川島さん。4時間のペースランナーは変わらず3分前を走っているという情報。全然詰まらないこの差。

そして、最後の誘惑が!市役所前での給食にイチゴ。「酸っぱい物を食べるとシャキッとするかな?」と思って一つ手に取り、一瞬ペースを緩めて食べてみたら…あま〜〜い!!なんちゅ〜美味しいイチゴや。思わず立ち止まり「美味すぎやぁ!」と言うとお姉さんがとっさに手のひらに3つも!止まってユックリとイチゴを堪能してしまいました。この間90秒。チョットずつだけど、こういうのが積もり積もって効いてくるんですねぇというのはゴールしてから身に浸みるのでしたが。

この先が京都マラソンの一番シンドイところ。このコースを作った人は鬼か?!というような白川通今出川までの銀閣寺に向かう上り坂。そして、そこでのこのコース最後の折り返し。あとは下りだけ!すっかり落ちてしまったペースをなんとか立て直しながら、残り時間を計算。1kmを4分前半で走ればグロスの4時間切りも不可能じゃないけど、そこがハーフや30kmと違うところ。序盤の蛇行でかなり消耗していたみたいで、足に力が入らない。もはや下りを利用しながら、惰性で走っているだけな僕に4分台前半の力は残ってなく、せいぜい5分台前半。

あと1kmの表示!時計を見ると、なんとグロスの4時間切りどころか、自己ベストすら怪しいタイム。最後はウオォ〜ッというよりはニャァ〜〜と言いながら、4分40秒/kmで走っていました。

3時間58分8秒!!

自己ベストから46秒の更新!!前走の福知山マラソンで4時間18分を出してしまったので、そこからよくぞサブ4に復帰した!です。京都マラソンの自己ベスト(2014。このときは最後尾Kグループスタート!)からは48分27秒の更新。同じFブロックスタートだった2015年大会よりは49分13秒の更新。

さて、大会スタート時間からの僕のゴール時間は…4時間3分40秒。あと3分40秒だったの?!と。トイレが一回ですんだら(2回でもいいけど、大放水じゃなかったら…)、イチゴを断っていたら、スタート位置がもう少し前だったら…と「たら・れば」を考えはじめるとキリ無く出てきそうな残念さ。あれ?でも、冷静に計算してみると、大阪マラソン2015でのグロス自己ベストを7分49秒も更新してました!!「あと少し」がザンネン感を高めてしまうけど、ネットもグロスも自己ベストのいい記録やん!

ちなみに、データ魔のワタクシは当然のようにラップをグラフ化。
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5km単位でみると、ボチボチの安定感。15〜25kmは本当に安定しています。が、これを1km区切りでみてみると…

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まさに、ココとココがトイレ!これがイチゴ!とわかりやすい。データというのはウソをつきません。じつは37km地点(イチゴの後)で「もう4時間切りは届かない」「それどころか足が痛すぎる」と一度気持ちが切れました。

もう一つ、足を止めるのが2日後からの講演出張ツアー。なぜ、こんなスケジュールになってしまったのか、京都マラソン後の一週間に案件が三つも。足の痛みを引きずっていられない不安が、頭を過ぎりました。心配事を抱えたまま身体の限界に挑戦するのは無理。といっても、市民ランナーである以上、先々に予定があるのは常。「これもネタ」と切り替えて、なんとか歩かずに最後まで走り切れました。

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手元のガーミンをPCに繋ぐと、右隅にトロフィーの表示。やったぁ!感がやっと溢れてきました。公式記録よりも1秒早いタイムなのはご愛嬌。

そういえば、大会中にONを履くランナーを思った以上に見掛けました。行きの電車で向かいに座ったお姉さんもONのCloudでした。それに比べると、まだまだHOKAは少なかったです。そんな中、西大路通りでHOKAを履く男性が一人、25km手前で色も形も僕のとまったく同じ旧タイプのCliftonを履く女性を見掛けました。ゴール後にも最新モデルのClifton2を履く男性に会いました。英語ランナーでした。でも、それだけで走りながら話ができてしまうところが、マラソンではマイノリティーのHOKAユーザーのいいところ。

この大会でもいろんな人に会えました。スタート前からの北堀公園でのラン友の皆さんだけでなく、加奈子繋がりのママ友や、コースで応援してくれたラン友さん達。そして、大阪30K冬で追いかけた上原さん、大阪ハーフでも一緒だった高校時代のバンド仲間ヤスと高1時代(旺文社の雑誌か!)の同級生にも会えました。彼とは30年ぶりくらい再会でした。マラソンを通じて、はじめて出会ったり再び繋がったり。僕があの場所へ行くのはこういうことがあるからで、記録は「その次」のものでした。忘れていた物を思い出させてくれた大会になりました。

やっぱり走るってスンバラシイ!走れるってありがたい!

 
14:12  |  ランニング  |  Comment(0)

長崎県の新上五島町へ行ってきました(その2)

2016.02.20 (Sat)

長崎県の新上五島町へ行ってきました(その1)からの続きです。
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新上五島町に到着した日の夜は雨風が強かったですが、翌朝は小雨程度。風も穏やかで…と思ったら、どうやら南風になったようで、僕がいた島の北は島の真ん中の山で風が遮られるので、穏やかになっていたもよう。

あさ、ホテルの窓から流れてくる島内放送。♪ピンポンポンポ〜ン♪…において、人権フェスティバルが開催されます。家事ジャーナリスト山田亮さんによる講演、バザー等が…自分の名前が島中に流れたのでしょうか?照れくさいような恥ずかしいような。

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講演会場の控え室に入って、ふと目に留まったのが、このハンガー。懐かしい!というか今でも両親宅にあるこのハンガー。このセルロイドのようなプラスティックのようなという素材感。

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講演後に、念願の五島うどんを食べることができました。「竹酔亭」の天ざるうどん。え?地獄炊きじゃないの?と思われるかもしれませんが、前日の夜、「五島うどんの美味さがわかるのは、地獄炊きよりもざる!」と熱いオススメを頂いたので。ざるうどんでツルツルツル〜ッといかせて頂きました。

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そのあと、講演担当さんが船の出航まで島内を案内して下さいました。まずは世界遺産の「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の一つ!になっているはずが、政府が推薦取り下げをしたので「もうすぐ世界遺産」の頭ヶ島天主堂。どんよりとした空の下で、こぢんまりとした佇まいながら、その迫害の歴史と共に重厚な雰囲気を醸し出していました。

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きれいな石積です。窓を埋められたような跡がありますね。

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担当のTさんが「僕はココからの風景に、この島が凝縮していると思うんです」と仰る風景。海に迫る山。その間に集落があり、教会と神社、お寺(は写ってないけど)がぶつかることなく混ざって日常がある風景でした。天気がよければ、きっと海や建物の屋根のキラキラが眩しかったことでしょう。

なんでパノラマモードで撮らなかったんやろ?と今になって気付いた。

実は、前日の船の移動ではどうもなかったのですが、講演が終わって緊張感が解けたのか、車酔いしてしまいまして(∩_∩)ゞ船酔いはないのに、車に酔うとは…Tさんの運転は、我が家の突撃突進ドライバー和子に比べると、各段にスムーズだったのにも関わらずです。確かに、島の道はアップダウン&クネクネでしたが、それにしてもなんともはや…久しぶりの車酔いでした。

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帰りは16:35有川港発の九州商船フェリー「なみじ」って行きと同じフェリーやんか!だったら往復割引切符を買っとけばヨカッタ!ですけど、それはあくまでも結果論。もとは14:25有川港発の高速船「シークイーン」を予約していたのですが、昨日に続きシケのため欠航になってしまいました。往復ともシークイーンは乗れず。

で、問題は、14:25発の高速船なら問題なかったのですが、16:35発だと当日中に京都まで帰れないのです。佐世保から博多の間で泊まるしかない。こういう時は基本的に「行けるところまで行って泊まる」です。博多の宿を探そうとするも、折りしも旧正月week。一泊25,000円以上クラスの部屋がポツポツと残っているのみ。Tさんのネットワークで博多駅前のホテルで一部屋確保してもらいました。本当に感謝感謝です。ありがとうございました。

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船内は、こんな感じのざこ寝席。今度は行きとは逆で、Tさんオススメの頭を舳先、足を船尾に向けてごろ寝。向きは逆でも問題なし。というか、高速船がシケで欠航したわりに、波はほとんど感じない程度の揺れでした。行きの船では見掛けなかった、ウロウロしているオッチャンオバチャン達の姿も。

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佐世保港に帰ってきました。雨!風!こっちが荒れてたんですね。このフェリー「なみじ」は佐世保港では船の前が開き、有川港では船の後ろが開く構造になっていました。西風で追い風だったせいか、予定の到着よりも10分早く佐世保港に到着。

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19:52佐世保発のみどり30号まではしばらく時間があったので、これまたTさんオススメのちゃんぽん屋へ。「二軒あるちゃんぽん屋の奥がオススメの店です」で入った「香蘭」。皿うどんとどっちを頼もうかと考えたのですが、客がみんなちゃんぽんを頼んでいたので、それにならってみることに。タップリのボリューム満点。アッサリ味付けでスルスルッと食べられます。

ちなみに、後から僕の隣の席に座ったご婦人。「半分くらいってできるかしら?」という注文。「イイですよ」と答える主。だけど、やっぱり僕と同じ量でした。多ければ残すというのは、欧米では普通だけど、日本ではなかなか難しいと思います…が、もしかすると佐世保は米軍基地もあるし、平気で残す人がいるのかも。だから「食べる人が調整して」というので、こんな感じになったのか?

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店の奥にはマリア様。長崎県やなぁ〜と思ったのも束の間。主と女将さんの間で、餃子の注文がどうのこうのと、ややこしいことに。ひっきりなしに出入りする客のオーダーに順番が入れ違いになったようです。主がマリア様の前で女将に九州弁で悪態をつく。けっこうキッツイ感じですが、大阪弁でやっても同じやったと思います。そこへバイト(?)のお姉さんがやってくると、空気が一変。第三者の存在というのは、大きいモンですが、客は第三者とチャウのか?という疑問も。

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単線の佐世保線をエッチラオッチラ。単線地方路線ではお決まりの対向車の遅れにより徐々に遅延。僕は博多止まりだったので気楽でしたが、連絡切符の人はヒヤヒヤだったことでしょう。

画像は鳥栖駅。1週間前の熊本県荒尾市での講演の時にも通った鳥栖駅。

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そして博多駅。なんだか「ココまで来れば、あとはなんとでも…」のような安心感。実際、博多からの新幹線の本数と、運行の安定さを考えると、ホッとするのも致し方なしです。ホテルをGoogleMapで探すと駅のすぐそこ。雨も上がっていてラッキー。

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翌朝の博多駅。筑紫口の入口に並ぶ郵便ポスト。なぜ3つも必要なのか?と不思議に思って。最初は1つだったのが「入りきらない時があるから」と2つになり、3つに?

その博多駅は、筑紫口から新幹線ホームに向かうと、博多駅はあっちこっちにエヴァンゲリオン。
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JR西日本が山陽新幹線全線開通40周年イベントとして、500系新幹線をエヴァンゲリオン仕様にして走らせているというのに併せて。しかし、なんでJR西日本のイベントなのに博多駅で?と思ったんですが、山陽新幹線のもう一つの端である新大阪駅はJR東海の管轄なので、JR西日本管轄の博多駅がこのようなことになっているようです。

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博多駅からの帰りは、時間の都合でみずほ602号で新大阪まで行き、そこからのぞみに乗り換えて一駅だけ。行きと逆のパターンになりました。N700Aののぞみで博多から京都までと思ったのですが、座席が残ってなくて…みずほの指定席は広々ですし、おまけに隣の席は全線で空席だったので気も遣わずノンビリと。

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新上五島町から手で持って帰ったお土産の五島うどん。佐世保で雨風にさらされたせいか、紙袋に穴が!道中の天気の激しさが垣間見られます。

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帰ったその日は、こちらのあみめん工房の五島うどんを。

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翌日は、こちらの五島手延うどん「波の絲」を。

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ふるさと納税のお礼に届いた、魚の干物といっしょに五島うどんをツルツルツルッと。ご馳走さまでした。

今回は、もともと一泊二日での行程でしたが、海上のシケの影響で二泊三日の新上五島町への往復になりました。いつもは、余裕を見て少し早めに…と心がけていましたが、海上のシケは、そんな「少し」どころではどうしようもないものでした。

講師の仕事の大きな部分に、「その時(講演時間に)そこ(講演会場)にいること」があります。どんなにいい話をする人でも、そこにいられなければ仕事になりません。「いること」が当たり前だし、それを前提にいろんなことが成り立っています。とはいえ、いくら注意しても、海上のシケだけはどうしようもありません。三日前から島に渡っていれば…とはいうものの、もしかすると三日連続でシケる可能性も。

ふと、自分のことは自分の責任にできますが、もしも、島の人がこちらへ来ると行った時、「シケで来ることができなかった」「シケで大幅に遅刻する」と聞いて、「え?そんなことあるの?」「早めに行動しておかないから…」と考えてなかっただろうか?と振り返りました。今回の新上五島町への往復。幸いにして、講演時間には影響がなかったからヨカッタものの、前後では急な変更など周囲の皆様に助けて頂きました。

予定外の時にどう対応できるか?予定外の時にどう接することができるか?は人間を試される瞬間だと思います。そんな時に、メンドウくさい顔もせず快く懇切丁寧に対応して下さった新上五島町のTさんには感謝感謝です。ありがとうございました。
 
18:05  |  旅行  |  Comment(0)

長崎県の新上五島町へ行ってきました(その1)

2016.02.18 (Thu)

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2月12日から14日にかけて、京都から長崎県新上五島町まで講演の仕事で旅行しました。朝7時43分京都駅からのぞみ97号。各種の乗り換え検索をすると、のぞみで新大阪まで行き、そこからさくらに乗り換えろとススメてくるのですが、N700Aをこよなく愛でるワタクシは、可能な限りN700Aに乗って遠くまで!

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そして博多から新鳥栖までの一駅だけ「さくら」に。のぞみ97号が博多に到着する4分前に、博多を出発したみどり7号を追いかける。

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乗り換えではじめて降りた新鳥栖駅。屋根の造形が幾何学的で、思わずカシャリ☆

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さくらが新鳥栖に到着した8分後にやってきたみどり7号。ん?みどりといえばハイパーサルーン783系電車の「あの顔」のはずだが…。この日は、この顔につながる特急ハウステンボスが連結されてなくみどりの単体編成。ゆえに連結面むき出し。ま、乗ってしまえば一緒なんですけどね。

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座席は、大阪のオバチャンびっくりのヒョウ柄?!?!よく見ると違うような気もするけど、「あれ」を見慣れている関西人には「そう」見えてしまう模様です。

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隣の席に座ったオジサンが武雄温泉までの切符を持っているのがチラッと見えたので、彼が降りるまで弁当を遠慮してました。弁当は博多駅で乗り換えの時に買ったファミリーマートの「かしわめし」。なかなか出来のいいコンビニ弁当でした。駅弁にも「かしわめし」がありますが、コストパフォーマンスでいうとこちらに軍配でしょう。

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上有田駅で、443系電気検測用車両に遭遇。たまたま右カーブを走行中、その先にこの色の車両が見えたのでカメラを用意。この車両は何両残ってるんでしょうか?かなり昔から走っているような印象ですが。

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早岐駅で隣にやってきたのは、大村線で運用中のキハ66・67。それも国鉄色!ディーゼル王国四国出身の僕にとって、この色は見慣れた国鉄急行の色!高徳線沿線に住んでいたので、この色は「阿波」と「むろと」の色でした。といっても、高徳線はキハ28・58でしたけど。

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佐世保駅に到着!こっちの顔も撮っておかねば!と編成の逆の端っこまで走って行ってパシャリ☆といっても4両編成なのですぐに反対側でした。

本当はこんな時間の余裕はなく、佐世保駅に着いたら急いで有川港行きのフェリー乗り場へ向かわないといけなかったんです。佐世保駅到着は12時27分。そこからテクテク歩いて佐世保港へ。13時の高速船に乗る予定でした。

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これが予約していた九州商船の高速船「シークイーン」。ところが、海上がシケのため欠航になってしまいました。佐世保に着く前に、九州商船からと講師派遣会社からと講演主催者からも連絡が来ていて、その次の13時45分出航のフェリーで行くことにしていたので、佐世保駅から港まではノンビリ。

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桟橋をウロウロ。ダウンジャケットを着てますが、実は「春一番」が吹いていた佐世保港。温かすぎてダウンジャケットでは暑いくらい。

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フェリーの切符がコレ。船は瀬戸大橋ができる前は帰省のたびに乗っていたので、それほど抵抗感はなかったものの、内海と外海では波が全然違うのは明らか。「できれば酔い止めを飲んでおいた方が…」という地元講演担当さんのアドバイスの通り、佐世保駅到着前に酔い止めを服用。薬の効きが良すぎる僕は、港に着いた頃にはすっかりボーッと眠たい状態。

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乗船が始まるや、すぐに船内へ!船を間近で見る機会があんまりないので、この船が大きいのか小さいのかもよくわからず。

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デッキにあがって珍しいものをカシャリ☆「178」は護衛艦あしがら。ちなみに旧日本海軍の巡洋艦足柄は、1/700 プラモデルで作ったことがある思い出の船。

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こちらの「4303」は多用途支援艦あまくさ。その向こうの「115」は護衛艦あきづき。秋月といえば高射砲を積んだ、下手な巡洋艦よりもイカツい駆逐艦。謎の沈没をした駆逐艦でもあります。こちらもプラモデルで作りました。

今は、非戦反戦非暴力の僕ですが、小学校3年生くらいまではミリタリーオタク(+鉄ちゃん)な男子でした。小遣いはプラモデル関係とそれ関係の本に消えてました。鉄道は、図鑑と時刻表を駆使した妄想旅行鉄(なんてファンタジックな…(T_T))でした。

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佐世保の内海は穏やかでしたが、外に出ると大揺れ。さいわいフェリーはざこ寝席。足を船首に頭を船尾に向けて寝転がっていると、大きく揺れはするものの気持ち悪くなることもなく安泰。もっとも酔い止め薬が効き過ぎていて、ほとんど意識不明=熟睡でしたが。

ちなみに…人生最悪の船揺れは、1994年にストックホルムからヘルシンキに向かうシリアライのン航行中に、バルト海で嵐に遭遇した時。この時は、前日にタリンからストックホルムに向かうフェリー(エストニア号)が沈没したくらいの嵐でした(フェリーの扉が閉まりきってなかったのが直接の原因ですが…)。翌日に沈没現場付近を通りかかり、捜索のため嵐の余波の残る大波のバルト海に停泊したという恐ろしい経験をしました。窓から外を見ると、空が見えたかと思おうと、次の瞬間には海面が見えるという状態でした。不幸中の幸いだったのが、なぜ船が停まっているのか?など、一連の沈没情報が僕には届いてなく「、この船は、出航が遅れることと食事や飲み物などがすべて無料になる」という内容だけが届いていたので、貧乏旅行中の僕には「え?無料?ラッキー!」という部分だけが耳に入ってたというお気楽な状態でした。ヘルシンキの港で、友人のJ.P.Vuorinennを待たせていたのを、スッカリ忘れていたという間抜けっぷりでした。

僕が乗ったシリアラインの船がヘルシンキに到着すると、フィンランド政府から乗船客全員に、PTSDに関する症状や対処法、治療に関わる費用に関するリーフレットが手渡されました。今でこそその意味はわかりますが、当時の日本ではPTSDという言葉は一般的でなかったと思いますし、僕にはその書かれている意味も今ひとつで、「なんか問題が起こるンかな?」という状態でした。あれは福祉先進国の生きた資料だったと思いますが、値打ちのわからなかった僕は、その旅行中に紛失してしまったのでした。モッタイナイ。

九州商船のフェリー「なみじ」のざこ寝席で寝転がって、あのバルト海での夜から嵐の開けた朝そしてまた夜…そうだった!20時間近く乗船してたんだった!を思い出していたら、「本船はまもなく有川港に入港します」のアナウンス。意外と早く(といっても大半が熟睡時間)到着。

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翌日の講演会場でセッティング確認をしたあと、一度ホテルに帰り、夕食の時間まで散歩。行き先は、地元スーパー。ザンネンながら雨が激しくなってきて、一番近かったスーパー1軒のみ。2、3軒回れると町の傾向なんかがわかっておもしろいんですけどね。

しかし、鮮魚の種類が多いね。京都のスーパーとは比べものにならないです。これは「ガッツ」。ウルフルズの♪ガッツだぜぇ〜パワッフル魂♪が聞こえてきそうな名前。「カナガシラ」というのが正式名だそうです。

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続いては、真鯛1793円、石鯛2668円、クロ(メジナ)821円…と並ぶコーナー。どれも上五島漁協水揚げの、まさに地元魚。エエなぁ〜。磯の王者!石鯛がスーパーにポンと並んでいるとは。

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次は「アラカブ」。聞いたことないなぁと今、調べたら「カサゴ」のことらしい。魚に詳しい人なら、見ればわかるんでしょうけど。その左の浦桑店店内特価の緑色の物は拡大して見ると「キビナ」と書いてある。でも、キビナってキビナゴのことのはず。なんで緑色?

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これ!サワラの皮あぶり焼き!美味しいんですよ。高松に帰省した時、食べたことがあります。五島のサワラも美味しいんやろなぁ。この右にあるのも「キビナ」と書いてます。これは僕が知ってるキビナゴです。

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牛タン塩はよく食べますが、豚タン塩は食べたことないです。というか、売っているのをはじめて見ました。加工会社は佐世保の会社でした。どんな味なんでしょ?

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夕食にお刺身を頂きました。もうね、どんどん食べられますね。噛んだ時の感触が違うんです。弾力があって歯に対する抵抗値が高く、一定圧を超えるとプツンと弾けるように噛み切れるんですが、その時に鼻から息を抜くとプワーッと香りがたつのがタマランのです。

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最初は、地元、五島灘酒造の芋焼酎「五島灘」。飲みやすい芋焼酎でした。

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いつの間にやら、酒は壱岐の麦焼酎スーパーゴールドに。麦焼酎発祥の地である壱岐の麦焼酎。これがまたクイクイと飲める焼酎でして、翌日の講演の打合せもしながら、愉快な話も聞けて、だいぶん気持ちよく食べて飲んで…な時間でした。

旅行記が全然終わらない…つづく!!
 
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荒尾市へ行ってきました

2016.02.09 (Tue)

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熊本県荒尾市へ講演の仕事で行ってきました。せっかくの機会なので世界文化遺産に登録された万田抗も訪ねました。

京都から熊本まで行くのに、どうしようか?と考えたのは、空路か?新幹線か?季節的に荒れることも、たまにあるこの時期、より確実な新幹線を選びました。しかし…乗り心地のよいN700Aといえども、岡山駅よりも西へ行くとトンネルが多くなるせいか、揺れるしウルサイし。車両の真ん中どころに乗っているにも関わらず。この調子だと、さらにトンネルの多いリニア新幹線はどんなことになるのやら…です。

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講演の準備をしながらだと、アッという間に博多駅。そこから鹿児島本線に乗り換えて大牟田の向こうの荒尾へ。JR九州の車両は個性的でイイねぇ。乗る電車はどの車両?という楽しみがあります。やってきたのはエース的な存在(僕が勝手に思ってるだけですけど)の813系電車。

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電車は福岡県内を走った後、佐賀県をかすめ、再び福岡県に入り、そして熊本県へ。久留米を過ぎるとだいぶん客が減り、大牟田でほとんどの客が降り、大牟田から終点の荒尾までは各車両ポツリポツリ。自宅最寄りの駅から荒尾まで4時間40分!着いたぁ〜!

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市役所の方のお迎え自動車に乗って、さっそく万田抗へ。せっかくなので、万田抗の見学ができる時間に到着するように、移動を組んだのでした。ちょうど小学校の下校時刻。ランドセルのカバーには「くまモン」。くまモンは、数多大勢のゆるキャラの中で、確固たる地位を確立している広く浸透している貴重な存在ではないかと思います。

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そんな子ども達の風景を眺めながら…やってきました万田抗。VIVA世界遺産!

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事前にいろいろ調べては見たものの、今ひとつわかりにくかったのが、この三池炭鉱専用鉄道の路線経路。地図があった!ネット上を探しても、地名だけで説明されているものがほとんどで、どの辺りを走っていたのか?が、ヨソ者にはピンと来ませんでした。

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いきなり「ん?!」なレンガの壁。「ブラタモリ」なら「!!」がつくところ。

上半分と下半分でレンガの積み方が違います。下はフランス積みなのに、上はイギリス積み。上半分が崩れたので継ぎ足したのか?はたまた積まれた時期が違うのか?

こんなマニアックなところを万田抗のガイドさんに聞かれ、その後はこんなマニアックレベルに合わせた説明をしてもらうことができました。

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少し入ると、坑内線路!鉄ちゃんは線路があるだけでウレシクなってしまうんです。一対の鉄の線が繋がっているだけで、ゴキゲンなんですからシンプルなモンです。

ここにも「!!」。このポイントのなんとシンプルなこと!可動域は一つだけ。これで十分、分岐できてしまうんですね。

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貯木水に写る第二竪坑櫓。白い鉄骨が不自然なように見えますが、つい最近まで赤茶けた錆だらけだったそうです。世界遺産の登録を目指した時期(と聞いたような)にキレイにしよう!となり、色も塗り替える話になったのですが、塗り替える場合はオリジナルつまり建設当時の色を塗らないとダメなようです。赤茶けた色の方が、趣があっていいと思うのですが、それは「加工」した色であってオリジナルではないのです。難しいですね。

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僕が一番興味をもったのが、このヘルメット2種。このヘルメットが2種類あることこそが、三井三池争議の痕跡なのです。三井三池争議は、僕が生まれる前の話だし「そんなことがあったらしい」程度の知識でしたが、いろいろ調べるうちに、いろんな面で現代にも通じる教訓を与えてくれるエピソードと知りました。

奥の黒い方が総評のヘルメット。手前の白い方が三池新労のヘルメット。労組が二分され流血の惨事にまで。イギリスの炭鉱でも例えば映画「リトルダンサー」でスト離脱への報復があったように、それはそれは荒々しい事態だったようです。案内してくれた方は三池新労寄りの方で、「家に総評の人間が乗り込んできて、日本刀を…」「しばらく学校に通えなかった」などの生々しい話も聞かせてくれました。

家事も同様ですが、もともと楽しい暮らしのために家事をする、暮らしを良くしたいから労働運動する…のはずが、いつのまにか家事や労働運動という手段に、プロが乗り込んできてそれ自体が目的化してしまう。労働運動にプロの運動屋が入ってくることで、待遇改善ではなくストライキを続けることが目的になってしまい、真の目的から外れてしまう。プロは離反者が出ると商売あがったりなので、「日和見」だの「裏切り者」だと罵り弾圧する。労働者の暮らしを守るはずの労組が、労働者を追い詰める。チャンと料理をしないと不幸になる!というような強迫観念に取り憑かれている人をみると、家事プロの功罪を考えずにはいられません。手段と目的を取り違える不幸は、今も昔もあっちこっちで起こっています。

万田抗の画像は、こちらにもアップしました(24点)。

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家賃タダ、水道タダ、電車もタダ、日用品や生鮮食品は炭鉱住宅内の市場で格安に手に入る、給料は銀行員や公務員の比ではなく、内定を蹴って炭鉱に来る人も…という万田抗の炭鉱労働者の暮らしを聞きながら、三の宮古墳にある下井手神社(三の宮神社?)へ。この神社は、武装石人で有名ですが、案内してくれた方は、お堂の残響を是非!と。何のことかと思ったら、↓の動画のようなことが。


残響音が独特なのです。パン☆ビヨヨォ〜ン、パン☆ビヨヨォ〜ンというおもしろい響きです。天井の傾斜の加減では?との話でした。

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そして、車は次にラムサール条約湿地に登録された荒尾湿地へ。ザンネンながら満潮時で、干潟らしい風景は見られず。向こうに見えるのは雲仙岳。雲仙を拝めたのでヨシです。

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ついでに日没の画像も。京都市で暮らしていると、普段、海を見る機会がないので、なんだか新鮮。寒いのも忘れて、写真を撮りまくりました。

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晩ご飯は、案内の方がオススメて下さった中から、一番ホテルに近いナノリン(NaNoRing)へ。この後、まさか!の展開が待っていたのですが、それは翌日のお話。

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泊まったのは、グリーンランド(デンマーク領のあの島じゃないけど)に近いホテルヴェルデ。スタンダードツインにゆったり泊まる!というようなパックだったせいか、やたらと広い部屋でした。広い部屋なのに落ち着かず、隅っこでチョコッと。

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部屋からはグリーンランドの観覧車がこんな感じに。夜はいろいろ片付ける仕事があったので、大浴場は朝に!と思っていたのですが…。

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翌朝、あんまり寒そうでなかったのと、町を偵察するのも兼ねて、チョイと海までランニング。迷った時は、この観覧車が目印。便利なホテルです。

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土曜日の朝、彼は部活へ行くのだろうか?野球部かな?僕も中学校は後半自転車通学だったのですが、やっぱりヘルメット着用義務がありました。しかも学校指定のヘルメット。ちなみに高校も自転車通学にヘルメット着用だったんです(T_T)。今のような通気性のいいヘルメットじゃなくて、ホンマに涙モンの格好悪さでした。ブレザー制服にヘルメット。今思えば、アレはなんの罰ゲームだったんでしょ?

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西に向かって丘を下る。鹿児島本線を渡れば、海まではあと少し。

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海辺にモスバーガーがありました。その名も「シーサイド荒尾店」。海からの風が強くて、身体が凍える寒さ。ココまでズッと向かい風。丘を下ってるのに全然楽じゃないと感じる風の強さ。海辺の町やなぁ。

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帰りは、追い風。丘を登っているのに、それを感じさせない軽やかさ。ランニングすると、どこでも何人かのランナーに出会えます。軽く挨拶します。ランナーはタイプが二つ。やたらと愛想のいいスポーツマンタイプと、返事のない一人になりたいタイプ。仮に4人見掛けるとしたら、最低でも一人は愛想のいいタイプに会えます。この日は4人に出会い2人と挨拶できました。

グリーンランドの近くで清掃ボランティアをしている人に遭遇。こういう人がいる町はたいてい大丈夫な町です。出会えてホッと安心。

で、ホテルに帰って大浴場へ!と思ったら、なんと朝は9時まででした。10時までと勘違いしていて、9時10分にホテルに帰ってきてしもたのです。わざわざ開けてもらうのもなんだし、部屋のユニットバスで身体を温めました。トホホ。大浴場があるから、このホテルを選んだのに…。

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講演会場は、荒尾総合文化センター小ホール。立派なホールでした。

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講演前の楽屋弁当は…なんと前の晩に寄ったナノリンのお弁当!なんともご縁のある中華料理屋です。この通りの満載弁当で、ザンネンながらご飯は食べきれませんでした。

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荒尾からの帰りは811系電車。1時間8分かけて博多駅まで。帰りもノンビリ乗りっぱなし。途中で九州新幹線に乗り換えるプランもあったけど、乗り換えるのが惜しくてそのまま乗り続け。

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博多駅隣接の博多デイトスでラーメンを。どこにしようかな?と思ってエスカレーターを上がったら、上がったところのお姉さんがベッピンさんだったので、そのまま一幸舎に吸い寄せられてしまいました。そして普通のラーメンを頼むはずが、なぜか黒ラーメンのボタンを押してしまいました。

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荒尾のお土産は…芋焼酎の「小岱」、小代焼きの湯呑み、万田坑手ぬぐい、万田坑ポストカード、万田坑フィナンシェ、荒尾名物ふくやまベーカリーのメロンパン。どっさり豪華‼︎

一泊二日の旅でしたが、自動車で観光案内してもらったり、ランニングしたりしたことで、短時間ながらも少し荒尾の町に触れられた気がします。講演も盛況だったし、旅行時間も楽しかったし、熊本は今のところハズレなし。
 
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賛否分かれました

2016.02.02 (Tue)

卵子凍結出産 健康女性、初のケースか 大阪・44歳(毎日新聞2016年2月2日 東京朝刊

 将来の出産に備え、独身だった41歳の時に自分の卵子を凍結保存した大阪府内の女性看護師(44)が昨年、その卵子で女児を出産したことが分かった。がん治療など医学的な理由で卵子を凍結し、妊娠・出産した例はあるが、仕事など社会的理由を背景にしたケースが確認されたのは初めてとみられる。
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上記のニュース。夫婦間で賛否が分かれました。こういうコトに対しては、たいてい賛否同じなんだけど、これは珍しく。といっても、和子さんは社会情勢、選択権、生む権利などなど論理的。一方の僕は「正体不明の違和感」というなんとも感情論的。どこに違和感をもつのか?という点について突き詰めたいんだけど、朝の慌ただしい時間でもあったのと、「なんで反対やのん?エエやん!」という論破体制で深まらず。

しかし…どう考えても、僕の方は、安物宗教的な「自然の摂理」や「生殖年限に対する男性特有の危機感の欠如」程度にしか行き着かない。賛成の方が、論理的に思えてならないのです。が、僕は「正体不明の違和感」があるという。「子どもは生まねば!」「女性たるもの出産!」というようなマッチョイズムをどこかに感じているのか?いずれにしても、少し時間をかけて考えねば。とても自分の違和感に興味があります。

だからなに?ですが、未来になって「こんなこと議論してましたなぁ」的なメモとして残しておきます。
 
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