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ハワイ旅行記(サイクリング編)

2015.08.28 (Fri)

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ハワイ滞在中、和子さんは研修に出勤しているので、日中は僕と加奈子のユニット行動。さすがに海外で中2生を一人でウロウロさせるほどの勇気はありません。

「さて、今日はなにをしようか?」というのが、たいていのパターン。前の晩に決まるのは珍しいけど、今回は前の晩に「明日はレンタサイクルしよう!」と。なぜなら、この日は、マウナケア山頂サンセットツアーに行こうと思っていたのが、満席で翌日に延期になるのがわかっていたから。

ホテルに一番近いところで自転車をレンタルしました。そうしたら…ブレーキがハンドルに付いていないタイプの自転車でした。ペダルを逆回転させると、ブレーキがかかるんですが、このタイプの自転車は日本では許可されてなくて、僕も乗るのが初めて。まずは、自動車のこない場所で練習。日本でも自転車に乗るのがあんまり上手じゃない加奈子は、このブレーキタイプの自転車に四苦八苦。「こりゃ走って覚えるしかないかな」とソロ〜リソロ〜リ出発。

目指すは、和子さんの研修先である「シェラトン・コナ・リゾート&スパ ケアウホウ・ベイ」距離にして片道11km。このペースだと何時間かかるんだ?という感じでしたが。

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時間はたっぷりあるのをいいことに、ユルユルと寄り道&寄り道。「公共ビーチ有り」の看板があれば入ってみる。そこで磯場に残った小魚を見付けたり。なかなか京都市内ではできない体験。

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そして着いた!シェラトンじゃなくて、「Da Poke Shack」。「Poke」はポークではなくポキ(ポケということもあるみたい)。ポキはハワイの郷土料理。食べれば分かるけど、醤油味のマグロ(アヒ)のポキは「漬け」そのもの。数種類のポキの中から二つを選んだ「ポキ・ボウル」。値段はその日によって若干上下するみたい。僕達が行った日は$12でした。

この「Da Poke Shack」は、前日のドライブ中に「ホノカア」の町で出会った、ミステリアスな熟年カップルから教えてもらった店。「アリイ・ドライブを南に走って海側のチョット奥まったところにあるダ・ポキ・ナントカって店だけど、美味しかったよ」という程度の情報を頼りにしていたけど、見付かりました。

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加奈子は一口二口は美味しい!というモノの、そこから食がすすまない。ハワイにいる間中こんな感じでした。残りは僕がモリモリッと頂きました。ポキは美味しかったけど、ご飯が…。日本のイイ炊飯器をプレゼントしたいくらい。もしもご飯がふっくら美味しく炊けていれば、ホームシックになった日本人はきっと涙して食べる味だと思う。

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食はすすまないけど、あれこれ食べたくなる気持ちはある加奈子。今度は「カハルウ・ビーチ・パーク」でシェイブアイス(かき氷)。レモンとライムとマンゴーという3色かき氷。これは僕も思った。半分くらいまではザクザク食べて美味しい。ところが…だんだんと強烈な香料の味が強くなってきて、ギブアップ!こめかみがキン☆となる前にギブアップ。

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この辺りからアクシデントがやってくるのです。まず、坂道を押して登っているウチに、加奈子のサンダルが崩壊。いわゆる鼻緒が抜けるという事態に。ハワイに来てからスーパーかどこかで買った安物。一発で壊れてしまいました。裸足で…と思ったら、アスファルトは灼熱状態。アチィ〜〜〜!でダメ。何度か直しては見るモノの、やっぱりダメ。

え〜〜また?と何度も停まっては直しの繰り返し。やっと坂道を上り終えて、今度は下り坂。イヤッホォ〜〜〜と浜辺に向かって自転車を進める。

が!違う!この道じゃない!!

曲がる道を一つ間違えた。このまま行くと、「カイルア・コナ・ハワイ・バケーション・レンタルズ・カナロア・アット・コナ・リゾート」へ行ってしまう!

下った坂道をもう一度登る。加奈子のサンダルは壊れたまんま。そのうち、鼻緒を結んで直すことで、なんとか直すペースを減らすことに成功。

やった!と思った、その時。

ない!ない!ないないない!自転車のワーヤーロックがいつの間にか無くなっていた。一番上の画像では、ハンドルについているドリンクホルダーの中に入っているけど、いつの間にか無くなっている。最後に鍵を掛けたのは、カハルウ・ビーチ・パーク。

何度か、自転車を降りた時に、落としたはず。そして、さっき登ってきた坂を、また下って引き返したところまで戻り確認…ない。そして登りながら確認…ない。これはもう、シェラトンに行っている場合ではない。引き返しながら探すしかない。鍵を無くしたペナルティーって何ドル?と考えながら、ないかなぁ?と探す。

すると、歩道の真ん中に、バネのような物体発見。そこは、上の画像で加奈子が自転車を押して上がった坂の一番上。ヨカッタァ。ホッと一息。

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今度は、落とさないよう自転車のフレームに巻いてロック。

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帰り道の途中「パホエホエ・ビーチ・パーク」(かなりホワイト・サンズ・ビーチ・パーク寄り)で休憩。「もぉ自転車はウンザリ」とこぼす加奈子。

水を飲みきってしまったので、水を求めて、この後「アリイ・ガーデンズ・マーケットプレイス」で$20のサンダルを購入。今度は鼻緒の無いタイプのサンダル。

11時に自転車を借りて、16時に返却。5時間のいろいろ起こりまくった父娘サイクリングでした。そういえば、加奈子とこんなに長い時間一緒に自転車に乗ったのははじめてだ。もしかすると、これは最初で最後の父娘サイクリングかもしれない。もっとも、このブレーキタイプの自転車でなければ、もっとスムーズに乗れてたんだろうけど。

返却してから、しばらくカイルア・コナをウロウロしていたら、マウンテンバイク・タイプのレンタル自転車もチラホラ。このタイプなら、もう少し楽にサイクリングできたな。レンタル値段の違いはほんの僅かだったし。リサーチ不足でした。
 
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ハワイ旅行記(マウナケア編)

2015.08.27 (Thu)

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今回のハワイ旅行、最大のイベントは、すばる望遠鏡が設置されている標高4205mのマウナケア山頂(すばる天文台のある場所は頂上ではないけど)で夕日を見た後、星空を観測するツアーへの参加。

個人で行くのは、高地への順応であったり、レンタカーの進入禁止区域などがあったりで、素人には難しいので、太公望のツアーに参加しました。

「行こう」というのは、日本にいる時から決めていたことだったのに、「いつでも予約できるだろう」と油断していました。8月16日にハワイ島へ移動したので、「8月17日か18日のどちらかで行ければイイや」と思っていたら、両日ともツアーは満席という返事。調べてみると、月が細いのは18日までで、この間の星空観測ツアーは満席になることが多いそうな。

17,18日が満席と分かったので、すぐに19日の予約を入れたところ、こちらはすんなりOKに。

午後13時半にホテルに迎えのバンが来るということだったので、午前中は山頂までに履く用の加奈子の長ズボンを探しに、ホテル近くのスーパーをウロウロ。日本と違って、ちょっとスーパーへ行くにも自動車がないと不便なアメリカ(ハワイと言えども同じ)。車は和子さんが仕事で使っているので、歩いてスーパー巡り。といっても、暑いハワイの夏。長ズボンなど早々に見付かるモンじゃない。長靴下を靴のアウトレットショップで見付けたので、それを履くことに。

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ハワイに到着してから、今ひとつ体調がよくない加奈子。「胃が痛い」と言い続けていて、食欲は激減。スーパーのテイクアウト店で二人で一つのランチボックスを買ったんだけど、「よぉ食べん」で食べたのはほんの数口のみ。僕も高山病への順応が不安で、二人ともナーバスなランチタイム。

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13時25分頃、ロビーに現れたのは、ひげ面で長身キャップを被ったアメリカン。ファイルを持ってキョロキョロしているので、「もしや?」と思ったら、「あ、どうも、山田さんですか?」と。「日本語ガイド」と書いていたので、てっきり日本人かと思ったら、見た目はアメリカン!のジェシーさん。神戸をはじめ関西に12年住んでいたという関西弁も喋れるジェシー。さっそく、僕が着ていたTシャツを見て「これ!イイねぇ。どこで売ってた?」と。オタク文化は国境を軽く越えますな。

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僕たちを入れて10名の参加者とジェシー。参加者が時間にキッチリ集まったので、少し時間に余裕があるとのこと。「ユックリ行きましょう」というこのツアー。まず最初に訪れたのは、Hamakua Macadamia Nut Company。美味しいナッツとコーヒーで一服。

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そこから200号線サドルロード(ダニエル・イノウエ・ハイウェイ)に入って、マウナケア・フォレスト保護区の南西部にある休憩所でまた一休み。上の画像は、クリックすると拡大表示できます。後ろに写っているはずなのはマウナケアなんだけど、雲の中。なにかイヤな予感がする。

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オーガニックケーキと温かいお茶の軽食。ここはまだTシャツとジーンズでOK。といっても、カイルア・コナと比べるとかなり涼しくて気持ちイイ。マラソンのトレーニングにはちょうどイイ感じ。

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ユックリと身体を高地に慣らすために、ジェシーもいろいろプログラムを用意していました。これは足下を探してペリドットを探しているところ。

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次は、マウナロア溶岩台地。さっきの場所からは少しだけ標高があがっているような、そんな場所でしたが、ここで長袖を着用。冬のマラソン用のインナーを着ました。加奈子はタートルネックシャツ。二人ともインナー系で薄くいきましたが、帰りは山頂付近から一気に町まで降りるので、車内は暖房から冷房になります。重ね着する方が脱ぎやすく便利でした。さいわい、二人とも最後尾座席だったので、そのまんま長袖インナーを脱いで着替えました。

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ここはまだそれほど標高が高いわけでなく、飛び跳ねても全然問題なし。最初はセルフタイマー撮影でこれにチャレンジしていたのですが、「あ〜もぉ〜、カメラ貸してみ」とジェシーが撮ってくれました。

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そしてオニヅカ・ビジター・インフォメーション・センター。標高2804m。この時点ですでに僕の人生中、最高の標高地点に立っています。さすがに空気が少し薄くなってきているのを感じたけど、加奈子は意外とケロッと。ここが最後の水洗トイレ。まずはトイレ。行列になって30分待ちということもあるそうな。

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休憩時間中に銀剣草(シルバー・スォード)を探しに。マウイ島のハレアカラと、マウナケアとヒマラヤだけに生息する植物。そして、数年から数十年という、草の寿命が尽き枯れる前に、一度だけ咲くという貴重な花を見ることができました。

ここから一気に山頂付近へ。アッという間に上がっていきます。そして!

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人生最高の標高地点に立ちました。約4200m地点。後ろは、すばる望遠鏡のある国立天文台ハワイ観測所。見事にガスってます。ガスっていると言うよりも、雲の中です。この日は、西と東と両方から雲が押し寄せてきていて、逃げ場のないコンディション的には最悪の状態だったようです(ジェシー弁)。

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サンセットツアーでありながら、サンセットが拝めないという、よほど普段の行いが悪かったのか?ということに。申し訳程度の夕焼けです。

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こちらは太陽と反対側。下の黒い部分が地球の陰で、その上が「ビーナス・ベルト」。こっち側はまだ雲が少ないです。僕たち父娘と大阪の看護師さんと看護学校の先生と4人でバンザイ。なかばヤケッパチ。


もしかして雲が切れるかも?!とiPhoneのタイムラプス動画で撮影しましたが…結果はご覧の通り。

心配していた高山病はほとんど問題ありませんでした。ゆっくり時間をかけて登ったおかげかも。生ビールの中ジョッキをグイグイッと飲み終わったような、若干の酔っ払い感はありましたが、頭痛や吐き気といった症状はまったくありませんでした。他のツアーでは、うずくまっている人やひっくり返ってしまっている人もいましたが、ジェシーのツアーはみんな元気でした。加奈子も元気で、あっちこっちウロウロ。

そういえば、山頂でもトイレがあったので行ってきました。マラソン大会でも見掛ける簡易トイレ。だけど4000メートルになると乾燥もあってほぼ無臭。人生最高地点でのオシッコでした。

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星空観測もかなり厳しい状態に。ジェシーが雲の切れ間を求めて、あっちこっちドライブして、ようやく見付けた雲の隙間。天空の70%くらいが一時的にパッと開けました。

上の画像(クリックすると拡大表示できます)は、さそり座といて座のあたり。真っ暗闇でカメラを天空に向けて、どこが撮れるかもわからずカメラの「星空夜景モード」でシャッター切ってみました。もう少し下を狙えば、キレイにさそり座が入ったようです。カメラはCanonのPowerShot S120。初めての星空撮影でしたが、なんとか写りました。デジタル一眼も持って行ってたんですが、あれこれ設定を試すにも、とにかく真っ暗闇。そして、雲が切れたのはホンの一瞬。向きを変えてもう一枚!とチャレンジしたのは、半分が雲の中。そして再チャレンジの機会は最後までありませんでした。もともと星空の撮影はおまけ程度でした。夕焼けはキレイに撮りたいと思って、カメラも数台持って行きましたが、星空は肉眼で見たようには撮れないだろうなと、三脚も小さなモノしか持って行ってませんでした。

星空観測もサンセットと同様、雲に阻まれましたが、僕は生まれてはじめて「天の川」を自分の目で見ることができました。もうそれで十分でした。なにしろ子どもの頃から近視で、星空に興味を持った頃には、オリオン座と北斗七星やカシオペア、夏と冬の大三角形が見える程度でした。メガネやコンタクトレンズを使うようになった頃には、星空が見えにくい地域で暮らしていたし、そもそも星空を見上げることもなくなっていました。

空にはこんなに星があったのか…ということを自分の目で見て確認できてヨカッタです。

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帰りは一気に山を駆け下りました。ホテルに着いたのは夜の22時。8時間半のツアーでした。最後に、夜食のお土産。カイルア・コナの「寿司Shiono」のちらし寿司。美味しかった!次の日のランチもここで食べたくらい。

サンセットも星空もイマイチでしたが、あそこまで行った!で満足。そして天の川に大満足でした。ガイドのジェシーにはチップもたんまり!もしも次の機会があるなら、次もジェシーで!

加奈子は、「たくさんの人と出会えて、話ができたのがよかった」と言ってました。ガイドも日本語だったし、参加者も全員日本語を使う人。久しぶりに言語的ストレスなしに過ごした時間だったはず。「行った、見た、買った」はある程度、追体験ができます。でも、出会いだけは一期一会。僕が旅で一番大切にしたことも一期一会。「また会えるだろう」はほぼ実現しません。そのことが少し加奈子にもわかってもらえたのかな。英語が使えるようになると、もっとたくさんの人と出会えるようになるんですけどね。すでにペーパーテストでは、今の僕の得点を抜いている加奈子なので、あとは失敗を恐れない度胸とパッションさえ付けば、たくさんの出会いが待っているはず。本人もそれに気付いたみたいでした。
 
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ハワイ旅行記(空の旅編)

2015.08.26 (Wed)

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今回のハワイ旅行。いったい何から書こうかと思ったのですが、やっぱりニュースにもなったアクシデントに巻き込まれた!ということで、空の旅について書きます。

今回は、ハワイアン航空を使いました。旅の途中で、オアフ島のホノルルからハワイ島のコナへ移動する時にハワイアン航空を使うので、だったら日本からもハワイアンで行こう!となりました。

参考までに、前回、2012年3月のハワイ旅行の時を調べてみると、その時はデルタ航空を使っていました。

関空からホノルルまではエアバスA330。真ん中の4人席に3人並んで。ホノルルまでの便(HA-450便)での問題といえば…背もたれに埋め込まれた液晶画面。僕の液晶モニターは映画が再生できず。再生しようと思うと、飛行機の現在位置や外気温などの画面が表示されるだけ。行きは、ほとんど寝て過ごすので、あんまり大きな問題ではありませんでした。アメリカの航空会社の機体にはよくあること…と勝手に決め込んで割り切ってました。

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ホノルルからコナへの機体はB717。日本ではもうお目にかかることのないマクドネル・ダグラス(MD)系の機体。かつてはMD-80やMD-90がJASやJALにいましたが、今は一機も在籍していません(たぶん)。久しぶりに見た、この矢のような機体。

ホノルル空港でのチェックインは自動化されていて、電車の切符を買うような感じでした。

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ホノルル空港離陸前に、空軍基地を横切ったのですが、その時、目に入ったのはF-22ラプター。現在、世界最強と噂されるアメリカの戦闘機です。実際に見たのははじめて。

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コナ空港に到着。離陸から着陸までは、ほんの30分くらい。滑走路を移動している時間だけが異様に長く感じるフライトでした。外付けのスロープを降りると…

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そこはコナ空港。なんとこの空港の、搭乗ゲートやバゲッジクレイム(荷物受け取り場)などの建物には壁がないのです。嵐が来たらどうなるんだろ?と思いますが屋根だけ。トイレやレストランは壁がありますが。

ハワイ島への移動も、たいした問題なく、非常にスムーズ。ここまでは、写真が多く文章が少ない。撮る余裕がたっぷりあったということです。

ところが!事件は帰りの便で起きました。

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事件とは、こちらの記事「Coast Guard in-flight emergency causes delays at Kona airport(沿岸警備隊機の緊急着陸によりコナ空港で遅延)」。

コナからホノルルまでのHA207便に搭乗して離陸を待っていると、機長から「空港の都合で10分ほど離陸が遅れます」とアナウンスが。その後「あと25分くらいかかりそうです」と。結局、40分くらい機内で待った後、「当分、離陸できそうにありませんので、一度搭乗ゲートに戻って下さい」と。

原因もなにも知らされてなかったので、自分たちが乗る機体に重大なトラブルが発生したのかと思いました。ところが、隣に並んで離陸を待っていた飛行機からも乗客がゾロゾロと降りてきているではないですか。こりゃ管制塔のトラブルかな?と思っていたところ、上の画像のオレンジ色の尾翼の飛行機が、妙な場所で停止しているのが見えました。

最初は尾翼のロゴで空軍機かと思いましたが、沿岸警備隊の機体だったんですね。空港からのアナウンスでは、「機体トラブルが発生して、誘導路を塞いでいる。ゆえに離陸も着陸もできない状態」とのこと。

しばらくジーッと動かない沿岸警備隊機。こちらは空港の閉鎖がいつまで続くのか分からずヤキモキ。当初、僕たちのホノルル空港での乗り継ぎは約3時間ありました。ホノルルまでのフライト時間を考えると、13時半くらいに再搭乗できれば、なんとかなりそうでした。

コナ空港には日本人客も多く、たまたま側にいた習志野市から来ているという4人家族といろいろ話をしながら、空港の再開を待ちました。数日前に、マウナケアへのサンセットツアーで同行したカップルにも再会。僕たちと同じく関空行きの連絡にヤキモキしている人達も数組。そして前日のパラセイルのボートが一緒だったサンノゼのアメリカ人親子とも再会。

水が配られたのを見て「あ、こりゃ長期戦だな」と思ったところ、プロペラ機のエンジン音が急に鳴り出し、沿岸警備隊機が誘導路から自力で移動!搭乗ゲートではバンザイの拍手喝采!やった!これで飛べる!何時だったか確認するのを忘れたのですが、たぶん13時頃だったと思います。

「あ、これで間に合うな」とホッとしたのも束の間。ここからが、よく分からないハワイアン航空の対応でした。

僕は、自分たちが乗る予定だったHA207便の機体に戻って、ホノルルへ行くのだと思って見ていたら、その機体から荷物が出されているではないではないの!そして後ろから荷物を出しているのに、前からは荷物が入っている。つまり別の客を乗せて飛ぶということ。僕たちは、一度機内で座って離陸を待っていたくらいだから、離陸時間を考えても、この小さな空港のことだから、おそらく次かその次の離陸順番だったと思うのです。そこに第3の離陸分が割り込まれ、駐機していたハワイアン航空の小型B717が2機と中型B767の1機(これはほとんど乗客を乗せてなかったと思われる)は僕たちを置いて離陸。

さっきまで、乗るはずだった機体に別の客が乗って(HA268便の客を乗せていた)行き、目の前には一機もない状態。一度は間に合うと思ったホノルル空港での乗り継ぎも、これでほぼ絶望的に。

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やっとホノルルから飛んできた機体に搭乗。実に、3時間40分ぶりの再搭乗。座席にはポツリポツリと空席も。おそらく遅れることを知って、キャンセルしたか、あるいはハワイ島の別の空港まで移動したかでしょう。その空き席に、ニュージーランドの団体が座っていき、結局、満席に。

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振り返ると、足止めを喰らっていたハワイアン航空以外の航空会社の機体がズラリ。画像が不鮮明でわかりにくいですが、手前からアメリカン航空、アラスカ航空、USエアウェイズ、コンチネンタル航空と並んでいました。

約4時間遅れで、なんとかホノルル空港までたどり着くことができました。当然のように関西国際空港への機体(HA449)は飛び立った後。ホノルル空港の到着ゲート職員に尋ねると、マツコデラックスのようなオバチャンが「☆☆へ行け」と。そこにはいかにもコツコツ働きそうなオッチャンが。前に二人いた客の要件に対応して「どうぞ」と言われ、チケットを見せると「こりゃいかん!」とさっそく電話で連絡。と、そこに、さっきのマツコデラックスが出てきて「ここじゃない!Gのカウンター!」と言うではないの。「はぁ?」と思いながらも「G」へ行くと、そこはすでに長蛇の列。

僕は、何度かアメリカの事務窓口で長蛇の列というのを経験したことがありますが、列の長さと待ち時間は完全に比例します。長い列ができているから窓口を増やして対応!などという光景は一回も見たことがありません。列の長さから、推定待ち時間2時間。しかも、恐ろしいことに、これがなんのための列かわからない。自分の番が来て話すと「あ、それは別の窓口です」と言われる可能性も。

こんな時は、日系の航空会社や!と僕はだだっ広いホノルル空港の中を、ハワイアン航空と提携しているANAの窓口を探してウロウロ。だけど、こんな時に限って、窓口もスタッフも見当たらない。疲れて「G」へ帰ると、加奈子が列に一人。「あれ?和子はんは?」「カウンターへ直訴しにいった」と。

僕よりも渡米経験ははるかに多いし、状況突破力に関しては、我が家では「暴走機関車」と名付けられている和子はん。行列そっちのけでカウンターへ直談判。そして「今夜の羽田行きでいい?」と行列で待っていた僕たちのところに帰ってきた。スゲェ!

「この行列は、ホノルルでハワイアン航空の手配するホテルに泊まって、明日の便を待つ客の列だったみたい。Today's Flight!ってカウンターで言うと、それなら…と羽田便を手配してくれた」グッジョブ!素晴らしい!

僕はスケジュールに余裕があった(原稿の締め切りは迫ってたけど、ネット環境さえあれば仕事は世界のどこにいても仕事できる)のだけど、和子さんは帰国後の大学業務がガッチガチに詰まっていたし、加奈子の新学期も迫ってました。可能な限り早く日本までたどり着く!が最優先課題。

やれやれ…これで、とりあえず日本に帰れる(羽田だけど)…と思ったところに、コナ空港で会った関空行きの乗り継ぎを気にしていた若い日本人カップルに再会。聞けば、彼らもどこへ行けばいいのか分からずたらい回しに遭い、たまたま通りがかった人に尋ねたら、同じく羽田便を割り当てられたと。しかも!羽田でのホテル代と羽田→関空のANA便も手配されたと言うではないか!「なんですとぉ?!?!」とすぐさま暴走機関車は「G」へ引き返す!(シュポポーーー!!)「こんな人もいるんだけど…」とカウンターへ訴える。だけど、そこはハワイアン航空のカウンター。「そんなサービス提供はない」の一点張り。まぁ、そうだろうなぁ。

彼らは、きっと裁量権のかなり大きな人物に出会ったのでしょう。これは「もってる」人に備わっている巡り合わせ。彼らがラッキーなのであって、僕らがツイてないのではない。こっちが普通なのだ。僕は、これまで何度か、この裁量権の大きな人に出会ってラッキーなことがあった(ような気がする)。これまでがツキ過ぎていた。

若い彼は一見、へナッとした今どきの男子だったけど(学生かな?)、ココという時はバシッと要求して、損しないような交渉ができる人だった。思うに、今どきの若者はシッカリしてます。コナ空港で足止めを喰らった時、職員に詰め寄っていた、いかにも田舎の社長夫婦とは格が違う気がしました。きっと、このアクシデントで彼女は彼を惚れ直したコトでしょう。アクシデントはその人の本性を見抜く絶好の機会。落ち着いて最良の結果を導き出せるかどうか、まさに人間力を試されます。

さて、本来乗るはずだった関空行きはとっくに出発した後。僕らが羽田便に乗るには、まず荷物を受け取って、それから再び出国手続きゲートをくぐって、搭乗ゲートへ向かうことに。まずは…荷物受け取りのバゲッジクレイムへ行くと、僕らの乗ってきたコナからの便の荷物はどのベルトにも見当たらない。

空港職員と思われるメガネ&デブッチョに尋ねると「乗り継ぎのKANSAI行きの荷物?そんなのとっくに積んで行ってるよ」と。「ロストってコト?」「ま、そういうこった。羽田からKANSAIまで取りに行くこったね」と投げ捨てるように言う。なんと…ガックリ。スーツケースには宿泊用品も入っているのに。

あれ?でも待てよ…なんで荷物だけ???え?チョット待てよ。乗客ですら遅延で乗れなかったのに、なんで荷物だけ乗れるねん!ここは、冷静に窓口へ荷物控えの伝票を持って行くと、「あ、コレね!保管してるよ」と裏口の奥から出してくれました。やい!メガネデブ!ウソつくな!ふと、昔なにかで「アメリカでは、デブは自己管理ができないと見なされ偉くなれない」と書いてあったことを思い出した。

さてさて、僕たちがホノルルから羽田に向けて乗るH457便。「G」カウンターで発券された搭乗券には座席番号が空白になっていました。搭乗ゲートへ行き「あの〜座席が空白になってるんですけど」とゲートのコンピューターを扱っている人に声を掛けると、日本語で「名前を呼びますから待ってて」とロボットみたいに無愛想に答えられました。

しばらくして座席が印字されたチケットが発券されました。発券された座席は「C」「E」「G」と飛び飛びの座席。離ればなれの座席かも…と思いながらも念のため調べてみると、46列は最後尾。ハワイアン航空のA330は「2-4-2」の座席配列で「AB-CDEG-HJ」というのが普通の配列。ところが最後尾付近だけは「2-3-2」配列で「AB-CEG-HJ」という配列。「CEG」で3人席!ただし最後尾。家族旅行で最後尾に当たったのは、ボストン行きのノースウエスト航空以来。最後尾はリクライニングができない!さっそく暴走機関車がゲートのカウンターへ。すると「リクライニングできます!って言われた」と。HISの予約サイトの座席表は完璧です。そこには「Seat 46 C is an Economy Class seat that has limited or no recline due to the bulkhead behind. 」と但し書きがある。座ってみたら、確かに no recline ではなかったけど、limited でした。

やっと機内へ搭乗する時間が来て思い出した。今回のハワイ旅行中に借りていた「イモトのWifi」。ルーターの返却場所が関空から羽田へ変更する手続きをしないと!ほとんど搭乗の最後尾で乗り込みながら、まだ変更届けに入力中。担当者の名前…そんなモンどこも載ってない!空白にすると「入力漏れ」と先に進めない。エエイ!と申し込みIDを記入してなんとか送信。

18時15分に関空に着き、家に帰って20時。ユックリお風呂に浸かって早めの就寝♪…の予定が、22時5分に羽田に到着。そこから京浜急行に乗って、品川まで移動ということに。品川プリンスホテルで一泊して、翌朝ののぞみで京都まで移動というプランに変更。ホノルル空港で待っている間に、ホテルをインターネットで予約。羽田で泊まろうと思ったら、土曜日の夜でどこも満室。結局、一番近いのが品川プリンスだったという事情でした。

羽田に着くとヤレヤレ、ホッと一安心。荷物受け取りは意外と早く出てきて助かったけど、入国審査は長蛇の列。でも、全部の窓口に人がいるってスゴイですね。どこに並ぶかで、案内の係員と和子さんで少々おかしなやり取りが。

ところで、宿泊も翌朝のANA便も確保したカップルの彼らに、羽田空港のバゲッジクレイムでまたまた再会。するとホテルは新横浜に、そして翌朝は羽田まで戻り一番記で関空までのフライトになったと。それはそれでとっても疲れる移動になりそうです。でも、若い彼らなら大丈夫でしょう!僕たちは品川での宿泊代と新幹線代を自腹で払う引き換えに、翌日のホノルル関空便を蹴ったのですが、これはこれで結果オーライだったかもしれません。

そして、京浜急行の切符を買って羽田空港国際線ターミナル駅に入って気が付いた!ルーター返すの忘れてた!一度入った改札を出て羽田空港に引き返す。スマホで返却場所を確認!たぶんココ。シャッターが半分閉まった感じのSKY MARKET。23時までの返却時間にあと5分!でした。

品川プリンスホテルに着いた頃にはヘトヘトでした。長い長い一日がやっと終わり。もともと時差と日付変更線をまたぐ関係でヘンテコな2日間だったんだけど、それ以上に長く感じました。前回、遅延トラブルに巻き込まれたのは、ダラス→マイアミ経由でバハマへ行く時でした。行きは気持ちが張っているけど、帰りは緩んでいる。そこでトラブルだと疲れも桁違い。とはいえ、とってもいい経験しました。特に加奈子にはイイ経験になったと思います。

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画像は、座席の最後尾から夜間飛行中の機内の様子を撮りました。雰囲気がSF映画のようで、おもわずカッコイイ!と撮りました。
 
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ハワイへ行ってきました

2015.08.25 (Tue)

8月14日から22日までハワイのホノルル経由でハワイ島へ行ってきました。
ボチボチと旅行記を書こうと思いますが、ひとまずはダイジェストで動画をどうぞ。



 
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2泊3日で帰省しました

2015.08.11 (Tue)

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8日(土)から10日(月)の間、前後の予定がビッチリだった中、ポカッと空いたので高松に帰省してきました。といっても父娘2人のみ。3人目は超多忙につき、今回は断念。

お決まりの「さぬきうどん駅」の表示もだいぶん薄汚れてきてます。

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まだ実物を見たことがなかった8600系電車。やっと生でみることができました。配色がなんとなくイギリスの鉄道っぽいですね。

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駅には松本幸四郎さんが!太陽生命の広告でした。「王様のレストラン」が大好きな父娘は感激!「千石さん!給食センターを1つずつ探して回ったのですが、まさかJRの駅にいらっしゃったとは!」と「王様のレストラン」を見たことのない人には、訳の分からないことを口走る父娘でありました。

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今回、急に帰省することになったのは、加奈子が「曾祖母に会いに行きたい」と言ったのがキッカケ。加奈子の曾祖母、僕のお祖母様は、僕らが到着した時はまだ夢うつつ。母に起こされて「ん?」と目を覚ますと、そこにはいつも見に行く僕の両親と、そして僕と加奈子。「おや!京都から来はったんですか?」と一言。目が覚めて寝ぼけるわけでもなく、即座に視覚と情報が繋がっております。スンバラシイ。

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以前、見に行った時は、少し弱っていたように見えたのですが、今回はえらくシャキン☆としてました。とくに入れ歯を入れるとシャキッと。お昼ご飯がうどんだったのもゴキゲンの理由のようです。ただ、祖母様はホームで出されるうどんが短く切られているのはご不満らしいです。ズズズッと吸い込みたいそうですが、他の入所者に合わせてるんでしょうね。

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祖母様のランチがうどんということで、僕たちもランチは「さぬきうどん高雄」で。店を出て道路を渡ると、そこには香川県でよく見掛けるアレが。両足と3本指。「1.わたしは、2.かならず、3.とまります」の意味で、小学校の頃、頭に植え付けられました。

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うどんを食べたその足で、昔々住んでいた官舎を見に行きました。幼稚園の頃から中学校の途中まで、この官舎の西の端の3階に住んでいました。もう取り壊されるそうで、立ち入り禁止になっていました。「この辺に電話ボックスがあったね」「井戸は残ってるね」など、しばし思い出談義。

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最終日に、帰省のスケジュールが合ったので、高校時代のバンドメンバーが、これまた高校時代の軽音同好会同期が店主をしているうどん屋「ふる里うどん」に集結。3人とも妻は仕事で、お父ちゃんと娘の組み合わせで帰省。男3人と娘3人のランチタイム。

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帰りの高松駅で、またまた8600系と遭遇。もしかしてズッと停車してる?

この高松駅で、帰ってきた時に両親宅近くの駅で会った西洋人女性に再会。2日前に会った時、駅を降り立った彼女はキョロキョロしながら、「近所のラウソンを探している。そこが友達の家への目印と聞いたけど…知らない?」と聞いてきました。「ラウソン?なんじゃ?」と一瞬頭がフリーズしたけど、「ははぁ〜ん」と。「ローソンね」と。ラテン人だと「LAWSON」は「ラウソン」と発音するだろうな。でも、その時は、そのことを確認出来ずに「教えてくれてありがとう!じゃね」と別れてしまいました。

せっかく再会したので、出身を聞いてみると「スペインのMálaga(マラガ)よ!」と。当たり!

いろいろ話してると、明日は鳴門に行って、その後は広島へ行くと。「京都は?」「行ってきたところ」「あらま!今から京都に帰るところなんよ」「じゃ、次に日本に来た時は、また京都に行くから連絡先教えて」「じゃFacebookの交換しよう!」ということでFacebook友達に。

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暑さと、たっぷりのうどんで眠たくなった加奈子は、瀬戸大橋線内も新幹線内もウトウト。昔は、頭をもたれかけられても軽かったけど、今は重たいです。行きも帰りも、それほどの大混雑はなく、スムーズに帰ることができました。

 
17:03  |  旅行  |  Comment(0)
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