「しまもとスマイルプラン」が策定されました

2012.04.30 (Mon)

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昨年2011年の夏から人権啓発施策審議会委員の一人として、島本町の皆さんとともに考えた「しまもとスマイルプラン~第2期島本町男女共同参画社会をめざす計画~」が策定されました。

草案から、文言の一字一句、ホンマに「こんなところまで?」というくらい細かなところまで、みんなで確認しながら考えた計画です。もちろん「これで完璧!」というモノではありませんが、あの時点では目一杯に盛り込んだ気はします。

これまでは研究者として、あるいは一市民として、こういう計画や提言と接していましたが、今回、策定する側にまわってみて感じたのは、いくら立派な理想があっても、そこへの道筋が見えない限り、それは希望にもならないし、向かおうという気にもならないモノだということです。理想や夢想だけの計画では、時間や金の無駄遣いでしかないということです。

僕にも是非盛り込みたい!と望んだ3項目がありましたが、2勝1敗でした。男女共同参画からの視点から父子世帯支援という記述を盛り込みたかったのですが、男女共同参画からは「ひとり親家庭への支援」という形で母子世帯と包括され記述されることになりました。福祉領域でも母子福祉という記述ではなく、父子世帯への視点も加味した扱いになって欲しいと思います。横断的に触れられないのがナントモ...です。

とはいえ、計画に先立つ調査から約1年が経ち、無事にリリースされました。そして、こうやって現物が届くと、「暑い日も寒い日も、よ~通ったなぁ」と思えます。もちろん島本町は、ここ1年間で、京都市内以外で一番通った町です。
17:00  |  社会活動  |  Comment(0)

もう一歩頑張れ!近鉄電車

2012.04.29 (Sun)

近鉄京都駅ホーム新設 4線化工事終え混雑に対処
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よく利用する近鉄京都駅に新しいホームができました。これまでは1番線から3番線まであり、ホームが3つありました。構造は以下の通りです。↑は乗車ホーム、↓は降車ホームの意味。

1番ホームは1番線の↑。
2番ホームは1番線と2番線の↓。
3番ホームは2番線の↑と3番線の↑↓。

単純に構造を見てもわかるように、3番ホームが混みます。しかも、画像の手前側にしか改札口がありません。乗客は一方向にしか向かわないため、ラッシュ時の3番ホームの改札側は大渋滞します。

そこへ上のニュースのようなホーム新設!
僕はてっきり3番ホームが2番線の↑と3番線の↑になり、新しく作る4番ホームは3番線の↓になると思ってました(実際、昼間はこのような運用のようです)。

ところが、4番線も作られ、これまで1番線にしか入らなかった特急が、1と2番線に入るようになり、「普通」と「急行」が3番線と4番線に移動することに。つまり、これまで3番ホームの混雑が、そのまま4番ホームに移動しただけという構図になりました。相変わらずラッシュ時は大渋滞。混雑に対処するための増設のはずが、目に見えた効果は上がってない感じです。

ホームの乗り降り運用についても「あれれ?」でしたが、特急をJR側(4番線側)に入線させるというやり方もあったんじゃ?と思います。近鉄電車のフラッグシップ車両は、やっぱり有料特急だと思うんです。どっちかというと地味な色合いの普通車両に比べると、2階建てのビスタカーや伊勢志摩ライナーのような人目をひく特急車両をJR側に停車させることで、普段JRに乗っている乗客に「次の休みには、この特急に乗ってリゾートへどうですか?」などのアピールできると思うんです。

1番線の脇に待合室があって、それが「特急用特別待遇」的な感じになり、1番線の特急固定に繋がってるのかもしれません。でも、ニュースによると今回の4線化で特急乗車の待ち時間が短縮したらしく、待合室の利用も減ってしまうんじゃ?と思います。

どうも一つ一つが「あれれ?」的でチグハグな感じがします。同じくらい利用する京阪の、スマートな運用に比べると、どうも近鉄の運用には意図がみえません。車掌のアナウンスも「なにゆ~てるかわからん」という声を聞きます。ハードはイイのを持ってるので、ソフトをもう一歩!頑張れ近鉄!です。

いち鉄道乗客による個人的な感想です。キチンとした調査に基づいて書いているわけでもありません。時間帯によっては上手く機能している場合があるのかもしれません。
17:53  |  日々の出来事  |  Comment(0)

改めて、授業参観に行ってきました

2012.04.28 (Sat)

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木曜日のブログで授業参観に触れながら、灰谷健次郎の驚きの「土人」記述で終わってしまい、肝心の学校の様子を載せ忘れていました。

改めて...
木曜日は加奈子の5年生最初の授業参観がありました。5時間目の道徳の時間の参観で、今年の目標を各自が発表する授業でした。

ただ順番に発表させるだけでは全然盛り上がらないってのを先生も熟知していて、発表した人がビンゴマシーンを回して出席番号を決めるというお楽しみ付き。こういう手法は、小学校の先生から学ぶべきコトが多いです。大学の教師も使える参加意欲向上の手法ですね。

授業が始まる時間を思い違いしていて、40分も前に小学校に到着してしまいました。そのおかげで掃除風景や掃除後のいわゆる昼休みの学校の様子をみることができました。

「最近の子は外で遊ばない」というのは、僕たちよりも年上の大人がよく言ってることですが、昼休みの校庭は上の画像のように子ども達であふれかえってました。地域では遊園地で遊ぶ子ども達に「ボール遊び禁止、缶蹴りはダメ」「危険な遊具は撤去」「近所迷惑だから騒がないように」などなど、自分たちが子どもの頃のことをスッカリ棚に上げて注文を付けまくり、結果的に遊園地を遊べない空間にしてしまってます。子ども達の遊び場を奪いながら「最近の子は外で遊ばない」などと言ってるわけです。昼休みの様子を見てると、今も子ども達は外で遊ぶのが嫌いじゃないんです。ただ場所と時間を奪われただけのような気がします。

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さて、早く来てしまったついでに、教室の展示物もゆっくりチェック。加奈子の「めあて」も発見。「家の人に言われなくても手伝いを進んでする」そのためには「一日一日、お手伝いの目標を決めてから実行する」などと書いてました。

是非とも実行してもらおうではないか!ということで、今日は買い物の荷物運びをやらせました。「自分から進んでする」というわりには文句たらたらだったのは、どういうこと?
14:41  |  家事・子育て  |  Comment(0)

同期はエエもんや

2012.04.27 (Fri)

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僕には、たった1年間ですが正社員時代があります(他は派遣やアルバイト採用でした)。新卒で入社したローランドという楽器メーカーです。大学時代はバンドばっかりしていて、大学4年の時にローランドから内定をもらいながら、年度末に留年が決定し、翌年、同じローランドからまたまた内定をもらい、2年越しで入社したにも関わらず、1年で辞めてしまったローランドです。ローランド以外にも、今から思えば「え?!」というような大手企業数社からも内定をもらっていたのですが、なぜか導かれるようにローランドに就職しました。

そんなローランドに入社した同期が、今期、在籍20周年を迎えたのに併せて、「一度、浜松に集まろう」ということになり、先週の土曜日、僕も参加しました。19年11ヶ月前に浜松での研修が終わって以来、はじめて会う同期も大勢。ローランド豊中寮で一緒だった同期や、新製品発表会なんかでたまに会った営業職の同期もいましたが、それでも19年振り。

しかし、20年経って、これほどまでに見た目に変化のない社員って、日本でも珍しいと思います。入社当時からスマートになった人が数名と、明らかに太って出世した人が約1名の他は、男性も女性もほとんど変化なし!あ、男性の髪の毛については流れた歳月を感じさせるモノがありましたが...それにしても、これはとってもスゴいことです。

同期は100人を超えていました。関連会社の人も含めての人数でしたから、ローランドだけでみると、約半分の同期が集まったことになります。連絡を担当した幹事の話では「物故者が一人もいなかった」のだそうです。これもスゴいコトですね。

たった1年しかいなかった(お騒がせな存在だったと思う)のに、みんなが僕のことを覚えてくれていて本当にウレシかったです。「テレビに出ててビックリしたわぁ!」など声かけてもらいました。もっとウレシかったのは、僕が辞めた時の担当上司T氏と、その後、一緒仕事をした同期から、T氏の「その後」を聞くことができたことや、「新卒時にあの人はキツかったやろ?」と共感してもらったことです。

僕にとって、この1年は上のような事情でとってもキツイ時代でした。ストレスで下痢と微熱がズッと続いていました。退社後、スッと体調が良くなって、はじめて自分にどれだけストレスがかかっていたかを実感できたくらいでした。職場に関してはキツイ思い出がほとんどです。今思えば、古き良きノンビリ営業でした。他社の営業職はもっとキビシかったです。

「T氏に恨みとかある?」と聞かれましたが、「まったくない」というのが正直なところです。今となっては、T氏にあたったのが一年目でよかったとさえ思います。もしも、15年目くらいに当たっていれば、辞めるに辞められず、そのまま身体をこわしたと思います(もっとも15年目になってれば、それだけ図太くなっていたとも思いますが)。会社という組織の不条理さを1年目で体験でき、紆余曲折はありましたが、その結果、今があるわけです。もしも、T氏に巡り会えず辞めてなければ、今もなかったわけです。そして、今ほどシアワセではなかったと思います。

仕事面ではキツかったですが、こうやって再会できる同期がいるというのは、これもシアワセなことです。懐かしい顔を見ただけで20年前にタイムスリップさせてくれました。

今、就活中の人に、たった1年で辞めてしまった人間から言えることがあるとしたら、以下のようなコトです。例え、意中の企業でなくても、新卒時に就職する意味は、日本ではまだまだ大きいです。だから、とにかく就職してしまうことです。入ってから学べるコトがたくさんあります。入ってから知る世界の大きさは、学生時代とは格段の差があります。ザンネンながら、それはその時しか学べません。その新卒時就職を逃すと、一生身に付けるチャンスはないと思って下さい。そして、同期というかけがえのない繋がりを手に入れて下さい。同期の中にもすでに昇進格差はできていますが「それがなにか?」というところが同期の間にはあります(ローランドだけかもしれませんが)。不幸にして、苦労して就職した職場を短期間に離れるコトがあったとしても、こうやって再会できるのは、新卒だったからだと思います。

帰れるところがある。こんなにウレシいことないのです。
14:55  |  日々の出来事  |  Comment(0)

こんな時代もあった

2012.04.26 (Thu)

今年度最初の授業参観に行ってきました。時間を勘違いしていて、エラく早い時間に小学校に着いてしまったので、教室の本棚にあった本をいろいろ眺めていました。

その中の一冊。灰谷健次郎の『せんせいけらいになれ』。
前半部分にある「せんせいけらいになれ」の詩をみてビックリ。
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土着の人間という意味での「土人」もありますが、この場合は、=家来という使われ方です。土着の人は家来になる。家来になるのは土着の人。なんという帝国主義的感覚!スゴいですね。

くぼたしんぺい君の作品となっていますが、これを取り上げコメントするのは灰谷健次郎。日本にもこんな時代があったんですね。

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いつの作品かと巻末を確認すると、1977年の愛蔵版初版。1984年6月48刷という本でした。かの国の人権抑圧を指摘し是正させるという役割も大切ですが、少し前まで、日本でもこういう環境だったんです。あんまりエラそうなことは言えません。でも、自省を込めてメッセージを伝えるということもできますね。
18:24  |  日々の出来事  |  Comment(0)

「結婚相手に求める条件」を突き詰めてみる

2012.04.25 (Wed)

今日の講義は、少子化と結婚についてでした。
日本では、諸外国に比べて婚外子の割合が極端に低いので、結婚と生まれてくる子どもの数とは密接にリンクします。というわけで、今日はとくに結婚について講義しました。

平均初婚年齢や生涯未婚率(現在、男性の5人に1人は生涯未婚)や出逢いと交際期間、見合い結婚から恋愛結婚へなどの説明をしましたが、学生の興味をひいたのは最後に話した「結婚相手に求める条件」についてでした。

多種多様な条件が出てくるかと思いきや、意外とボンヤリ漠然とした条件でした。もっとも19歳や20歳の学生には、結婚はまだまだ遙か先のライフイベントであり、せいぜい現在進行中の男女交際でイッパイイッパイなのかもしれません。僕もその年の頃は、ボンヤリと「笑顔のかわいい人」みたいなことを考えていた気がします。

「性格」という条件は、もっと具体的にどういう面なのかまで突き詰められると、相手も見えてくると思うんです。我慢強い、よく笑う、いつも快活、安定している、落ち着いている、ハッキリしている、裏表がない、丁寧、正義感が強い、ぶれない、柔軟、慎重、行動力がある...相手の条件として「性格を重視する」というのではなく、「○○な性格を重視する」になると絞れておもしろいと思います。

「結婚相手に求める条件」とは、つまるところ自分自身を見つめることです。自分がどんな相手を求めているのか?は、たくさん出遭って、たくさん経験を積んで、たくさんやり直すしか見えてこない面もあります。最初は、「カッコイイ人」「美人」という条件でもイイと思います。いろいろ経験しているうちに、少しずつ修正され「顔なんてどっちでもイイ」になるか「やっぱり最後は顔」になるかが定まるのでしょう。経験を積むためにも、失敗を恐れないことが大切ですね。

ちょっと残念な条件もありました。年齢、出身地、見た目や身長を含めた身体的特徴、親に関することなど、その人の努力だけではどうにもならない条件についてです。その条件を自分に置き換えた時、おそらく自分もどうにもならない悪条件を、一つや二つは抱えているはずですから。

誰しもコンプレックスを抱えて生きています。自分ではコンプレックスと感じてなくても、世間は勝手に「欠点」としてしまっていることもあります。例えば、僕なら158cmという身長。でも、ある時から、逆に身長のことを気にするような相手は選ばなくてイイということに気が付きました。いろんなコンプレックスや欠点は、相手を見極めるバロメーターになります。相手に求める条件で、逆にふるいに掛けられていることもあるわけです。


...と、ここまで講義時間内に話したかったのですが、時間がなくて十分触れられませんでした。今日は時間配分を間違ってしまいました。
22:34  |  仕事ネタなど  |  Comment(0)

最初の調理実習はお茶!

2012.04.24 (Tue)

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今日が初めての調理実習だった小5の加奈子。
今日の授業は「お茶」だったそうな。

「お茶どうだった?」と聞くと、
「みんな苦ぁ~ってゆ~てた。加奈子はどうもなかったけどな」
「煎茶やったんかな?」
「でも、最初は苦かったんやけど、あとで甘~い味がフワッときたよ」
「あれ?それって玉露とちゃうの?」
「あ、先生もそう言ってたわ。『奮発した』って言ってたわ」

初めての調理実習のお茶で玉露を奮発した先生。5年生には、その味のわかる人もあんまりいなかったんじゃ?と。でも、その気合いの入り方に、次世代の家事能力への必要性を訴えるものは伝わってきます。

次は、サラダだそうです。
20:21  |  家事・子育て  |  Comment(0)

もともと歩行者に厳しい日本社会

2012.04.24 (Tue)

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京都市内の祇園で自動車暴走事故から一週間。昨日は、京都市の隣の亀岡市で登校中の児童の列に自動車が突っ込んで大惨事。

今朝、「いってきま~す」と出掛ける加奈子を見送りながら、「もしも、この後、事故にでも遭って永遠に帰ってこないとしたら...」と思うと、本当に切ないです。ご遺族はやりきれないと思います。


先月末、ハワイに行って改めて思ったんですが、アメリカは確かに自動車社会ですが、決して自動車最優先社会ではないのだと感じました。横断歩道などで、日本なら自動車が先に行ってしまうような場面でも、運転手が「どうぞどうぞ」と合図してくれたり、親指と小指を立てて振る「シャカサイン」をしてくれたり。ボストンでも、僕のあんまり印象のよくないフロリダでも、目の前に歩行者がいるところでビュンと素通りされた印象は、あんまりないです。北欧では完全に歩行者優先でした。譲らないと罰則という国もあったと記憶してます。

一方、圧倒的な自動車優先社会は、中国。約12年前、北京へ旅行した時に、友人の中国人留学生にこう言われました。「中国では勇気ある者だけが横断歩道を渡れる」と。本当に自動車が道路を縦横無尽に走っていて、歩行者や自転車やリアカーや牛車を押し出しながら走っている印象でした。21年前の韓国でも同じように感じました(今は違うのかもしれませんが)。

日本もどちらかというと、中国のような道路優先事情で、けっして歩行者に優しい環境ではないと思います(中国ほどひどくはないですが)。狭い道路に歩行者がいても、速度を落としたりするのがマナーではなく、むしろイライラした顔で、クラクションを鳴らしながら通っている場面によく遭遇します。歩道橋などという建造物は、自動車優先社会の象徴で、おそらく欧米では存在しない物では?思います。僕も見た記憶がありません。


亀岡での事故現場も祇園の事故現場も、決して広い道路ではありませんでした。道路での制限速度がタテマエの速度である日本では、速度規制に有効性はありません。従って、強制的に減速させるシステムを作る必要があります。例えば、通学路指定の道路には、欧米でよく見かけるバンプを作ってはどうかと思います。

実際、我が家の近所では踏切内に線路のカーブがあるので、線路のカント(傾き)がバンプの働きをしています。そこを高速度で走り抜けようものなら、車体の床を道路でこすってしまいます。前バンパーが削られる場合もあります。ドライバーは減速せざるを得ないわけです。

ただ、バンプにも問題がないわけではありません。緊急車両もバンプの影響を受けます。出前の車が通れば盛り付けが崩れることもあるでしょう。ピザの配達もちょっと遅れると思います。乗り越える時の乗り心地も決してイイものではなく、乗り物に酔いやすい人には不快でしょう。

社会構成員全員の利便性を確保することは、どんな社会でも不可能です。となると、誰かがどこかで負担を背負わねばなりません。いつも同じ人が負担して、いつも同じ人が思い通りにしているとしたら、それはマズイと思います。チョットずつみんなで負担やガマンしながら、子ども達の安全、歩行者の安全を考えるという方向になれば良いなと思います。この先は間違いなく高齢社会になるし、自動車の比重も(少なくとも都市部では)減っていくはずですし、この機会に優先方向を変えてみては?と思います。


最後に、祇園でも亀岡でも同じことが言われている、マスコミ取材の問題です。事故後、マスコミが救急救命センターに殺到し、施設の中に勝手に立ち入ったり、事故関係者などに手当たり次第に取材していて、業務に支障が出ていたと聞きます。まるで取材者が他人の不幸を楽しんでいるようにも捉えられます。自分の家族が巻き込まれていたら...友達の子どもが被災していたら...など、昨日の路上に捨てられた瓶と同じですが、つながりを感じられないから、自分の都合だけで取材したり、他人の気持ちを考えたりできなくなっているのだと思います。「絆」キャンペーンは大いにけっこうですが、マスコミのこういう取材のやり方には、とても「絆」を感じることができません。
12:32  |  日々の出来事  |  Comment(0)

繋がりを感じないからこそできるコト

2012.04.23 (Mon)

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家の前にある電信柱の根本にポンと置かれたオロナミンCの瓶。こういうことが平気でできるのは、地域や人との繋がりを感じないからだと思います。

もしも、これが自分の家の前なら、祖父母の家の前なら、大切な人の家の前なら...こんなことするでしょうか?「知らない」「関係ない」と思えるからできるのでしょう。

ところが、この世は「知らない」「関係ない」と思っていたことが意外と繋がっているモノです。その時に「しまった!」と振り返ることのできる人は、まだ大丈夫ですが、こうやってポンッと置いたり投げ捨てたりできる人は、そういった反省すらありません。それが無いからこういうコトができるという相関構図でもあります。

加奈子は、「ポイ捨てするような人とは絶対に結婚しない」と言ってます。おそらくポイ捨てする人は、家族や友人のみならず、自分自身もポイ捨てしてしまう可能性のある人です。我が娘ながら、イイところに気付いてると思います。もしかしたら、以前、そういう話を僕がしたのかもしれないですけど。

ゴミ捨てとは、人間性の表れる行為です。その人の性分を見たければゴミを処理させてみることです。その地域を調べたければ、ゴミの出し方を見ればわかります。ゴミは奥深い。

朝からムカッとしたので覚え書き的に。
ついでにいうと、家の前を歩きタバコして、その吸い殻をポンポン捨てまくる、不動産チェーン「○都ラ★フ」関係者もエエ加減呆れてます。不動産という地域に根ざした仕事をしながら、その繋がりへの意識の低さにはトホホです。センチュリー21のスタッフが、朝かなり広い範囲まで掃除しているのに比べると大違い。
10:25  |  家事・子育て  |  Comment(0)

東京新聞連載 8回 防水スプレーで簡単に

2012.04.20 (Fri)

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東京新聞誌上で月一回連載の8回目です。
ネクタイの手入れや傘の汚れ防止について書いてます。

そのまま読める拡大画像は、こちらです。

汚れないようにすれば、
洗わなくていい!
洗わなくていいからアイロンしなくていい!
という予防家事の視点です。

掲載されたのは4月4日なのに、こんなに遅くなってしまいました。
もうすぐ(5月2日)9回の掲載があります。
原稿はすでにできていて、あとはイラスト待ち。
今回のイラストも1枚で内容が全部語られててイイです。

毎回、カラーと白黒のイラストが用意されてて、今回のカラー版もキレイだったのにザンネンながら白黒誌面。
17:52  |  東京新聞連載  |  Comment(0)

ガスコンセントは「外す」ではなく「抜く」

2012.04.20 (Fri)

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この冬活躍したガスファンヒーター。
そろそろ片付けようかと思ったら、
ガスコンセントの外し方がわからない!
セットする時、そのまま押し込むだけだったのもあって、
外す時のことなんて考えてなかった。

取説を見ても、差し込み方法は載っているのに、
外し方は載ってない。

そこでネットを使って調べようと
「ガスコンセント」「外し方」
で検索したら、これまた、それらしき内容が出てこない。

ネットにも情報が無いとなると、こりゃ電話しかない。
というわけで、大阪ガスのサービスセンターへ電話。

すると、
20秒で解決してしもた。
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指で差してるフタの部分を奥にグッと押せば、
ソケットがポンッと抜ける仕組みでした。

で、改めてネットで「ガスコンセント」「抜き方」で調べたら、
ゾロゾロと各ガス会社からの案内があるでないの。

ガスコンセントは、外すものではなく、抜くものだったんです。
13:05  |  家事・子育て  |  Comment(2)

知らない人に付いて行ってはいけません!

2012.04.19 (Thu)

机の上の整理をしていたら
「『知らない人に付いて行ってはいけません!』でいいのか?」
というメモが出てきた。

・この世は知らない人の方が圧倒的に多い
・学校の先生も、ほとんどの子どもにとっては知らない人
・知っている有名人なら付いて行ってもイイのか?
・知らない人は、みんな悪い人か?
・地位や肩書きで、付いて行ってイイ人かどうかがわかるか?
・コミュニケーション(見たり話したり)を通してしか、付いて行ってイイ人かどうかは分からない
・それでも「こんなはずじゃぁ」という結婚や就職はある
・見極める力を養うことこそ「生きる力」教育!
・最初から育てることを放棄していいのか?
・ケータイ禁止!バイクの三ない運動!などと同じ構造では?

などと、走り書きしてました。
いったい自分は「知らない人」への対応をいつ覚えたんだろうか?どうやって覚えたんだろうか?と振り返った時、やっぱり失敗や間違いに気付くことを積み重ねたコトかな?と思う。小さい頃から、少しずつ「知らない人」に助けてもらった経験や、手伝ってもらってウレシかった経験を積み重ねた結果でもあると思う。とにかく経験がないと、なかなか「知らない人」への対応は身に付かない。いい経験だけを選んで与えるコトも難しい。

「今のところ」という前提を付けたうえで「知らない人に付いて行ってはいけません!」くらいなら、まだ言えるかも?

僕は、8歳くらいの時、縁日の帰りに友達とはぐれて、道に迷ってしまい、一人で途方に暮れていたところを、国道沿いのハンコ屋さんのオバチャンに声をかけてもらい、そこに配達かなんかで仕事に来ていた「知らない」オッチャンの車に乗せてもらって帰ったコトがありました。

今から思えば、よく知らない子どもに声かけてくれたと思おうし、よく知らない子を乗せてくれたと思う。お互いに、「まぁ大丈夫やろ」というのが通じる大らかな時代だったのかもしれないなぁ。ヘンな事件や不幸なニュースばかりが流れる影響なのかもなぁ。イイ話は身近にけっこうあるのに。
17:38  |  家事・子育て  |  Comment(0)

70'sライフ

2012.04.18 (Wed)

撮りためていたテレビ番組を少しずつ見てます。
その中の
地球ドラマチック」の「バック・トゥー・ザ70'sライフ~ハイテク創成期を体験~」
を、遅い昼ご飯を食べながらチェック。

イギリスの70年代がモデルだけど、僕の育った家では80年代の出来事だったかな?ハイテクとは無縁の生活だったから、今でも未体験の機器が多かった。レコードプレイヤーも無くてカセットからCDを経由して一気にMP3に飛んだ。現代の中国の田舎じゃ、牛車に乗ったオッチャンが携帯電話で「ウェイウェイ」と言ってるあの感じかな。

僕は一人暮らしするまで冷凍庫を使ったことがなかったし、全自動洗濯機もなかった。テレビゲームは当然一台もなかったな(ゲームウォッチもなかったし、アタリやMSXなんてものも当然)。部屋が寒かったのは、僕もそうだったなぁ。

番組の中では、冷凍庫の登場が生活様式を大きく変化させたと位置づけていた(ように思う)。あれが登場して、女性は働きに出ることができるようになった!という流れだった。女性が働きに出るようになって、業務用だった冷凍庫が家庭向けになったとのかもしれないけど、とにかく時代は同期したわけですね。冷凍食品も登場したし。

70年代のイギリスではストライキが多くて、とくに炭鉱労働者のストによって、停電が頻発したとありました。さすがに、現代の日本で「発電労働者をそんなにボロカスに言うのなら、ストするぞ!」とか言ってストして停電になったらタイヘンだろうな。

家事を見直すという点において、Back to the 70's lifeというのは、とてもイイと思う。時間もかかる、手間もかかる、体力も必要!それでも続けることができたのはなぜだろう?もちろん他にする人がいなかったという要素も見逃せないけど、なにかが家事をする人を支えたんだと思う。それは、家族の絆とか使命感とか、そんな大袈裟なモンじゃなく、もっと日常的にそれと接することができたモノだと思う。きっと、それは家事のシンドサ克服や楽しさの発見に気づける大切な要素なんだと思う。
15:30  |  日々の出来事  |  Comment(0)

不思議な勘

2012.04.17 (Tue)

昨日の朝、ボチボチの天気だったのに午後から急に激しい雨と雷。

ちょうど加奈子の下校時間だったので
「あ~あ、ザブ濡れで帰ってくるんやろナァ」
と思っていたら、傘を差して帰ってきたではないの。
「あれ?学校に置き傘してた?」
「いや、朝、家出てからしばらくして、なんとなく雲行きが悪かったから、軒先の傘を持っていってたんやわ」

見事に雨予報を的中させた加奈子。
今朝も「ん~」と空を見上げて、
「やっぱり持って行く」
と傘を持って登校。

今日は、太平洋側で激しい雨や雷という天気だったようですが、京都は天気が上々でした。
「エエ天気やったなぁ」
「雨予報はずれたわ」
「傘は?」
「あ!学校に忘れてきた!」

あれまぁ。ですわ。

かくいう僕も先週、看護学校の講義に傘を持っていき、どうやら置き傘にしてしまったようです。明日は、授業の帰りに忘れず持って帰らねば...天気イイらしいけど。
20:19  |  家事・子育て  |  Comment(0)

笑顔したらアカンのですか?

2012.04.13 (Fri)

いろんな場所でいろんな人と会います。
たいていの人は、老若男女を問わず、
知ってる人見知らぬ人に関わらず、
笑顔で接すると笑顔で返してくれます。
(笑顔の少ない国はありましたが)

ハワイ滞在中に、加奈子が
「パパにはみんな笑顔で返すね」
と言ってたので、
「それはコッチも笑顔やからやで」
と答えました。

ところが、コッチが笑顔でも決して笑顔で返さない人もいるし、
毎回「おはようございます」「こんにちは」と挨拶しても、
反応が無く無視する人がいます。

心の病気の人もいると思うので、一概にダメ出しはできませんが…
という断りを入れつつも、
感じ悪いです。

そういえば、中学生時代だったか、授業中に糊を隣の席の子に借りて
「サンキュ」
とちょっと笑顔で返したら
「なに笑ってるんや!」
と怒鳴った教師がいました。
この人は、ものを借りてもブスッと返すんでしょうか?

笑顔は不謹慎
見ず知らずの人に笑顔なんてするもんじゃない
笑顔なんて真剣じゃない証拠
というような価値観の人もいるのかもしれません。

でも、感じ悪いです。
ブスッとしてて気持ちいいんでしょうか?


ズッと以前、カール・ルイス(彼は今どうしてるんだろう)はゴール直前で笑顔になるというテレビ番組を見ました。なぜ笑顔かというと、歯を食いしばるよりも笑顔の方が、タイムも伸びると伝えていた記憶があります。

英語圏の人は、日本的には「頑張れ!」というシーンで、よく"Relax!""Take it easy!"と言ってます。きっと、その方が結果的には力を発揮しやすいからでしょう。頑張ってるプロセスじゃなくて、結果を求めるとなると、やっぱり歯を食いしばったり苦み走った顔よりも笑顔の方がイイのでしょう。

感じも悪いし、結果もベストじゃないとすると、エエところ無しですね。
10:15  |  日々の出来事  |  Comment(2)

伏見桃山城と北堀公園の桜

2012.04.12 (Thu)


今朝、いつものようにランニングに出掛けたところ、あまりに桜が見事だったので、全力ダッシュで家にカメラを取りに帰り、再び伏見桃山城と北堀公園に戻ったのでした。

ランニングの時には、いつも通りの人数くらいしか見かけなかったコースは、撮り終わる11時半頃には、大勢の人が花見に来ていて、お弁当を食べたり、高齢者施設からの皆さんとおぼしき人達が輪になって歌を歌ったりしてました。大勢の人が…とはいえ、有名な桜の名所のような混雑はなく、ノホホ~ンとした雰囲気でした。

明日の午後から雨模様のようです。この満開の桜も、明日が最期になるかもしれません。

昼間っから「桜や!」とカメラ持って走って撮りに行けるなんて、ホンマにエエ身分やと思います。こんなに好きなことばっかりさせてもろてて、エエんでしょうか?(^^;
19:57  |  動画  |  Comment(0)

ハワイで食す

2012.04.07 (Sat)

アメリカっちゅーたらやっぱりハンバーガーやろ!
というコトで、まずは滞在中に食したハンバーガーから。
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International Market -Waikikiの2階にある「Tree House Cafe」のBig Kahuna Burger $11.95。ハンバーグの表面がカリッとして中がシットリという関西系食感。加奈子はここのパティが好みだそうです。

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カイルア「Buzz's Original Steakhouse」のBUZZ'S BURGER DELUXE $9.95(スープかポテト付き)。ここのはパティの厚さがしっかり。

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Teddy's Biger BurgersのBIGのコンボ(ジュースとポテト付き)$9.08。食べた中では一番パティがジューシーな感じでした。オプションのチーズを追加しました。

アサイボール(AÇAI Bowl)もいろいろ食べてみました。
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いろいろ食べた中でベストはJewel or Juiceのアサイボールでした。Kailuaの店に行ったのですが、中国系の店主がナイスガイでした。

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Waikiki Shopping Plazar地下1階のOrganic Cafeのアサイボールが2番目でした。$6.95

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アサイついでにこんな飲み物も買ってみました。味はボチボチ。
食べ物の記事の中で、こんなのを書くのはどうかと思いますが…
毎日のアサイ摂取のおかげか、ハワイ滞在中は下痢もせず便秘もせず快腸!でした。

さて、アメリカと言えば牛肉やろ!というコトで次はステーキ。
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The Cheesecake Factoryで格付けされたアンガス牛のステーキ食べました。確かに柔らかくて、アメリカ牛肉のイメージを払拭することができました。

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こちらは、BUZZ'sで加奈子が食べたステーキ。加奈子曰く「ハワイで食べたものの中で一番美味しかった」。

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滞在中、何度も飲んだマイタイ。ブルーハワイやチチと並ぶ、ハワイの定番カクテルですね。飲みやすいのでクイクイ飲めてしまい、あとでガツーンと来ます。若い頃に、いろいろ経験してましたので、今回はユックリと飲ませてもらいました。

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ハレイワのCOFFEE GALLERYのホットコーヒー。「Small」で注文したんですが、出てきたのは日本の「M」サイズに近いカップ。そこにナミナミとコーヒーが注がれてました。ここのコーヒーはアメリカンじゃありませんでした。

今回の旅で驚いたのは、「アイスコーヒー」なるモノが、普通に売られていたことでした。以前は「アイスコーヒーなんてモノを飲むのは日本人だけ」と言われてましたが、今やスタンダードになりつつあるようです。ハワイは日本人も多いからかな?とも思ったのですが、アメリカ人も普通にアイスコーヒーを頼んでました。

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ハレイワの南の端にある屋台村みたいなところにあるGiovanni's Shrimp Truck, Haleiwa。これはマツモト・シェーブアイスを駐車場で食べてる時に、隣の車で食べてた家族が教えてくれたシュリンプ屋さん。「いろんなシュリンプトラックが集まってるけど、GIOVANNIが一押し」と教えてくれたので行ってみることに。

基本はガーリック味のようですが、僕はニンニクが苦手なので、レモン&バターを頼みました(手前)。奥はガーリック味のシュリンプスカンピ。味は海老の味も活きててヨカッタです。ただし、食べてる最中も、ハエがブンブン飛びまくり。こんな経験はオーストラリア以来でした。このとき、役に立ったのが、ハレイワの公民館で飛び入りした参加して加奈子が作った、釣り竿の先に魚を付けたオモチャ(葉っぱを編み込んで作った民芸品)。これをフランフランさせると、ハエが一瞬寄ってこなくなるのでした。

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パンケーキは、Eggs 'n Thingsが有名ですが、今回は、朝ご飯にアサイボールを食べようと入ったWaikiki Shopping Plazar地下1階にあった「AQUA CAFE」でパンケーキを見かけたのでそれが朝ご飯になってしまいました。味はまあまあでしたが、しかしなんといっても量が多すぎ!加奈子が一人で果敢に挑戦したんですが、やっぱり2/3でギブアップ。残りは僕が食べることに。

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ハワイ最初の夜は、インターナショナル・マーケット・プレイスにあるヤミー・コリアン・バーベキューのプレートでした。これでもか!と盛り上げられた肉&野菜ON The Riceでした。その後、何度かインターナショナル・マーケット・プレイスに行きましたが、ここのガヤガヤしたアンダーグラウンドっぽい雰囲気が加奈子は馴染めず、しまいにはここに来るだけで食欲がなくなるという具合に。
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こんな感じで生気を失った顔してました。

この画像は、旅行5日目の夜で、そろそろ旅の疲れと、5日も朝から晩までズッと一緒に父娘が過ごすストレスとで、僕も加奈子もイライラが限界に来ていました。久しぶりに朝から晩までベッタリ一緒でしたから。

帰国後、昼間は加奈子一人で買い物に出掛けたりしてましたが、夜は寂しくなるのか、僕が2階へ上がろうとすると「え?上がるん?そしたら加奈子寝に上がるわ」と言ったり、昨日は、僕が1階で2階に寝にあがる加奈子を「おやすみぃ」と見送ろうとすると「パパも来てよ~」と言ったり。娘心はよ~わからんです。

いろいろたくさん食べた結果、体重は帰国前よりもキッチリ1kg増量してました。ジョギングもしたりしてても、あれだけ食べればそりゃ太ります。でも、よく1kgで収まったと思います。今のところ、前後500gの誤差を含みながら、平均1kg増量のままです。
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ハワイで滞在したホテル

2012.04.07 (Sat)

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今回、滞在中に宿泊したのはWaikiki Sand Villaというホテルでした。「寝るだけ」のホテルなので宿泊場所にはなるべくお金をかけない方向でいきました。

部屋はちょっと古い感じがありましたが、「旅行と言えばバッパ(バックパッカーズ)」だった僕にとっては、十分すぎるくらい十分な内容でした。ちゃんとシャワーからお湯は出るし、冷蔵庫はうるさくないし、エアコンも効くし、風通しはいいし、ルームメイクはチャンとしてくれるし、ベルもフロントの人も(チップはずめば)愛想いいし。

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一番安いタイプの部屋を予約したのに、なぜか上の方の見晴らしのいい部屋だったし、シャワートイレが入っていてビックリ。ついにアメリカにもシャワートイレが入ったか!と驚きました。壁が薄いのか、隣の部屋の時差ボケの子どもが夜中に元気になってしもてるのが聞こえたましたが、それ以外はさして問題があるホテルではありませんでした。

客は日本人が圧倒的多数派。欧米人もボチボチ。そして日によって中国人パックツアー客がドドッと。ある日、僕がエレベーターに乗ってロビーに降りていると、途中からベルボーイと中国人客が乗ってきました。そして途中で中国人客が降りた後で、ベルボーイが「チャーニーズ(やれやれ)」とポソッと言いました。

確かに、中国人客の態度は全般に、あまり良好と言えるモノではありませんでした。おそらくあのベルボーイへのチップも払わなかったのだと思います。でも、あの姿は数十年前の日本人でもあります。過渡期にはそういう人達もいますし、日本人客にも今でもああいう人はいると思います。逆に中国人客の中にもチャンとわきまえている人もいると思います。欧米人の中にも、ビーチという公共の場で、平気でビールを飲んだりタバコを吸ってる田舎モノもいました。

人の観察という点で言うと、高級ホテルよりも、こういうエコノミークラスのホテルの方が、多様性に溢れていてオモシロいと思います。でも、それは僕や和子さんの楽しみであって、加奈子はちょっと違うようです。

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旅の途中、和子さんの仕事仲間が泊まっていたHilton Hawaiian Village® Waikiki Beach Resortへ行った時のこと、
「これぞリゾートやね」
と加奈子は言いました。

まぁその感覚は、理解できないことはありません。楽でゴージャスなのは、間違いなくヒルトンの方です。ただ、一度ヒルトン村に入ってしまうと、外に出るのが難しくなってしまうんです。圧倒的に楽ですし何でもそろってますから。

ヒルトンと言えば「ヒルトン・グランド・バケーション・クラブ」のセールスがものすごく、渡航前の京都でもあったし,ワイキキのいたる所で「いかがですか?」と声かけられまくりました。あまりの熱心さに、やや辟易しながら「ま~た昼豚(ひるとん)やわ」と家族でつぶやいたりしたものでした(^^;
17:42  |  旅行  |  Comment(0)

「足を知る」世代なのかも

2012.04.07 (Sat)

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ディナークルーズに行く前の画像で加奈子が着ているムームーですが、これは「せっかくディナークルーズに行くんだから」と直前に加奈子に買ったものです。

しかし、ここで僕と和子さんは、加奈子とは次元の違う物質への欲について考えさせられたのでした。僕も和子さんも、親に「買って」とねだっても、そうそう買ってもらえるような環境では育ってません。常に「欲しいなぁ」「買ってもらえたらなぁ」というモノがたくさんありました。だから「買ってあげる」と言われると「ほいほい」と付いて行ってしまいます。「現品限り」「今だけタイムセール」「期間限定」とあれば「もう二度と手に入らないかも」という気持ちから、心がグラグラになってしまいます。つい「なくなったら困るから」「予備がないと不安」と思って余分に買ってしまうこともあります。

でも、加奈子は違います。生まれた時から十分すぎるモノがあります。欲しいモノはたいてい買ってもらってます。それどころか「欲しい」と言わないのにそろってるコトが多々あります。

そして、モノに満ち足りている子どもは、必要なモノだけを欲しがり、余計なモノを欲しがらないのです(中には例外もいますが)。

「ムームー買ってあげるから着て乗ろうよ」
「でも、ここ以外で着る機会ないよ」
「日本に帰っても風呂上がりとか着るヤン」
「加奈子、このシャツでいいし」
「キレイなムームーなのに」
「キレイやと思うけど、いらんわぁ」
「店の人も値引きしてくれるって言ってるやん」
「安くしてもらっても要らんもんは要らんし」
という感じでした。

「足を知る」という言葉がありますが、これは権利や財力を持たない者が諦める時、あるいは持つ者が持たぬ者に諦めさす時に使う言葉のような印象が僕にはあります(タテマエは違うと思いますが、ホンネはそのように感じます)。「分不相応」「足を知れ」と僕は子どもの頃よく言われました。でも、これは誤用だと感じました。加奈子を見ていると、「あ~これがホンマの『足を知ってる』コトなんやな」と思います。

「欲しい欲しい」と思うのは、欠乏と向き合っているからで、満ち足りていれば余分なモノに対して「欲しい」という感覚は生まれにくいのだと、加奈子をみて思います。おそらく加奈子の世代は、今の満ち足りている状態からの引き算センスが問われる世代になっているのだと思います。本当に大切だと思うことやモノを大事にして、他のモノはもたないようにする感覚だと思います。僕たちの「とにかく持っていれば安心」「新しい物には価値がある」「もっとイイ物があるはず」という感覚の足し算センスは、欠乏の反動であったり欠乏状態への不安への表れではないか?と思えました。

ちょっと弁解すれば、親世代は、戦後の絶対的欠乏の時代から高度経済成長期を経て、物質的繁栄に暮らしを併せてきたわけで、それはそれで、戦争もないし飢餓の心配もないという、満たされた感のあった世代だと思います。「足を知れ」はそういう背景から出ていたのでは?と思います。

ところが、僕や和子さんは、周囲のモノがどんどん増えて新しくなっていく時代だったのもあって、親世代とは別次元の欠乏感や満たされない気持ちと常に向き合っていた感があります。「あれも欲しい」「これも欲しい」「もっともっと」ではない境地への憧れはあれども、そこへは根本的に行き着けない「足りなさ」を持ち続けています。

次の世代の加奈子は、もう有り余る物質と、忙しすぎる時間に迫られた世代だと思います。「有るのが当たり前」だと「欲しい」という感覚は目覚めにくいと思います。ホンマの「足を知る」世代なのだと、昭和20世紀人である僕と和子さんとは痛感したのでした。

そんな僕たちも、DESギャラリアに立ち寄っても、もはや欲しいモノなどありませんでした。たいていのモノは持ってるし、むしろそれ以上のモノも持っているからです。それよりも、体験に金を使う方に価値観が移行しているのを感じました。そういう意味では、いろんなことを経験できた今回のハワイ旅行は、大満足でした。
17:05  |  家事・子育て  |  Comment(3)

ハワイ旅行(挑戦編)

2012.04.07 (Sat)

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3月28日から4月4日までハワイへ旅行しました。ズッと以前の僕は、ハワイがあまりにも定番化されすぎている印象をもっていました。でも、世界のあっちこっちへ旅行しているような人が「やっぱりハワイが一番」という話をしているのを聞いて、「機会があれば一度は行かねば」と思ってました。そこへ、和子さんの仕事の都合ができたので、便乗!となったわけです。

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パックツアーではなく、自分たちで飛行機やホテルを予約して行く旅行なので、ある程度の課題をもって行かないと、ズルズル時間だけが過ぎていってしまいます。行く前に「これはしたい!」と優先順位をつけてきめました。

その1がサーフィン体験。
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父娘で実現しました。僕はボディーボードの経験はあったのですが、サーフィンをそれもハワイで体験が「できたらエエなぁ」と思ってました。ガイド本で日本語のできるインストラクターによる体験もあると知ってたのですが、まずは様子見とワイキキのビーチに行ってみたら、いきなり「サーフィンどうですか?」と声をかけられ、そのままグループレッスンを受けることになりました。僕と加奈子の他に、高校生と小学1年生くらいのアメリカン女子の4人一組での体験レッスンになりました。

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先生は、この沖縄出身日系3世のOKUさん。砂の上で乗り方や体重移動のコツをひととおり習って海へ。ボディーボードもそうなんですが、きっと波乗りで一番難しいのは、波のスピードにボードのスピードを合わせることだと思うんです。今回は、先生がエエ感じのスピードで押し出してくれるので楽チンでした。僕も加奈子も簡単に乗れてしまいました。でも、波に乗って押されてる感覚がタマラン!かったです。僕が波に乗ったのは、グァムの造波プールでのボディーボード以来だから、実に8年振り!「とりあえず乗った!」だけでしたが、まずはミッション達成。

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次のミッションはウクレレ体験。これは最終日になりましたが実現できました。ギターを弾く僕にとってウクレレはサーフィンよりはずっとハードルが低いですが、加奈子にウクレレをやらせてみるというのが、今回の大きな課題でした。音楽が今ひとつ得意でない加奈子。ギターもあるけどイマイチ上手く弾けないので、ウクレレならどうかと思ってやらせてみました。

ウクレレぷあぷあ」の無料体験レッスンへ。「サマーウォーズ」にも出てきたウクレレでの「HappyBirthday」と「You are my Sunshine」の2曲を演奏。加奈子の演奏もまずまずでした。

僕一人の課題に、ダイヤモンドヘッドをジョギングで回ってくることも決めていました。これは4月1日の朝に実行しました。ホテルを出てカピオラニ公園を通っていると、Honolulu Marathon Clinicの練習ランニングと一緒になり、"Let's join us!"と誘われ、メンバーの皆さんと一緒に、ホノルルマラソンの一番の高低差区域であるダイヤモンドヘッド周回部分をクルッと走ることができました。後で調べてみたらホテルからダイヤモンドヘッドを周回して帰ってくる距離は、9.2kmで普段5~10km走っている僕には平凡な距離でした。でも、コースはキレイだし、一緒に走る人もいて、楽しい経験でした。で、次のホノルルマラソンの日程を調てみたのですが、2012年は12月9日(日)のようで、その日は長崎県での講演が入りそうで、日程が仮押さえになってます。その日は奈良マラソンの日とも重なってます。ザンネン。

僕が朝、ダイヤモンドヘッドの周りを回って帰ってきた後、今度は家族3人で、ダイヤモンドヘッドへ登りました。「疲れた」「メンドウくさい」「山よりも海に行きたかった」とグチり続ける加奈子に付き合いながらだったので、むしろこっちの方がキツかったです。
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レンタカーを借りてノースショアへ和子さん運転でドライブしました。
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借りた車はDodgeのCaliber。正直、Dodgeという自動車ブランドを知らず、「これはどこの国の車?」と思いながら最後まで走りました。低速ギアがものすごく引っ張る感じで、低速でちょっとアクセルを離すとガックンガックンする感じでした。

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ワイキキ市内は、京都のように一方通行が多くて初めてのドライブはタイヘン。オマケに左ハンドル車。慣れないことばっかりでタイヘンと思いきや、今は便利な道具があります。オプションでカーナビも借りたので、目的地を入力すると、一方通行の道路も考慮してくれ、その通りに走らせるとまったく問題なくたどり着くことができました。

オマケに観光案内も収録されているので、通過地点の名所や目的地の予備知識も入れるコトができました。このナビのお陰で、ワイナマロが元横綱曙の出身地であり、曙の像も見付けることができました。
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ハワイのフリーウェイは無料でした(無料じゃない州もあるらしいです)。無料なので、何度入っても出てもタダ。実は、ナビを使っていても、レーンの感覚が違うせいか、出るつもりでなくても走っていた車線が、いつの間にか出口専用レーンになっていて出ざるを得なかったり、入るつもりが入れなかったりと、チョットしたミスだらけでした。

でも、出入り自由ということは、一つや二つくらいミスしてもちょっと回ればまたフリーウェイに戻れるんです。これに比べると、日本の高速道路の場合は、一つ出口を間違うと、余分な料金やかなりの大回りが必要だったりして、失敗が許されにくい状況です。その分、出口表示なども神経質です。「失敗してもやりなおせるアメリカ」と「失敗するとやり直しにくい日本」の断片を垣間見たような気がしました。

一日目は、ノースショアへ行きました。
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Matsumoto Shave Iceにも行ってきました。
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そして、このShaveIce(かき氷)を食べてる最中に、隣から聞こえてきたハワイアンに導かれるように、公民館のような場所をのぞいてみると...
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そこでは、退職した学校の先生達が主宰して、地元の文化や工芸品の展示や練習の会をしていました。ハワイの楽器、イプやウリウリなどの演奏体験や、フラダンスの講習、レイ作りなどの体験をすることができました。加奈子がかき氷を食べている間に、僕がフラフラ~と立ち寄ってしまい、帰ってこない僕を見に和子さんと加奈子が入ってきて、3人ともしばらく皆さんに交じって参加させてもらいました。

旅行に行っても、なかなか地元の人と交流するのは難しく、せいぜいお店やホテルでチョット話をするくらいになってしまいます。偶然とは言え、こうやって地元の町の人と、セッティングされた状況ではなく接することができたのは、とっても有り難い経験でした。

ミッションの中に、フラダンス体験を入れようかと思っていたのですが、「これはまぁ無理かな?」と外していたのに、思わぬ形で実現しました。

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和子さんの仕事仲間の計らいで、ディナークルーズ経験もしました。ワイキキ沖から見る夕日やダイヤモンドヘッドを堪能することができました。

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滞在中に一度も雨に降られず、イイ天気に恵まれました。帰りに空港まで乗ったタクシーの運転手が、「先々週は、雨ばっかりで観光客もガッカリだったんだよぉ。君たちはラッキーだったね」と言ってました。

実は渡航前、和子さんと加奈子は風邪をひいてタイヘンでした。でもハワイに着いて2日目くらいにはすっかり治っていました。体調も良く、怪我もせず、楽しいハワイ滞在でした!…と言いたいところですが、チョビッとだけトラブルがありました。それはまた他の機会に。長くなったので、今回はここまで。
16:49  |  旅行  |  Comment(0)

ハワイへ旅行してきました

2012.04.05 (Thu)

3月28日から4月4日まで、ハワイへ旅行してきました。和子さんの仕事に便乗する形で、僕と加奈子も付いて行くことに。和子さんは4回目のハワイらしいですが、僕と加奈子は初めてのハワイ。

1週間の滞在中、和子さんと一緒に過ごすのは3月31日と4月1日の2日間で、あとは朝だけや夜だけ、朝と夜だけ一緒というパターンでした。つまり僕と加奈子は1週間、朝から晩までズッと過ごしました。ホテルはスイートではなくワンルームタイプだったので、ホンマに朝から晩まで顔をつきあわせてました。

夏休み中などで家で加奈子が過ごすことはあっても、たいてい僕は仕事部屋で過ごし加奈子はリビングで過ごしたりしているので、こんなにもズッと一緒というのは、加奈子が保育園に通い始める前以来のことでした。

5日目くらいにイライラのピークが来て、険悪な空気がながれましたが、それも一緒にいればこそのコトです。ギャーギャー言ったところでどうしようもないことだと思えたのは、保育園に通い始める前の育児ストレスの記憶があったからでしょう。

旅行というのは、非日常なことなので、どうしてもストレスがかかるモンです。普段見て見ぬ振りをしていたコトとか、思っていながらもズッとガマンしていたことなどが吹き出るきっかけにもなります。

ハワイの空港を降りてすぐのバス乗り場で「うるさい!黙って付いてくりゃいいんだよ!」と夫に怒鳴っている妻がいたり、帰りの関西国際空港駅で「あんたもぉ~なにやってるん!いっつもいっつもグズグズ!」と息子に怒鳴ってる母もいました。旅は非日常というストレスとの対面ゆえ、その処理の上手下手が露呈してしまいます。

僕はトータルでというよりも、ほぼズッとハワイ旅行は楽しく過ごしました。腰痛もハワイ数日目でスッキリ治りました。帰国後一夜にして再発し、原因が僕の寝床にあることも判明しました。フリーウェイを使って入り口や出口を何度か間違えながら「失敗しても何度でもやり直せるアメリカ社会」という大げさなコトも感じました。モノに満ち足りている子どもは、必要なモノだけを欲しがり余計なモノを欲しがらないというのを目の当たりにしました。それらの詳細については、追々記述していこうと思います。

明日から加奈子は5年生になります。クラス替えがあるので「誰と一緒になるやろ?」「担任はどんな先生やろ?」と期待を膨らませてます。そして、このまだ肌寒い日本の新年度に、日焼けした顔で登校するのも見ものです。
22:24  |  家事・子育て  |  Comment(0)
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