外国人労働者受け入れについて考えた

2001.06.30 (Sat)

今日は、れいのNHKからのアンケートの返答を作りました。長い文章になりますが、僕の現時点での考え方を示せているのではないか?と思うので載せてみます。かなりくたびれました。

日本はいわゆる「単純労働者」の分野にも、外国人労働者を積極的に受け入れるべきだと思うか?

A Yes and No

Yesの根拠には、産業の構造改革が進まなかった場合、という前提があります。つまり、労働力集約型産業を高付加価値創造型産業に転換させるというコトが実現しないという前提です。

ちょっと論理を飛躍させますが、日本は教育体制の予算を削減し続ける以上、高付加価値創造型の人材は期待できません。当面の間の構造改革は期待できないという予測のモトでのYesです。構造改革が進まない→単純労働者は依然として必要→単純労働者市場は相変わらず人手不足→外国人労働者が必要というコトです。

もう一つの可能性である、同一価値労働同一賃金制度がすすむこと(単純にいうと賃金格差の縮小)で、単純労働部門への労働者の流入が期待できますが、これも日本では起こりそうにありません。したがって、この点からも単純労働部門の人手不足は続くでしょう。

このようにみてくると、「積極的に受け入れるべき」にはなりませんね。「受け入れる」を強調するとしたら、Yesですし、「積極的に」を強調するとしたら、Noです。

社会の高齢化にともない介護サービスなどの分野への導入を求める声もあがっている。介護労働分野への外国人の受け入れを行うべきだと思うか?

A 短期的にはYes /長期的にはNo

現在、介護サービスの人員(例えばホームヘルパー要員数)は数値的には満たされているように見えます。しかし、ホームヘルパー資格保有者の中には、現場に出ない人が大勢います。「自分の親の介護のためにホームヘルパー講座に来ている」という人が多いのです。したがってマンパワー不足は、全く解消していないのです。

外国人介護労働者の受け入れについて、期待できる点としては、大家族制度が今も残る国や地域からの流入労働者なら、日本人の若年介護労働者よりも敬老精神はあるかもしれません。実際に、3K的な仕事をやりたがる日本人が少なく、ホームヘルパー講座も既に定員割れしてきているという現状では、外国人介護労働者の受入は緊急に必要でしょう。

しかし長期的にみると、介護労働が、誰とでも置き換え可能であるような「単純労働」と位置づけられるような構造的な問題は否定されるべきです。構造改革はここでも必要ということです。

現在、日本には23万人を超える不法残留・就労者がいる。こうした人たちに対し、すでに安定的に長期滞在しているなど、一定の要因を満たした場合、合法的な滞在資格を付与すべきか?

A  Yes

1.彼らのおかげで、中小零細企業の倒産に歯止めがかかっているのが実態。これまでの日本経済に対する貢献は否定できないから。
2.いかなる場合においても、人権無視の奴隷労働は許されるモノではないから。それが、「不法滞在」ゆえに行われているとしたら、それを回避すべきだから。
3.加えて、消費税という形で税を徴収する以上、彼らにも購買者=タックスペイヤーとして社会サービスを受ける権利をもつ「市民」として扱うべきだから。

日本は国際社会の一員として、「移民」を受け入れるなどさらに外国人に門戸を開いていくべきか?

A Yes

以下は、「移民」を、ある一定の資格を満たした居住希望者という解釈で書きます。
 
受け入れを認める認めないという意志とは別に、受け入れなくてはならない時代だと思います。どんなに受け入れを拒もうとしても、国際交流がこれだけすすんでしまっている以上、流入を前提とした社会をヴィジョンに含めていくべきだと思います。

例えば、旅行で日本に来て、日本人と出逢いそれがきっかけで結婚し、日本で家族として一緒に生活したとします。これも「移民」の一形態でしょう。こう考えると、外国人と結婚するな!とでも強制しない限り、「移民」の受け入れは不可避でしょう。

今の入管法は、タテマエは違法移民は受け入れない、ホンネは見付からないようにすればOK!という二重構造になっています。ひとくくりにして、受け入れるなら受け入れる、受け入れないなら徹底的に受け入れない方針を示すべきでしょう。

受け入れない場合の、違法移民者の取り締まりコストをどう負担するかは、また別の問題でしょう。現状は、「コスト負担できないから、ダブルスタンダードなのだ」というところが見えます。

「日本と外国人労働者」全般についての意見

僕は国際結婚しています。妻は在日韓国人3世です。戦前戦中に彼女のお爺さんお婆さん世代が、海を渡って、日本に移民して来たその子孫です。もとは、短期労働者として移り住んできた人達です。

よく議論にのぼることですが、限定的に短期的暫定的労働者として外国人労働者を受け入れるという政策は、理屈上は可能であっても、実態としては長期的恒常的労働者を受け入れる覚悟をする必要でしょう。そこで結婚をしたり、子どもを生んだりすることもあり得るからです。

また、たとえ短期労働者として滞在させるとしても、短期だからといって外国人労働者の命や健康を軽視するようでは問題です。

いずれにしても、今のままの日本の社会保障制度や医療保障制度のままでは、短期滞留者どころか特別永住権を持つ者に対しても、受入体制が十分とはいえないでしょう。私の受け入れ推進的見解は、すべて「受け入れ体制が十分整備される」という前提を付加したうえでのコトです。
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「ファストフード・ファストウーマン」

2001.06.29 (Fri)

久しぶりに映画を見に行った。「福祉広場」の創刊記念プレゼントのページから、朝日シネマにアクセスし、「久しく映画も見てないし、見癖を付けようかな?」と思って会員登録した。登録時にオマケとして付いてくる二本分のタダ券で、「ファストフード・ファストウーマン(Fast Food FastWomen)」を見に行った。

ストーリーの説明は、朝日シネマのホームページにお任せするとしよう。

久しぶりに見た映画としては、なかなかおもしろく、見癖のきっかけになりそうだった。あらかじめ見ていたストーリーとチョット違っていた。主人公のベラが「バラ色の幸運」をつかむのは、本当に最後の最後。てっきりアメリカン・サクセスストーリーものの、マッチョ色プンプンの映画だと思っていたので、その意外性がおもしろく感じた。メラニー・グリフィス&ハリソン・フォードの"Working Woman"とは、全く違った映画だった。

このストーリーの中で一番おもしろかったのは、高齢者カップルの性のやり取りだった。自分はもう若くないからセックスできない。セックスが不安だから恋愛に自信がもてない。「胸と唇にシリコンを入れようか?」「一度、hookerと試してから…」などと、ウジウジしてしまう初老のカップル。主人公のベラもブルノも、いろんな相手とセックスしまくる。男女の関係とセックスに関するアメリカ(というかだいぶんヨーロッパ的だと思うけど)社会のとらえ方などが垣間見られて、Sexualityに関心のある僕達夫婦には、かなり楽しめた。逆に、一夫一婦制前提のセックスに対する絶対的価値観の持ち主には、チョット楽しめないかもしれない。

この映画は、アメリカ社会に存在するいろんなエスニシティーを理解していると、二倍おもしろいだろうと思った。この手の顔はラテン系、この英語は東欧系独特のモノ、このケチっぷりは…こういった人種や民族性によるキャラクターの設定を理解できると、この映画はもう少しおもしろくなると思った。ハリウッド映画には、こういう民族色は一掃されて、平板な「アメリカ人」という描き方をされる場合が多いが、東海岸系の映画には人種や民族色を隠すことなくストーリーの一部として消化してしまっているようにも思える。

また、この映画のセリフには、戯曲のパロディーやユング心理学者兼ソーシャルワーカー兼ストリッパーというジョーク的キャラクター設定、アダム・スミスやガルブレイスを議論するといった「よきアメリカ」的アメリカをパロディーにするように、解る人には笑えるというエスプリに富んでいるように見えた。

タダ券は、ずいぶんとモトを取ったと言っていいだろう。見終わった後のビールがうまかった。
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平均初婚年齢の疑問

2001.06.28 (Thu)

実は前々から疑問があるのです。少子化の背景といわれる晩婚化についてです。よく夫婦の初婚年齢が取りあげられ、「近年はどんどん晩婚化してきている。晩婚化のために、子どもを出産できる期間がどうしても短くなり、少子化が起こっているのだ」と説明されています。

しかし、根拠となる夫婦の初婚年齢のグラフを見てみると、夫婦とも1930年から1940年にかけて、急激に晩婚化が進んでいることが読みとれるのです。その最高値は、夫の場合は1997年の28.6歳よりもさらに高く29.8歳となっています。

この事実を隠すためかどうか、政府が示すグラフは、1945年~1950年以降の初婚年齢グラフが多いのです。戦前のこの晩婚化と今日の晩婚化には共通する背景が存在するのでしょうか?もしも存在するとしたら、同じ歴史を繰り返しているわけで、その対策に関して何も学習していないということにならないでしょうか?

また、もっと長いスパンで初婚年齢の推移をみた場合、晩婚化の傾向が戦後におこった特筆すべき現象ではなく、ずっと継続的に起こっている傾向と読めるかもしれません。たまたま、戦後の第1次第2次ベビーブーム時期だけが、異常に早婚であって異常に多産だったのかもしれません。

作為的なデータによって、「晩婚化=悪」のような見方を押し付けられているのではないか?という感もあり、ここで書かせて頂きました。どなたか、戦争直前の晩婚化の理由を教えて頂けませんでしょうか?「たぶん、こういう背景なんだと思う」というようなモノでもけっこうです。
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外国人介護労働者をどう考える?

2001.06.27 (Wed)

梅雨時の晴れ間をぬって、区役所に行って来た。要件は和子さんの外国人登録証の受け取りだ。昨年の4月から制度が変わって、登録証の有効期間が5年から7年に延びた。指紋の押捺も必要なくなったし、だいぶんと改善されつつあるようだ。とはいえしかし、未だに外国籍の人が日本で働くということは、いろいろと問題もあるようだ。

先日、かのNHKから、僕のところに「外国人労働者の受入についての討論を行う予定ですが、トピックの一つとして、これから高齢化が進むにつれ外国から介護労働者を受け入れるべきかどうかという問題を取り上げています。」という番組の取材メールが来た。まだ返事を送れていない。

なにしろ複雑な問題だ。簡単に「賛成」「反対」と言いきれる問題ではない。期待できる点としては、大家族制度が今も残る国や地域からの流入労働者なら、日本人の若年介護労働者よりも敬老精神はあるかもしれない。実際に、3K的な仕事をやりたがる日本人労働者が少なく、ホームヘルパー講座も既に定員割れをしているという現状では、外国人労働者の受入は緊急に必要だろう。

しかし、いつまでも介護労働が、誰とでも置き換え可能であるような「単純労働」と位置づけられるような構造的な問題は否定されるべきだろう。

和子さんの祖父母世代は、戦争の時代に、「短期的な労働者」として朝鮮半島からわたってきた人達だ。しかし戦争が終わったあと、生活の拠点が日本にできていたことや本国の荒廃のために、簡単に帰還とはいかなかったのだ。短期的暫定的労働者として外国人労働者を受け入れるということは、理屈上は可能であっても、実態としては長期的恒常的労働者を受け入れる覚悟をする必要があるだろう。たとえ短期労働者として滞在させるとしても、短期だからといって外国人労働者の命や健康を軽視するようでは問題だ。いずれにしても、今のままの日本の社会保障制度や医療保障制度のままでは、受入体制が十分とはいえない。

外国人登録証の発行と同時に、いろいろと考えてしまった。
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湯たんぽ妊婦

2001.06.26 (Tue)

昨日今日と最高気温が30℃を越え、最低気温も夏休み中のようで、早くも真夏の暑さがやってきたようだ。

女性は妊娠すると、ホルモンの関係で体温が上がるそうだ。妊娠+高温多湿で、和子さんは湯たんぽを抱えたように熱くなっている。夜はエアコンを入れっ放しでないと寝られないそうだ。確か、もともとは冷え性だったはずなのだが、今やすっかり暑がりになってしまっている。

僕はもともとエアコンがそんなに好きではない。エアコンかけっ放しで夜を過ごした翌朝は、身体がダルくボーっとしてしまう。朝起きたときの体調が悪いと、どうしても気分的にスッキリしない。仕方がないので、「今晩からは、夫婦別室でいこうか?」と話していた。

そういう話をしていたところ、今週号の週刊AERAで「ギンギン冷房依存症人間の孤独」という記事がでていた。家庭や職場で、暑がりの人(冷房依存症の人)がエアコンを強力に使いたがるために、周囲の人が迷惑がる。そのために暑がりの人が、孤立していくというモノだった。今のところは、寒く感じる人が厚着をすることで問題を回避するというのが一般的であるようだが、その構図がかえって、暑がる人への嫌悪にもつながっているようだ。

今日は、大阪に仕事で出掛けていた。帰りの阪急電車の中、大声でしゃべっている中年婦人3人組がいた。うるささの感じ方には個人差はあるだろうが、しかし余りにも度が過ぎていた。16時梅田発だったから、おそらくは専業主婦だろう。外出がうれしいのか、えらく興奮してキャンキャンとしゃべっていた。こういう常識のなさが「くたばれ専業主婦」という感情の根拠にもなっているのかもしれない。

暑さ寒さや騒がしさなど、ちょっと周囲に気をつければ、周囲と調和をとれるようなモノなのだが…とくに中高年の度の過ぎるマナーの悪さが気になる、今日この頃。
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予定日一ヶ月前

2001.06.25 (Mon)

今日で、出産予定日まであとちょうど一ヶ月。昨日、「親育ち、子育て日記」が50回目だったから、この計算でいくと、80回目前後で出産ということになる(毎日更新できたらという条件付きだけど)。

その頃は、参院選に向けた選挙運動真っ直中だなぁ。毎日、宣伝カーが候補者の名前を連呼してるんだろうな…「政治を変えなければ!」と言いながら、オールドファッションで変わらない選挙運動をしている自己矛盾立候補者や政党には投票しないでおこう。「市民の平和と安全を!」と大音量で連呼する君たちが、平和を壊しているのだ。

ところで、昨日の都議選の結果にはちょっと驚いた。「小泉Yes、自民党No」という事前の世論調査ではあったが、「自民党No」の票の行き場がなかったのだろうか?まさか、野党は森総理バッシングの流れのままいけると思っていたのではないだろうか?自民党は小泉純一郎を総裁にすることで、なんとなく「変わった」という印象を与えた。ところが、野党の方はその変化に対してなんにも対案を用意できないままだったのではないだろうか?野党の皆さんには多いに反省してもらいたいモノだ。このままでは中曽根政権時の二の舞になる。

さて、今日は晴れということもあって洗濯と家の大掃除。産休に入り、これから二人の時間が長くなる。よ~く考えると、産休に入って夫婦ずっと一緒というのもなかなか珍しいケースだなぁ。ということで、せっかく一緒にいるので「愛の巣」の掃除をすることにした。午前中いっぱいで自分たちの巣の掃除を終えて、「ふ~」と表の風に当たって涼んでいると、軒下に蜂の巣があるではないか!同じ巣でもこりゃちょっと厄介だ。どおりでウチの庭に蜂がよく来るわけだ。古いモノも合わせて4つもあった。

はてさて、どうしたモノか?新しい巣はかなり活発に稼働中だ。幼虫の入っている巣もある。とりあえず保健所に電話してみた。「…な巣が軒下にあるんですけど。駆除ってやってくれるんでしょうか?」「あ~、…な巣ですか。たぶんアシナガバチの巣やと思うんで、できたら自分で駆除してください。夜中に明かりを消してですねぇ…」。ほうほう、自分でやってエエんですな?「あの?なんか刺された時のために、なんか用意した方がエエですか?」「まぁ、アンモニアがエエといわれてますけど、9分9厘夜なら大丈夫ですわ」って、おいおい、大丈夫なんかいな?う~ん心配やなぁ。
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名古屋行き

2001.06.24 (Sun)

予定どおり、今日は名古屋に出かけてきました。和子さんは、ほぼ毎日通勤に使っている新幹線。久しぶりに一緒に乗ったら、えらくノウハウを身につけていはりました。

例えば、6号車の19列DE席、12号車の19列席は、よほど混雑していない限り、常に空席なんだそうだ。だから自由席に座席が無く指定席に座席を移す場合には、この2つを目標に車内を歩くと良いらしい。そこまでの車両で空席が見つかればラッキーだ。

ちなみに、今日は京都駅でチケットを買う時間の余裕がなかった。こういう時は、改札で整理券をもらって、車内で買うこともできるのだ。本当は、ディスカウントチケットを利用しようと思っていたが、雨天続きで買いに行けなかったのだ。割引なしのチケットで乗るのは久しぶりだが、日々の通勤路である和子さんにとっては、片道5440円はたいした金額じゃないらしい。慣れとは恐ろしいものだ。

もう一つ情報を。名古屋といえばきしめんだ。新幹線の名古屋駅ホームにも立ち食いきしめん屋がある。この立ち食いは、「東京行きホームの方がうまい」というのが定説らしい。(ここまでは行きの新幹線車中でメモ)

夜は、研究室の助手のみなさまと、軽く(?)スペイン料理屋で一杯。
帰りは、最終の「のぞみ」でした。最後まで、バタバタしました。今日の更新に間に合わないかもしれないと思いつつ、車内で原稿を書いてます。「700系のぞみ」は、静かだし揺れが少ないので、入力しやすい。
 和子さん。今日まで勤務ご苦労さまでした。ゆっくり産休を楽しんで下さい。(ここまでは帰りの新幹線車中でメモ)

京都に着いて感じたこと。なんちゅー湿度の高さやぁぁ!名古屋は涼しかったゾ。(最後は家に着いてからメモ)
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産休に入った

2001.06.23 (Sat)

いよいよ、今日から和子さんが産前休暇に入った。とはいえ、昨日の夜も9時過ぎに京都駅に到着という状態。最後の最後まで、会議やら業務の引継やらで、バタバタしていたそうだ。ちなみに、明日はもう一度名古屋大学に行って、休暇中の業務に必要な荷物をまとめて、京都に送らないといけないらしい。僕も付いて行って、研究室の片付けや掃除を手伝うことになっている。

仕事を休むというコトは、今までの仕事を他の人に変わってもらわないといけなくなる。「明日から休みます。あとのことは知りません。ほな!」という休み方もあるだろうが、それでは復帰したあとの仕事がやりにくくなるだろう。復帰するとはいえ、その時点で子どもがどういう状態かは不確定だ。付きっきりのケアが必要かもしれない。やむなく休暇を延ばさないといけなくなるかもしれない。いろいろと配慮すると、いくら権利とはいえ、気楽に「ほな、休ませてもらいます」とはいかないものだ。

ところで、産休とって育休とって「やっぱり仕事やめます」というのは許されるのだろうか?産後の肥立ちが予想外に悪く、やむなく復帰を断念というケースもあるだろう。しかし例えば母子ともに健康な場合などはどうなんだろうか?
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「自分の家」ってどこ?

2001.06.22 (Fri)

在宅看護や在宅福祉が導入された理由として、よく「多くの人は家で家族に見守られ人生を終えたいと希望している」ということがあげられている。ところが、この在宅介護の現場となるであろう「家」の解釈は、人それぞれだ。

「あなたにとって、家はどこですか?」と聞いた時、多くの下宿生は「親の住む家」と答えるそうだ。「生まれ育った家」「妻と(夫と)で住んでいる家」と答える人、結婚していても「親の住む家」と答える人も意外と多いそうだ。その一方で、「自分が住んでいる家なら一人暮らしでいたとしても、そこが家」と答える人もいる。「その晩、自分が寝るところ」という寅さんのような答えもあるそうだ。

とにかく、人それぞれに「家」の解釈がある。夫婦どうしの間でも、この解釈が異なることはあるだろう。夫婦ゲンカの常套句である「実家に帰らせて頂きます」というのは、まさに実家(実の家)=自分の家という構図だろう。

僕にとっての「家」は、「いま住んでいる家」だ。今付き合いのある友達や知人が近くにいる家だ。親の住む家には、15年前から僕の生活基盤はない。周囲の友達は遠い友達になってしまっている。今の僕の価値観や考え方とは遠く離れた、昔の僕を知る友達だ。突然、僕の両親が一緒に住み始めるというのは、逆に 15年過去から着た人達になってしまうだろう。とくに親と仲が悪いというわけでもないが、日々の付き合いのないもの同士の関係性とは、およそこの程度なものだろう。「老後は息子夫婦に見てもらおう」「ある程度の歳をとったら郷里で親と一緒に住もう」というのは、変化の少ない時代の価値観かもしれない。
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原田選手頑張れ!

2001.06.21 (Thu)

最近、自動車レースをあまり見なくなった。見るのはもっぱらオートバイの世界ロードレース選手権だ。とくに250ccクラスは、日本人ライダーが頑張っている。先日のレース(カタルニアGP)は、1位が加藤大治郎選手、2位が原田哲也選手だった。

このレース後のインタビューでおもしろいシーンを見た。いつもインタビューまでチャンと見ていなかったので知らなかったことだった。

1位の加藤選手は、HONDAのライダーだ。このクラスのレースにきて、まだ2年目。それまで、ずっと日本で活動をしてきたせいか、インタビューは通訳を介してのやり取りだった。ところが、2位の原田選手。彼は、1997年からイタリアのアプリリアのバイクを操っている。その関係でか、英語で聞かれたインタビューに対して、イタリア語で答えていた。「モルト インポルタンテ…アローラ…」という感じだった。彼にとっては第一外国語はイタリア語なのだ!

考えてみれば、ピッツァ(ピザにあらず!)職人を目指す日本人にとっても、第一外国語はイタリア語かもしれない。フラメンコを学んでいる日本人にとっては、スペイン語が第一外国語かもしれない。Bossa Novaを歌うならポルトガル語だろう。英語だけが第一外国語じゃないんだな。ついでにいうと、アメリカだけが外国じゃないんだな。
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浄水器の訪問販売!

2001.06.20 (Wed)

今日、うちにも浄水器の訪問販売業者がやってきた。国民生活センターからさんざん警告が出されている種類の商売だ。売り込み手口は、まったくの「王道」。といっても、さすがに数年前の「水道局から来ました」のパターンではなかった。

まず、アンケートに答えてほしいと若いバイト風が来訪する。「アンケートに回答したらお礼に浄水器を無料でプレゼント」「抽選で浄水器が当たる」などと言われる場合が多い。最初の来訪ではアンケートをとるだけ。後日「浄水器をプレゼントするので来訪したい」と連絡が入った。浄水器の契約をさせられたり、アンケートのお礼に無料でプレゼントされるはずが、別の高額な浄水器を契約させられるというケースもあるらしい。または、浄水器は無料でプレゼントされるが、カートリッジの長期契約をさせられるというモノだ。

しかし、さすがにこれだけチェックされながらもやって来る「今どきの訪問浄水器販売」は手が込んでいる。必ず電話アポがある。しかも「無料の浄水器が当たる!」は、使い捨て型とカートリッジ交換型の二者択一。そのうえで、据え置きタイプの40万円近い浄水器は玄関まで持ってくる。で、なんと置いとくだけ。「無理強いはしませんよ」という姿勢をとにかく全面に出す。あとは、これまでと変わり映えのしない手法だ。コップに水をくんでもらい、その中に試薬を垂らす。「塩素系物質によって、こんなに色が変わりました」「こちらの浄水器を付けると、塩素系物質や発ガン性物質のトリハロメタンも除去できます」と。で、雑誌やら週刊誌、はたまた京大名誉教授の雑誌記事まで登場。

で、「(40万円の浄水器の方)一度飲んでみませんか?」来たか!「いえ、まったく興味ないです」と即答。

どう考えても、うちまでの交通費、プレゼンタイム(約60分滞在)分の時給、サンプル購入費などを考えると、割に合わない。「モト取れへんやろ?」と聞くと、「良い浄水器なので、広めたいという気持ちだけでやってます」と言う。嘘ぉ付けコノヤロ!

あんまりにも可哀想なので、年金とか医療保険の話をしてみた。すると会社勤務(全国16支店という触れ込みながら、帝国データバンクには載っていない)という肩書きだが、国民年金・国民健康保険を払っているという。所得税などは源泉徴収されているらしい(^_^;)\(・_・) オイオイ。名刺はどうみても個人のバブルジェットプリンターで作っていた。株式会社なら経費で作れるだろうが!社員証のようなモノを胸に付けていたが、嘘臭せぇシロモノだった。

はぁぁ、どうみても真っ当な商売じゃないね、ありゃ。今のところ個人的被害はなにもないので、市民生活センターに電話を入れるだけにしておいてあげよう。もう来るんじゃないよ。
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勘違い、思い違い

2001.06.19 (Tue)

彼女が米良美一の「母の唄」という、日本の唱歌や童謡を歌ったCDをもらってきた。

その中に「待ちぼうけ」が収録されていた。僕は、この「待ちぼうけ」を長い間、「町冒険」だと思っていた。野良仕事をするのも冒険の一つだと思っていたのだ。

こういう間違いはまだある。このCDには収録されていないが、「アルプス一万尺 小槍の上で」は「子ヤギの上で」と思っていた。ヤギに乗って登頂し、アルペン踊りもヤギの背中に乗ったまま踊るのだと思っていた。子ヤギに乗ったまましかも踊るのだから、乗っているのは子どもだろうと解釈することで、ある程度のつじつまを合わせていた。

「赤とんぼ」の「負われて見たのは いつの日か」は「追われて見た」と勘違いしていた。鬼ごっこかなにかで、誰かに追いかけられていたのだと思っていた。子どもの頃の記憶を歌ったものだから、「鬼ごっこ」で十分つじつまが合うように思っていたので、間違いに気付くまでにずいぶん長い時間がかかってしまった。

有名なところでは「浦島さん」の「帰ってみれば こはいかに(こりゃまた、どうしたことか?)」を「恐い蟹」と勘違いしていたというモノもある。こういった類の、勘違いや思い違いは、集めてみると非常におもしろいだろう。それと同時に、その人なりのつじつまの合わせ方があり、個性もみえてくるものだろう。
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劣等感から犯行?

2001.06.18 (Mon)

大教大付属池田小学校での事件の容疑者が、「エリート校のインテリの子どもを殺せば、確実に死刑になると思った」と言っていたことを受けて、あるメディアでは「劣等感が鬱積して、犯行に及んだ」という解釈していた。外的に規定された「劣等感」なら、それが積もり積もった時、確かにそのはけ口として、エリートと思われるモノに対して、ある種の暴力を行使することがあるかもしれない。そういう意味では、この解釈は外れてはいないだろう。

しかし、優越感から起こされる暴力もまた、恐ろしいものがありはしないだろうか?アーリア人優越主義、KKK、アパルトヘイトなど、むしろ過度の優越感を根拠に引き起こされる暴力は、目に見える暴力を引き起こすと同時に、目に見えない暴力も行使しているのだ。

人は皆、何らかの劣等感と共に生きている。自分の中の劣等感と少しばかりの自信との折り合いを付けながら、日々の生活を送っている。「俺にはなんの弱さもない」という人間は、その誇示のために「強さ」をアピールしようとし、自分より弱いモノを攻撃する。ブルーハーツの"TrainTrain"という歌の中に「弱い者達が夕暮れ さらに弱い者をたたく」という歌詞がある。これは本質だ。「男は強くないといけないのだ」という社会のジェンダー観が、会社などで凹(へこ)まされた男を、家庭内では暴君に変貌させたりするのだ。

僕は、自分の弱さを自発的に知り、それを受け容れることが、他人への優しさに向かうと信じたい。優しさこそ真の人間の強さであると思いたい。その弱さを受け容れる過程では、誰もが多少の葛藤を生じさせていることだろう。他者から自分の弱さを強制的に受け容れさせられたり、葛藤を乗り切る方法を誤った時、今回のような凄惨な事件が起こるのかもしれない。
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メダカの子どもが生まれた

2001.06.17 (Sun)

僕の家は、今「繁殖ラッシュ」だ。加奈子が生まれる予定なのが一番大きなオメデタだけど、それ以外にもいろんなオメデタが続いている。

その一つ目は、3年前に植えた花だ。これは、ドイツ人の友達がくれた名前もよく分からない花で、毎年チョロッと花を咲かせたかと思うと、虫に食われたり真夏の炎天下にやられたりと、見るも無惨な姿になっていた。ところが、今年は、春先にぐんぐん大きくなり、庭一面に花を咲かせた。ゲルマン魂を見せるこの苗は、倒れても倒れても起き上がり花を咲かせている。

二つ目はシンビジウムが突然咲いたことだ。これは、僕が今の家に引っ越してきた時から、一度も咲いたことのない花だった。いったい何の苗かも分からず、かといって丹精込めたわけでもなく、いい加減に放ったらかしにしていた。それが今年は突然咲いた。もちろん花の写真を見せて、あちこちに聞いた結果、「どうやらシンビジウムらしい」ということになった。花の名前は、違ってるかも…

おまけに今年は、庭に蓮の苗が加わった。素焼きの巨大なお椀に、泥と蓮が入っている。その中でメダカも住んでいる。植えた当初は5匹いたメダカは、アッという間に4匹に減った。猫か鳥にでも食べられたのだろうか?と思っていた矢先、この鉢の中でまずタニシが大繁殖した。そうこうしている間に、今度はプランクトンの大発生?かと思いきや、メダカの子どもが孵っていた。最初8匹いたはずなのだが、雨で増水した時にあふれた水と一緒に流されたのだろうか?それとも親メダカに喰われたのだろうか?今は、5匹になっている。「子メダカは別の容器に移さないとダメ」といわれたが、ノーマライゼイションを考えて、隔離施策はとらないことにした。犠牲は大きいが、その方がたくましいメダカが育つだろう。

このほか、プチトマトも豊作だ。オメデタ続きの我が家だが、銀行に預けたお金だけは…全然繁殖する気配がない。
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「建もの探訪」

2001.06.16 (Sat)

土曜日の午前中は、たいてい夫婦そろってテレビ朝日「渡辺篤史の建もの探訪」をみている。僕達は、建築設計関係に特別な興味があるというわけでもない。差し当たって、家を建てたいという希望があるわけでもない。どちらかというと、「地震の多い国なんだし、一生賃貸の方が気楽かも…」と言っているくらいだ。

じゃあ、なんでこの番組を見続けるのだろう?ふと考えてみた。

この番組にでてくるお宅は、どこも20~30坪、広くてもせいぜい40坪程度だ。大豪邸と違って、決して広くはない空間を、皆それぞれにこだわりを表現したり、工夫したり、家族の団らんを考えたりして建てている。中には、決して趣味がいいといえない建物もあるし、どう見ても生活しにくそうな家もある。しかし、それとて、おおかたは「一生に一回の大買い物」であって、無難な建物にすることも選択肢としてはあったであろうにもかかわらず、敢えてチャレンジした建物なのだろうと思う。

大金持ちではなく、かといって生活に困っている人でもない、いわゆる「普通の人々」の一生に一回の精一杯のこだわりとしてのマイホーム。憧れるとか羨ましいとかではなく、他人のこだわりを見る「ほのぼの」感覚を、どこかで楽しんでいるのかもしれない。

ちなみに、僕は家を持つなら、どこか物件の安い海外に持ちたいと思っている。日本に自分の家を建てるというコトは、今のところ全く頭にない。大借金を背負いながら生きていくマッチョな根性がないからだ。
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ファッションブームは繰り返す

2001.06.15 (Fri)

この前、街中で太ベルトをしている女性を見かけた。注意してよく見ると、意外と太ベルトをしている人がいる。今日、たまたまテレビを見ていたら、「80年代ファッションの復活」のような特集をしていた。

太ベルト…80年代後半を代表するこのファッションアイテムは、ボディコンやジャラジャラのアクセサリー、フレアスカートなどと共に、僕達の大学生時代を飾ったファッションだ。今の10代や20代前半の人達は、当然80年代ファッションはリアルタイムじゃない。たまたま80年代的ファッションが「かわいい」と映るのだろう。

僕が、彼女の住んでいた今の家に引っ越してきた時、まさに80年代ファッション!という服が、カバーを掛けられたままズラーと並んでいた。「これって、また着るの?」「たぶんもう着ない。捨てられなくて残ってるだけ」というあの服も、また日の目を見るときが来るのだろうか?しかし、あの頃と体型が違うということを忘れてはなるまい。ファッションのトレンドは繰り返すが、人間は同じではないのだ。
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近所に激安店出現!

2001.06.14 (Thu)

昨日、ユニクロへシャツを買いに出掛けた帰り、ふ~らふらと自転車でウロウロしていたら、新しいスーパーを発見した。業務用食品現金卸というキャッチコピーが書かれていたので、「お店を経営している人向けの問屋かな?」と思った。

が!チョロッとみえた値札が異常に安い!これは?と思い、自転車を止めて店の中へ。「あのぉ、素人でも買い物できるんでしょうか?」「はぁ?」「飲食店向けの卸屋さんじゃないんですか?」「はい、普通のスーパーです…」。ほう、普通のスーパーですと?この値段が普通のスーパーの値段かぁ?確かに、売ってある商品は、パッケージを簡略化した飲食店向けの加工食品や冷凍食品ばかりだった。

例えば、ヱスビー食品のフォンドボーカレー。コンビニなどではカラフルなデザインの箱に入っているが、ここでは、中身のレトルトパックのみで売られている。値段は、コンビニ価格(約290円)よりも100円以上安い180円だ!冷凍ミックスベジタブルは1kgで248円!冷凍カットほうれん草は500g で198円!!「タンスにゴン」の沢口靖子じゃないけど「あ~アホ臭」。今まで買っていたモノの値段って、いったい何だったんでしょう。

実は、僕達夫婦の生活費は、コンピューター関連費や書籍関連費、交通費などを抜くと、エンゲル係数はものすごく高い。かなり食費は贅沢に使っている。「食事は人生だ!」というイタリア人的食生活だ。子どもが生まれることもあるし、今後の食費の高騰が気になっていたところだ。和子さんに、「激安店発見!」の話をしたところ「生き延びられる!」というリアクションだった。予想通り!

この店は、たまに買い物に出掛けていた「Isokawa」の真横にできた。ミックスベジタブルを300gを248円で、冷凍ほうれん草を300g258 円で売っているIsokawaに明日はあるのか?淘汰の時代だなぁ…競争の時代だなぁ…
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今を生きる

2001.06.13 (Wed)

今僕は、基礎経済科学研究所というところで事務局長をしています。経済学系の学会です。先週の土曜日、そこの知り合いの教授が自宅で急に倒れ救急車で運ばれました。昨日、事務局員さんと一緒にお見舞いに行ってきました。

「意識が戻った」ということを聞いて、ある程度の会話ならできると思い伺ったのですが、救急救命センターの集中治療室から出たばかりで、部屋はまだ面会謝絶状態でした。管理室の許可をもらいなんとか面会できましたが、依然、心臓の動きが不規則で再発ギリギリのところだと、奥様から伺いました。

病気などとは無縁で、いつも元気に忙しくされていた方が、暗い野戦病院のような病室で、チューブを何本も身体に刺した姿になっているのは、なんとも痛々しいモノでした。しかも、本人は救急車で運ばれてそこにいるという状況を、まだ十分に受けとめられていないらしく、ご家族の方が目を離すと、ベットから起きあがろうとするそうです。チューブが刺されている様子よりも、それを聞いてグッとこみ上げるモノがありました。

僕は、社会福祉に関わる領域で研究や教育活動をしていましたが、いろいろな面で自分の認識の甘さを実感しました。病気や入院、臨死、家族の看護、病気の受容など、ある程度わかったようなつもりでいた自分を見付けました。もしも、これが和子さんや加奈子だったなら、もっとショックは大きかったでしょうし、取り乱していたと思います。なによりも病院というところが、あんなに暗く、空気の澱んだ、生きる気力を失わせるような環境であるということを思い知りました。

いつも、「諸行無常」の心を忘れず「一期一会」の精神で生きようと思いながらも、つい日常生活に埋没してしまい、今の状態がいつまでも続くものと勘違いしていることに気付きました。家族や僕の周りの大切な人が、ある日突然、病に倒れたり帰らぬ人になるということは、ごく普通のことだということを改めて実感しました。今を精一杯生きようと思いました。今日の僕はしおしおしています。
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孤独は同性愛嫌悪が原因?

2001.06.12 (Tue)

E・バダンテールの『XY男とは何か』で、おもしろい記述があった。要約するとこうだ。

男は男であるために同性愛嫌悪になる。それは自分の中の(男性と仲良くなろうとする)女性的な部分を、認めないですませようとする戦略である。だから男性たちの多くは男性と親密になるのを避ける。バダンデールは友情の社会学的研究をしたロバート・ベルを引用し、「友情に関して、女性は一対一で友情をはぐくむのに対し、男性はたいていの場合グループで付き合う。彼らは同性愛の誘惑を避け、一対一のコミュニケーションをしにくくし、自分たちの男らしさをお互いに確認しあう。さらにベルは、自分の一番の親友は自分の妻だとうち明ける男性が多いことに驚いている。男の親友をもつことの不安はこんなところにも現れるのである。」という内容だ。

文学の世界では、一部で未だに「女には友情が育たない。真の友情は男のみがもつのだ」というカラーのモノもあるようだ。しかし、実際の生活現場をみてみると、退職した男性に友達が少ないことは、よくある事実だ。勤めている間は「飲み友達」だの「ゴルフ友達」や「釣り友達」がいる人も、退職後、継続的にそういう友達と付き合いがあるかというと、なかなかそうでもないらしい。

戦友はいるが親友はいない。これが男性の老後の孤独感を培養させているのかもしれない。6月5日の「ちゅらさんナースになる!」のところでも書いたが、「会社人間」だった夫にとって、老後の居場所は家しかないのだから、(親友のはずの)妻が相手になってくれないと孤独だと書いたのは、まさにこういった男性の同性愛嫌悪志向が、原因のすべてがこれということではないにせよ、一つの背景になっているのかもしれない。
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内外価格差

2001.06.11 (Mon)

金曜日の妊娠経過検査は、待っている人が多かったので、受付をすませて(11:30頃)一度病院の外に出てお昼ご飯を食べた。「だいたい1時頃になります」と受付で教えてくれたので、しばらく御池界隈をブラブラした。

そこで、一度行こうと思いながら、なかなか寄る機会のなかった新風館に寄ってみた。そこの1階の雑貨店GEORGE'Sで念願の椅子に座ることができた。

知る人ぞ知る、ハーマンミラー社のアーロンチェアは、座り仕事の多い人には評判の椅子で、「一度はトライしてみねば」と思っていた椅子だ。はじめて座ってみると、なんとまぁ、こんなに快適な椅子があったのか!と感動するような椅子だった。僕のように、一日中椅子に座っている人間にとっては、まさに「理想の椅子」に思えた。

「いくらかな?」と思って聞いてみると、148,000円!!「え~と、今日のところは・・・」む~ん、もっと安く売ってないのか?と思ってネットで調べてみたらば、@interiorでは126,500円。1割以上安い!もっと安くならないのか?!と思って調べてみると、OfficeDesigns.comでは84,090円だ。FedExの輸送費を入れても、101,985円!

OfficeDesigns.comはシカゴのハーマンミラー社の正規ディーラーらしい。中間業者をできるだけ通さずに購入すると、このような3割強の価格差が発生するようだ。これでは輸入商品を扱っている事業所は、よほどの特典がない限り、価格競争だけでは太刀打ちできないだろう。しかも、残念なことにOfficeDesigns.comだと10色から選べるが、新風館のGEORGE'Sだと3色からしか選べなかった。インターネット時代の輸入品販売事業は難しいなぁ。
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PTSDとテレビ番組

2001.06.10 (Sun)

大教大池田小学校の惨劇に際して、今後の児童のPTSD(心的外傷後ストレス障害)に対するケアが必要と言われています。この事件以外でも、児童が暴力事件などに巻き込まれるケースや震災など、心理的ケアが必要な状況が増えてきていると思います。加えて、社会的整備を整えることも大切だと思います。

私達の社会に目を受けてみると、日常生活の中でちょっとテレビを付けると、そこには暴力シーンや残虐シーンが日常的に流されています。こういうシーンを見ることで、例えば今回の事件に遭遇した子どもが、事件のシーンをファラッシュバックさせるという可能性は十分考えられます。

昨今、メディアのこういったシーンが、子どもの発達に影響を与えるか与えないかということで盛んに議論されていますが、差し当たって「見たくない人」「見せたくない人」「見ない方がいい人」が存在するようなシーンは、流さない方がよいのではないでしょうか?少なくとも、「この番組には殺戮シーンがあります」というような告知を前もってしておく必要性はあるでしょう。

先日、新聞の投書欄に「仮面ラーダーアギト」の残虐シーンをなくして欲しい、という内容が投書されていました。一般的に「仮面ライダー」シリーズは子ども番組と認識されています。子ども番組という認識がある以上、そういったシーンを含むことに対しては慎重な姿勢が欲しいと思います。また、どうしてもそういうシーンが必要なのであれば、「こういうシーンを含みます」ということを、新聞のテレビ欄などで告知してはどうでしょう。
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大阪教育大付属池田小学校の事件

2001.06.09 (Sat)

大教大付属池田小学校での惨劇は、本当にとんでもないことだと思う。「EuroNews」では、"US style school horror hits Japan"と出ている。

 これまでの日本では考えられなかった事件だ。子どもを亡くされた方は、一体なにに怒りをぶつけていいのか、気持ちのもっていきようがないのではないだろうか?これから子どもをもつ身としても、なんとも言いようがない。また、幸い助かった子どもたちも相当なショックを受けているだろう。今後が気になるところだ。

 同時に、精神病院を利用する人が増えてきているということは、もうずいぶん前から言われていたのに、日本の精神医療が全然進歩していなかったという事実を、改めて世に示した事件だといえる。こういう時代だからこそ、精神障害者の福祉に予算を費やすべきなのに、国の方針は予算カットだ。小泉総理よ!一体何に予算を使うべきなのか?よく考えて欲しい。

 さらに、この事件をきっかけに、精神病患者へのよりいっそうの差別や隔離施策が進むことを懸念している。テレビでは、「精神安定剤を飲むということは、シラフで酒に酔っている状態だ」と言った精神科医(野田正彰)がいた。関係者のこういう無神経な発言が、精神病患者を追いつめ、より社会での適応を困難にさせ、今回のような時間を引き起こしているという悪循環を認識すべきだ。精神科の医療・福祉関係者の罪は大きいだろう。
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胎児の報告と保健婦さん

2001.06.08 (Fri)

今日は、久しぶりに産科へ胎児の状態をチャック。「エライ大きなお腹やなぁ」というドクター。エコーを見ながら、「順調に大きくなってますね」「え~と、サイズを測っときますね」「お腹のわりに足が短いですね。ずんぐりしてるなぁ、彼(僕)似かな?」ガーーン。身長、手足の長さは、絶対に和子さんに似て欲しかった。僕似ということでかなりショックだ。

今のところ、加奈子は内臓系も問題なく元気そうなので、それだけでも十分なんだけど、とはいえ、どうせなら格好良くあって欲しいと思うのが親心というモノなのだろう。僕似かぁ・・・生まれてきた時に「あれ?」ということを祈ろう。

ところで、保健所で母子手帳をもらってから今までの間に、2回ほど保健婦さんが家に来た。2回とも僕達は留守にしていた。「お身体の具合はどうですか?」「順調ですか?」というメモが郵便受けに入っているのを見て、保健婦さんが来たことを知った。

しかし共働きの家なら、保健婦さんが回ってくる時間帯に、誰も家にいないというのは常だろう。これだけ共働き世帯が増えているのに、決まって昼間に巡回しているのでは、あんまり効果はないだろう。せっかく回ってきてくれているので、「ご苦労様」と言いたいところなんだけど、留守中に回ってこられてもねぇ。かといって、夜や休日に回ってきて欲しいというのも、今の保健婦さんの勤務体制からは無理だろう。結局、今のままのシステムでは、妊娠中の共働き夫婦と保健婦さんはあんまり関わる機会がない。

 「なにかあれば電話してください」といわれても、やっぱり「お役所」に電話するのは敷居が高い。例えば、「インターネットやメールでも相談を受け付けています」ということでアドレスなどが載っていれば、電話などよりも気軽に相談できると思う。「問題ありませんよ」とか、「でしたら、平日でお休みを取られる時に伺いますが、いつがご都合よろしいですか?」というやり取りもできる。もう少し工夫すると、保健婦さんも効果的に関われると思う。
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自転車と環境会議

2001.06.07 (Thu)

テレビで、「コペンハーゲンの自転車」を取りあげていた。7年前に僕が訪ねた時も、コペンハーゲンは「欧州の北京」のようなイメージだった。とにかく自転車が多い。右折左折時の腕サインも徹底していた。電車に持ち込んで、自転車→電車→自転車(Ride &Ride &Ride?)を実現している人も多かった。

僕は町中で自動車に乗るのがあまり好きではないので、普段はもっぱら自転車ライフだ。自転車は一方通行を無視できるし渋滞知らずだから、町中ではかなり便利だが、京都は走りにくい町でもある。車道は路上駐車だらけだし、歩道を走ろうにも狭いし(突然、電信柱が立っていたりする)、段差も多い。駐輪場が少なく、交通機関にも持ち込めないので、駅前駐輪が多い。

コペンハーゲンでは、1989年から駐車場料金を町全体で値上げしたり、自転車専用レーンや駐輪場を増やし、自転車の利用を促すようなキャンペーンをした。その結果、自動車交通量は約4割削減し、交通事故と排ガス排出量を激減させることに成功したらしい。

そういえば、地球温暖化防止京都会議を催した割には、京都の交通に関する環境対策は、あんまりやる気が見えてこない。逆に、高速道路を拡張しようという構想さえある。自動車の排ガスや流入規制は、盆地の京都では真っ先に取り組むべき問題なのに、東京都に先を越されている。メインストリートの四条通りは、たしか自転車進入禁止だ。これでは、アメリカに議定書を踏みにじられても、文句は言えない。

都会では、環境と健康に関してみると、自転車は非常に有益な交通手段だ。その自転車が「厄介モノ」になってしまう京都の(日本の?)交通政策は、基本的なところが間違っていると思う。コペンハーゲンのようにとは言わないが、せめて自動車交通量を減らす工夫など、京都会議開催地としての姿勢を見せるべきだと思う。
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条件反射

2001.06.06 (Wed)

昨夜、居間のちゃぶ台で新聞を読んでいるところへ電話が。目を新聞に落としたまま、電話を持ち、「はい、山田です」と言おうとして、発した言葉が・・・

「毎度ありがとうございます。ロー(ランドでございます)←声にならなかった」。

電話の向こうで「はぁ?」という声。幸い彼女からの「帰るコール」だったので、「あの~もしぃ~山田さんちですか?」ですんだ。

まさかの場面で、かつての条件反射が出た。僕がローランドにいたのはたった1年間。たまたま電話をとる姿勢が同じだったのだろうか?それとも書類を見ながら電話をとるという行動パターンが一緒だったのだろうか?とにかく、久しぶりに発した突拍子もない言葉に、僕自身もビックリした。

実はローランドの研修中に、電話口で「はい。ハーゲンダッツでございます」と言って笑われた同期がいた。彼女も条件反射だったのだろう。会社勤め期間中の習慣が、かくも身体の中に染み付いていたのか・・・と感慨にふける夜だった。

たった1年の勤務でもこれだから、30年も40年も勤めた人にとっては、それを拭いたくても拭えないモノではないかと思う。高齢者対策として、「退社後の生き甲斐づくり」などといわれているが、もう少し早い段階から(就職した段階から?)、この無意識に染み付く習慣を、自覚的に認知できるようなシステムを作らないと、老後の虚脱感は避けられないだろう。
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「ちゅらさん」ナースになる!

2001.06.05 (Tue)

朝ドラの「ちゅらさん」。とうとうエリィ(語尾を上げ「おばぁ」のように発音する)は「わたし、看護婦さんになる」と言い出しましたね。おもしろい展開になってきました。

さてさて、エリィは今後、どこのナース養成機関へいくのでしょうか?准看学校へ行くのか?正看養成の専門学校へ行くのか?看護短大へ行くのか?4年制大学へいくのか?こんにち、ナース養成機関への選択肢は多数あります。そのなかで、いろんな業界団体の思惑が絡んでいます。番組に医師会の圧力が掛かれば准看学校へ入学ということになるかもしれません。この行き先一つでも、ずいぶん楽しめるでしょう。

また「なんで福祉系じゃないの?」というところも注目点かもしれません。プロパガンダ的には介護職を目指す方が、今風ではないか?と思うところでもあります。

今日の放送の中では、なかなかおもしろいせりふがあり、少し考えてしまいました。「一人は寂しい」というせりふです。確かにそうかもしれませんが、「独居=寂しい、孤独」という構図もまた短絡的だなぁと思いました。独居だからこそ友達を大切にしているという人もいますし、下手に家族がいるばっかりに、その中だけで人間関係が完結してしまっている人も見かけるからです。

「退職後、夫と暮らすのがストレス」ということを身近でもよく聞きます。「会社人間」だった夫にとっては、会社以外は家しかないのですから、会社がない老後は、妻が相手になってくれないと「孤独」です。以前とったアンケート調査の中には、「孫の世話に疲れている」という人もいました。「家族一緒だからシアワセ」という単純なモノではないと思うのですが、しかしここはNHKですから、いろいろとメッセージもあるのでしょう。

そういう高齢者観や家族観などをいちいち解釈しながら見ると、「ちゅらさん」もなかなか意味深いモノがあります。
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三室といえば・・・

2001.06.04 (Mon)

あじさいの咲く季節になった。あじさいの花の中継で、三室寺が紹介されていた。僕は「三室」というと、かぐや姫の名付け親である「御室戸斎部の秋田(みむろどいんべのあきた)」を思い出す。

なんで「御室戸斎部の秋田」などを思い出すのかというと、高校1年の時の古典の時間に「竹取物語」を読み、その時の教師が印象に残っているからだ。小川先生という個性的な教師で、授業中によく詩吟をしてくれた。残念ながら、同時に教わった動詞の活用形などはすっかり忘れてしまっているが、小川先生のことは「三室」を聞く度に思い出す。

僕はこれまで数多くの教師と接してきた。その中の数人とは今も交流があるが、多くの教師は交流もなく、記憶も薄れていく一方だ。当然、教わった知識や技術はある程度ストックされているが、教師とそれらが直結する場面はあまりない。それを誰から教わったかなどはほとんど記憶にない。小川先生が「御室戸斎部の秋田」を、眠気タップリの僕達に詩吟の如く大声で連呼したのは貴重な記憶だ。

たぶん、僕達生徒にとって、多くの教師はあまりにも平板化された均質な存在だったのだろう。だから、誰からなにを教わってもあんまり違いはなく、その結果、個々の教師の印象も薄いのかもしれない。子ども達が接することのできる大人は、せいぜい親か教師くらいなのだ。親は決まった大人だから仕方ないが、せっかくの異世代間交流の機会なのだから、せめて教師くらいはいろんなタイプの大人がいて欲しいと思う。

現在、僕は非常勤講師として数校に出掛けているが、学生さんからみて、僕はどう映っているのだろうか?
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ちょっと風邪気味

2001.06.03 (Sun)

昨日の薬師如来の御利益なく、なんと風邪気味。深夜、喉が痛くて目が覚めた。早めに薬を飲んでよく寝るに限る。風邪気味の時、僕はお好み焼きを食べる。豚肉はビタミンBが豊富で体力回復には最適だし、キャベツとの相乗効果で吸収率も高くなる。深夜の薬と朝のお好み焼き(濃いぃ(^^;)のおかげで、今(お昼過ぎ)はなんとか、回復している。

最近、大風邪をひかなくなった。以前はしょっちゅう風邪で寝込んでいたのに比べると、小風邪程度ですぐに体調が戻るようになった。体が丈夫になってきたのか?いやいやそうではなく、いつでも十分に休養をとることのできる生活が、僕にはあるからだ。自治体研究社から『“かぜ薬”のない国 デンマークの福祉と医療』(木下澄代著)という本が出ている。デンマークでかぜ薬が必要ないのは、かぜをひいたと思ったら、すぐに仕事を休むからだそうな。

風邪はひき始めが一番感染力が強いらしい。つまりひき始めに職場や学校へ行くと、周りの人の迷惑になる。軽いうちに休んで家で養生することは、自分のためにもなるし、周囲の人のためにもなる。

「軽い風邪くらいで休むな!」というのを、なんとか打破できぬものだろうか。根性とか気合いではなく、論理的な風邪の養生方法の理解と、風邪を拡散させないという各自の周囲(社会)への責任感を築き実践できる社会でありたいものだ。

とりあえず、今は妊婦に風邪をうつさないようにしないといけないな。
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歴史の重さ

2001.06.02 (Sat)

仕事で西の京に出掛けたついでに、チョロッと「夫婦愛の結晶の寺」薬師寺に寄ってみた(「愛の結晶」の由来は天武天皇と持統天皇の夫婦仲のことらしい)。薬師寺東塔の建立は、諸説入り交じっている(白鳳時代説or天平初期説)けど、どちらにしても1300年くらい昔の話だ。その近くの唐招提寺もまた同じくらいの時代の建物だ。ここに奉られている鑑真和上は、1300年前の外交官といえるかもしれない。

それに比べて、たかだか130年の「近代外交の歴史」を振りかざし、真紀子外相にチョッカイを出す外務官僚達は、はっきりいってショボイ。

外交の仕事が大切&激務なのはわかるが、しかし僕達の税金を使って仕事をしているのだから、その使われ方が「機密」とかなんだかで、「納税者には説明できない」というのは道理に合わない。せめて「20年前の機密費の内訳を公開」などという心意気を見せて欲しいモノだ。「外務省の歴史上・・・」などと説明する前に、「君たち庶民にはわからないことなんだ」と言わんばかりのエリート意識をなんとか改革して欲しい。そういう面では、「伏魔殿」の中身を部分的にでも表に出そうとする、真紀子外相の態度は応援したいと思う今日この頃。

まぁ、森喜朗が首相の時には、諦めというか付き合ってられないレベルの政治だったから、それからいうと今の小泉バブル人気は危なっかしいが、それでもちょっとはマシになってきたんだろうか?そういえば、むかし厚生官僚に向かった厚生大臣(現民主党幹事長)もいたなぁ。あのイキホイは何処へ?
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消費者金融のCM

2001.06.01 (Fri)

最近、ゴールデンタイムに武富士やプロミス、アコムにアイフル、モビットなど消費者金融(この名称自体ホンマ意味不明やなぁ)のテレビコマーシャルが増えた。以前は、深夜番組でしか見ることがなかったと思うのに。

とある筋から聞いた話だけど、今、テレビコマーシャルも以前ほど景気がよくないらしい。ゴールデンタイムのコマーシャルも、その枠を定価で売買している場合は少ないそうだ。だが、消費者金融各社は定価でその枠を買ってくれるらしい。局としては「いいお客さん」だ。テレビ局の営業さんもタイヘンなんやなぁ。

テレビもデジタル多チャンネル時代になると、どうやって生き残るのか考えとアカンやろなぁ。全面デジタル放送化を目論んでおるようですが、消費が伸びない中どうやってデジタルに乗り換えさせるんでしょうか?あ、そうか消費者金融でお金を借りてデジタル放送機器を買ってもらうというコンタンか!考え過ぎかな?

しかし、ゴールデンタイムに「ご利用は計画的に」なんて言われてもねぇ。基本的には「借金バンザイ!」ってことでしょ?
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