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梅雨明け

2018.07.09 (Mon)


今朝も、昨日、鍵を落としたであろう地点までランニング。

今日は「もしかして、地面に落ちていた鍵を、誰かが塀の上なんかに置いているかもしれない」という視点で探索。

結局、今日も見付からず、警察からも連絡はなく、「もしかして、家の中にあったりして」と思えども、やっぱり出てこず。

画像は、昨日、走ったのと同じ場所で、出会った光景。

手前は梅雨、向こうは夏!

何という明暗差!この数時間後、気象庁から「梅雨明け」がアナウンスされました。
京都市内は、梅雨明けの目処として、祇園祭前祭の前後と聞いたことがありますが、今年は1週間早く梅雨明けしました。今年の祇園祭前祭は、三連休と重なるんですね。今、知りました。

 
19:34  |  日々の出来事  |  Comment(0)

久しぶりにRUN!が、人生初の経験をすることに…

2018.07.08 (Sun)

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雨があがった!久しぶりに走れる!そろそろ水も引いただろうし、コースも乾いてきただろうから、ランニングコースの確認も兼ねて、やや出遅れ感ありの時間(8:55)だけど、走りに出ることに。
 
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今回の雨での宇治川の水量は、よくコントロールされたようで、水位はそんなに上がっていない。桂川と鴨川がかなり水位が上がって、危なかったのに比べると、いたって平常運行。やや水位が高いな…という普段の大雨レベル。
 
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昨年の台風の後だったかは、この観月橋の下をくぐるところには、漂流物が溜まっていたり、コース途中にも流れ着いたペットボトルが散乱していたけど、今回はまったくなし。

コース良し!雨さえ降っていなければ、この先、また練習できそう!

…まではヨカッタのですが、実は、途中で右ポケットに入れているはずの家の鍵がないことに気付く。普段は、自分で鍵をして、ポケットに入れて、走り出すんだけど、今日は、加奈子が留守番していたので、自分で鍵をせずに走り始めました。

「もしかすると、鍵を入れ忘れたかな?帰ってから探せばいいや」

と思ってとりあえず家まで帰る。留守番していた加奈子に玄関を開けてもらい中に入る。で、家の中を探してみたけど、やっぱりない。もう一度、「鍵がない!」と気付いた場所まで戻りながら確認。もう一度、家まで確認しながら帰るけど、それでもない。
 
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かくなるうえは観念して、交番へ。届けの手続きもする。対応のおまわりさんは、なかなか感じのイイ人でした。

これまでに何度も、鍵をなくす危機はあったけど、いつも探せば見付かった家の鍵。今の家に移ってきて13年と2ヶ月。今の家の鍵だけじゃなくて、これまで住んだ何軒の家も含めて、もしかすると今日、

人生ではじめて家の鍵をなくした!

のかもしれない。そういえば、なくした記憶がないし。いやいや、嫌な記憶なので忘れてるだけ?と思ったりもするけど、きっと経験がないと思う。

人生初というのは、なにごとにおいてもインパクト大です。いやはやガックリ。しかも家のマスターキーだったので、さらにガックリ。加奈子が家の鍵を2本持っていたので、1本もらいました。加奈子の修学旅行土産の沖縄の亀のキーホルダー付き。
 
19:31  |  日々の出来事  |  Comment(0)

数十年に一度の大雨

2018.07.06 (Fri)

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今日の日中は、iPhoneのアラート音がよく鳴りました。昨日は朝と夜に鳴っていたけど、今日はお昼前後と夕方に。

我が家は丘陵地の中ほどにあるので、水没の可能性は低いし、かといって傾斜地も向きが違うので、土砂災害のリスクもそれほど高くない。アラートを聞いて、即対応!というほどの危機感はない。とはいえ、これだけ鳴り続けると、さすがに「いつ雨が止むのか?」気になる。

桂川上流の日吉ダムがすでに満水であるとか、その流れる先の桂川もギリギリだとかで、やっぱり川が氾濫するのか?!と思ったりしたけど、日吉ダムの放流が始まったくらいに雨が小康状態に。なんと幸運な。

天気予報によると、明け方近くに、また土砂降りらしい。「もう雨は飽きた!」と言いたいところだけど、こればっかりはどうしようもない。数十年に一度の大雨が、温暖化が影響しているのか、気候変動で十年に一度、数年に一度になっていくのかもしれない。

冷蔵庫の中の、「残り物」や「あるもん」で過ごしています。つまり、普段と同じってコトですけど。

今日の午前中は、免許更新日を忘れて、ウッカリ失効の和子はんを、本日休校の加奈子と、運転免許センターへ送る。行きに、羽束師橋を通る時に、東向きがかなり長い渋滞になっているのを確認していたので、帰りは、羽束師橋を通らず、納所(淀)まで回って帰宅。途中で、桂川の様子を確認。普段の様子とはまったく違う荒々しい桂川。無事に帰宅して、玄関まできて、アレ?

「家の鍵を持って出てない!」

と気付く。僕が先に自動車に乗り込んだ後、和子さんが玄関を閉めた。それに気付かず、車のキーしか持って出ていない。この雨の中、締め出し?

「マジですか!カンベンしてよ」と、諦めかけて裏に回ると、勝手口はやっぱりロック。でも、掃き出し窓の雨戸ロックが、なんと解除状態。雨戸、網戸、窓と動かすと、室内に入れる。ヤレヤレ、とりあえず締め出しは回避された。裏から入って、玄関を開けて、加奈子を中に…と思ったら、玄関は表からしか開かないロック。鍵を持って、もう一度裏から出て、表に回って玄関ロック解除。その間にずぶ濡れ。やれやれ。

しかし…もしも雨戸のロックがONのままだったら…ユルいセキュリティーでよかった!(でいいのか?)。

 
23:45  |  日々の出来事  |  Comment(0)

義父を見送りました

2018.07.04 (Wed)

6月29日(金)の午前1時15分頃、急に電話が鳴る。

どこかの酔っ払いが間違えて電話してきたのか?折りしもその日は、サッカー日本代表が決勝トーナメントを決めた夜。酔っ払って、間違えてウチにかけてくるヤツがいる可能性も捨てがたい。受話器は取るけど無言。あちらも無言。しばらくするとプツッと切れる。「やれやれ」と思いながらベッドに戻ると、数分後にまた鳴る。

今度もしばらく無言。だけど、今回は「もしもし」という聞き覚えのある女性の声。義母だ。
「もしもし」
「あ、亮ちゃん?父ちゃんが死んでしもた」
「え?え?…えーーーッ!!!ちょっと待って、和子さん起こすわ!!」
と隣の部屋の和子さんを起こす。
「行正はん亡くなったって、今、京子はんから電話が!」
「えええ!なんで?ウソォー!!」と絶叫し、
電話を変わった途端に、「なんで?」「いつ?」と言った後、しばらくして泣き崩れる和子さん。ここまで泣く和子さんははじめてだった。

数年前から少しずつ調子が悪くなってきた義父。とはいえ、こんなにも早くに別れがくるとは思っていませんでした。数週間前に見舞いに行ったら、声は弱々しいながらも、「亮ちゃん!来てくれたんや。すまんなぁ」と答えていたのに。普段通り、就寝時間に寝た後、ゼロ時の見回りの際には、すでに呼吸と心臓が停止していたとのこと。

和子さんは、そのまま迎えに来た義姉と一緒に、二駅隣の義母宅へ行き、朝までに手続きをすませ、家に帰ってきました。和子さんから「遺影に使える写真を探しといて」と言われて、午前中、二人を学校と職場へ見送った後、すぐにデータを検索。写真に写りたがらない義父の写真を探すのは至難の業。あっても、横を向いていたり、手で遮られていたり。あまりに一所懸命探していたのか、生ゴミを出すのを忘れてしまうという、ありえないミス。臭い封じのために、ジップロックをして冷凍庫にストックしている生ゴミは、次の回収日である火曜日まで溜めることに。

午後、家に帰ってきた義父の亡骸に挨拶をしに、大雨の合間をぬって加奈子と義母宅へ。和子さんも仕事を早めに切り上げて、義母宅で合流。加奈子は、そこから義姉の夫が教える数学塾へ。

まさかこんなことになるとは予想だにしていなかったので、土曜日は和子さんは普通に仕事、僕はSHARP製品の体験会。その瞬間だけは、いろいろ忘れて仕事モード全開。久しぶりの大阪で、むさぼるように情報収集。SHARPのついでにNTTとPanasonicにも寄って新製品体験。帰って、喪服に着替えて、いざお通夜へ。

遺影を見て驚き。写真を探したものの、結局、使えそうなものが見当たらず、「とりあえず」で送った画像は、3週間前にお見舞いに行った時のパジャマ姿。その画像の顔部分がスーツ姿と合成され、「それなり」に見える画像になってるでないの!会場に入ってすぐに「おおお!あの写真の顔が!!」でした。もとの画像をよく見ると、確かに首が真っ直ぐなのと顔の向きもイイ角度。惜しむらくは、iPhoneSEの貧弱なインカメラではなく、せめてアウトカメラで撮られたものだと、より鮮明だったはず。

お坊さんの読経は、これまでに聞いたこともない呪文系が大半。終盤、急にミュージカル系に。僕の祖父母宅のおつとめと大学院(佛教大学)で浄土宗のお経には馴染みがあるけど、浄土真宗のお経がこれほどまでに自由とは知らなかった。全体的に自由なのか?それともこのお坊さんが自由なのか?それはわからないけど、とにかくはじめて聞くタイプのお経でした。

お通夜で、和子さんの伯母さん叔父さん従姉に当たる人達とも同席。叔父さんに当たる人とは結婚してすぐに会って以来。伯母さんはかなり近所に住んでいるにも関わらず、初対面。「もしかすると、近所のスーパーで何度も会ってたかもね」という話に。亡くなった義父は親類縁者が誰もいなくて、親類は義母側の人達だけ。義母から、結婚当時の話などを聞き、義父が義母とは再婚だったことを知る。

お通夜でアルコール摂取量が若干オーバーしたせいか、スッキリしない。とはいえ、日曜日の葬式後は斎場まで自動車を運転せねば。実はお葬式というものに、ちゃんと参列したのは初めて。棺にふたをする前に、遺体との隙間に花を摘める際は、いよいよお別れが近づいた感も出てきて、皆シンミリ。すすり泣く声も聞こえていたけど、進行役の男性の、「あ、あの…お顔の上には花をのせないようにして下さいね」でなんだか和やかな雰囲気に。「花乗せすぎや。ワシ、息でけへんやん」という声が聞こえてきそうな、どこかとぼけた義父のお見送りらしく、フッと笑みが漏れた瞬間でした。

霊柩車に棺を積む際、男手は全員参加。もっと重たいのかと思ったら、意外と軽くて驚き。重たい棺はトコトン重たいのかもしれないけど、高齢化著しいこのご時世、見送る方も高齢化しているから、軽量化されてきてるのかな?

霊柩車を先頭に、1台のタクシーと3台の自家用車が連なって、京都市中央斎場へ向かう。事前に、場所をGoogle マップで確認。すると、京都一周トレイル東山コースの「東山13」から登ったところと判明。国道1号線からの入り口がわかりにくいけど、そこは先導に任せるとする。和子さんと二人の車内。ここまでの進行を振り返ったり、この先のことを話したり。ここ数週間、自動車の運転は僕の担当。和子さんは、誕生日を一ヶ月過ぎたのを忘れていて、免許更新をウッカリ失効中。

京都市中央斎場は、思っていたよりもキレイな建物。駐車場が満車の場合は、車で待つように言われていたけど、駐車場にはかなりの余裕がありました。斎場では淡々とプロセスが進んでいくんですね。自動ドアが閉まっていよいよ火葬へ。その間、遺族は待合室のような、カレーライスやうどん、コーヒーや紅茶、ジュースが売ってある学食のような食堂で待つ。エアコンも快適で、スリーシーズンの喪服を着ていても快適に過ごせました。

僕たちが斎場に着いた時、一つ前のグループが斜め隣のテーブルで待っていたのですが、1時間くらいしてそのテーブルが空いたのを見て、「そろそろかな?」と思ったら、本当に進行担当さんが「焼き終わったようです」と予備にきました。葬式もはじめてなら、遺骨を見るのもはじめて。担当さんは骨を分類しながら、「これが脚の指ですね」「こちらが大腿骨」「肋骨があって…はい、ありました、第二頸椎、俗に喉仏と言われる骨です。砕けていることも多いんですけど、キレイに残っていました。ほら、こちら向きに座禅を組むお坊さんのように見えませんか?」と丁寧な解説も。

骨壺には、その第二頸椎までを先に、そして第二頸椎をキレイに収めた後、頭部の骨を入れ、最後に頭蓋骨頭頂部でふたをするという順に入れられました。

来た時とは別のルートで、再びセレモニー会場へ向けて出発。斎場にいたのは1時間半くらいでした。「今日は、思った以上にスムーズだった」とは進行の担当さん。帰りは担当さんの先導。「え?ちょっと周り道じゃないの?」と思った帰りのルートは、ルートが重なる=不幸が重ならないように、という配慮でとられたルートだったようです。

式場に帰ってくると、最後の法要である初七日。本来は亡くなって七日目に行う初七日も、最近は葬儀当日に行うことも多いそう。毎度集まるのもタイヘンだからかな。初七日の祭壇は、これまでとはうって変わった現代的な様相。非日常的な法要から、だんだん日常生活に戻ってくる感覚。

最後に、会食をして締めだったのだけど、なにしろ斎場での進行が予想外に早くて、会食はまだあかるい16時過ぎからスタート。斎場の食堂でひととおり食べたので、あまりお腹も減ってない。最後まで、全部食べきったのは孫世代達のみでは?僕もだいぶん頑張ってなんとか完食。「もう晩ご飯はいらんわ」状態に。

式場からの帰り、そのまま家に帰れるかと思いきや、持って帰る物が多くて、一度義母宅へ寄ることに。遺影に位牌、骨壺はもちろん、花や着替え類やなんやかんや。荷物はギリギリに。こんなことなら、トランクの中を空にして行けばよかった。和子さんを義母宅で下ろして、僕は帰宅。和子さんは、その後の段取りの打合せやらで、義母宅にて担当さんと打合せ。

夜10時頃、和子さんご帰宅。いろいろ家族トークで盛り上がったのもあったらしいけど、メインは担当さんの営業だったそうな。今回は、近所のセレマにお願いしたんだけど、担当さんはセレマの人ではなく、進行担当会社の人。セレマから手当が出るわけではなく、その後の営業がとれて、はじめて配当があるのだそうな。

葬式が終わって、3日。義父が生きていた時と変わらず日常生活は過ぎ、月曜日は毎年恒例の女子大での講義。昨日(火曜日)は、以前のお隣さんの友人主催のクラシックコンサートの準備手伝い。水曜日の今日になって、やっとホッと一息。

和子さんは、日々の出張は多いものの、住所は生まれてからずっと、親の家から10km以上離れたことのない人。一方の僕は、親とは100km以上離れて暮らすようになって、はや30年以上。親との物理的心理的距離感も全然違うんだろうなと、今回の件を経て思ったのでした。最初の一報が入った時に、「死に目に会えなかった」と嘆き悲しんでいた和子さんを見て、僕は全然ピンとこなかったけど、そこには「近くにいたのに」というのが含まれていたんだろうな。


ある日の昼下がり、電話が鳴る。
「あ!亮ちゃん?テレビが映れへんのやわ!ちょっと見に来てくれへん?」
声の主は義父。
「え?どんな感じ?」
「どのボタン押してもザーいうてるだけやねん」
自転車で10分ちょいの義父宅へ。
「よかった!今、点けるわな」

ザーーーーーー
(確かに、ザーっていってるけど、左上の「地アナ1」って…)

「あ、これね。ここのボタン(地デジ)を押すと…ほら!直ったでしょ?」
「ウワッ!こんな簡単に!こんなんにわざわざ来てもろて、ゴメンなぁ」
「もうこのボタン(地上アナログ)押しても、もう放送してないんやわ」
「そっかぁ」
テレビ好き(テレビ番組が好きと言うよりも、テレビという機械の存在が好き)な義父の、機材トラブル対応担当という感じだった僕と義父の関係。

あんなこともあったなぁと思い出しました。

 
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大阪府北部が震源の地震あり

2018.06.18 (Mon)

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今朝、大きな地震あり。震源地は大阪府北部。震源地から15〜20km離れている、僕が暮らす伏見区では震度5強。

体感震度は4程度?なにしろ伏見区は東西に広いので、震源地に近いエリアだと相当揺れたのでは。こちらは、伏見区でも東寄りで、それほど大きな揺れには感じず。

5年くらい前まで、祖母が震源地にかなり近いところで暮らしていたが、今は四国に引っ越していて幸い。
 
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今回は震源地が近かったせいか、緊急地震速報が届く前に、大きな揺れが到着。揺れている最中にファンファンと鳴りはじめた感じ。

揺れが来て、その大きさにすぐ火元を確認して勝手口の扉を開けるました。その後、しばらく揺れた続いたが、身を隠す余裕なし。揺れが収まり、表に出て、外から家の歪みやヒビなどを確認。近所の人とも相互確認。

室内の被害は、2階の僕の部屋の本棚が一つ倒れて、本が散乱。ギターは本に押されて移動。この本棚は以前にも、ちょっとした弾みで倒れていたので、「なんとかせな」と言っていた案件。暫定的な本棚として買ったはずが、いつの間にやら常設化されていた本棚。やっぱり考え直さねば。
 
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もう一つ。タオル棚の上に置いていた、バケツが洗濯機の中に落ちていました。中を確認せずに洗濯物を入れて洗濯機を回すと、ガランガランと大きな音。ナニゴト?!とふたを開けると、バケツがプカプカ。間抜けな光景でした。
 
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問題は、築90年以上の別宅。恐る恐る確認。もともと全体的に画面左に傾いた家だったのですが、それ以上に傾いた様子は見受けられず。右にある母屋も表と裏から確認。横浜の家主にも連絡。
 
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大丈夫と思ったものの、お昼前にインターネット回線の工事下見のため、再び別宅に入ると、土間に大きめの砂粒があるのに気付く。よく見ると、土間じゅうに散らばっている。どうやら、壁が剥がれ落ちたらしい。余震のたびに、少しずつ落ちてきていました。
 
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近所のスーパーの水売り場はこんな感じ。弱い余震が続いています。

朝、家族は出掛ける前でした。BSの「半分、青い。」を見終わり、加奈子は片付けや身支度をして登校準備中のタイミング。遠くから通っている生徒の中には、電車の中で身動き取れない状態になった子もいたようです。和子さんは、たまたま大学の創立記念日で休み。午前中に、奈良での講演が入っていたけど、主催者判断で中止に。登校した加奈子から、短縮授業ながら、普通に授業があるという連絡が入る。京都市立高校は早々に休校を決めていたのに対して、加奈子の通う府立高校は普通に授業。近隣の鉄道はすべて運休しているし、道路は大渋滞。登校できていない生徒も多いだろうに…。

別宅でのインターネット回線工事の下見も、道路の渋滞で大幅に遅れて到着。下見隊の到着を待っていると、加奈子の声。結局休校になり、たまたま別宅近くを通ったら、ラジオの音がしたので別宅に寄ったとのこと。13時頃、予定よりも2時間遅れでしたみたい到着。作業はスムーズに終わり、27日の工事を待つのみ。

朝から地震という非日常的体験で緊張が続いたのか、今夜は猛烈に眠たい。夜中に大きな揺れが来ないことを願うのみです。
 
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自転車を買い換えた

2018.06.10 (Sun)

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お昼前に、「雨が降る前に買い物でも行っとくか」と自転車に乗ってこぎ始めたら…後輪の空気が抜けてゴワゴワという音が。

家まで戻って、空気を入れていると、シューシューという音。音の発生源を見ると、タイヤブロックの境目が4㎝くらい裂けて、そこから空気がジャジャ漏れ。北の自転車屋へ行くか西の自転車へ行くかと考え、この自転車を買った西の自転車屋「あさひ」へ。

見てもらったところ、タイヤの前後とも摩耗が激しく、前後のブレーキもだいぶん傷んでいるとのこと。その他諸々、全部修理すると、1万5000円程度かかりそうとのこと。ム〜ンと一瞬考え、「これって何年くらい乗ってますかね?」と調べてもらうと、2013年10月に購入とのこと。5年前。29,800円の自転車を5年。一ヶ月500円。ネットやスマホ代に比べると、はるかにお安い自転車代。最近、自動車もボチボチ乗ってるけど、まだまだ近所への足は自転車。

というわけで、これまで乗っていたのと同じ種類の色違いを買いました。前の自転車はこれ。もう一つ前の自転車を12年も乗っていたことを考えると、5年は短いけど、12年乗った前の前の自転車はミヤタのけっこう高いヤツでした。

スーパーへ買い物に行くはずが、自転車屋で新しい自転車を買うことになるとは。とはいえ、新しい自転車はペダルが軽い!楽チンだ。パソコンみたいなモンですね。

同じ種類の自転車とはいえ、マイナーチェンジされていて、カゴの横幅が広がっています。これまで買い物袋が横方向に入れづらかったのが、スッポリ入るように。A4カバンもスッポリ入れられます。

この自転車にも5年乗るとして…その時ってば、加奈子が大学を卒業して、社会人になってる年なんやね?!その頃も、ジジイがママチャリ乗って買い物してるんかなぁ?この坂道を、アシストなしで登り切れる足は残しとかなアカン!と思ってます。

 
15:31  |  日々の出来事  |  Comment(0)

関空旅博2018に行ってきました

2018.05.21 (Mon)

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5月19日、関空旅博2018へ行ってきました。

もともと旅行は好き。
というものの、観光地巡りよりもベタな地元な雰囲気が好き。
旅行という非日常行為をしながら、日常に接したいのです。

行った!見た!食べた!よりも、行った!出会った!友達になった!が好き。
だから、基本的に行き先はどこでもイイし、観光地巡りもサラッとで十分。だけど、誰とも知り合いになれずに帰ってくる旅は、なんかちょっと寂しい。

そんな種類の旅好きが関空旅博2018に行ってきました。

関西国際空港駅を降りて、空港ターミナルの方へ出ようとすると、まずは国内旅行のブースがズラリ。四国からは愛媛県の「みきゃん」。島根県の「しまねっこ」が来ていたりと、ゆるキャラも「あ、知ってる!」がたくさん。

20箇所のブースが出ていたように思うけど、中には「それってどこ?」というブースも。「てんかわ天和の里」と聞いて「何県?」でした。家に帰ってから調べ、奈良県南部、吉野よりもさらに南の地域のことと知りました。同じ関西に住んでいながら、この認識。地名に関しては、鉄道沿線なら全国いくらかわかりますが、鉄道の通っていない場所に感してはトンとダメな僕。「奈良県南部」と小さくでも書いてもらえたら、「あぁ、天川村の」と気付けたかもしれません。ザンネン。

グッズや特産品など物販に徹するブース、不特定多数の人集めに徹するブース、興味あって近寄る人をターゲットにするブース、どっちつかずのブース。僕もあっち側が分かるだけに、気になってしまいます。それもまたオモシロいんです。
 
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せっかくなので、いろんな航空会社のブースもくまなく回りました。大手は、こういったTwitterやInstagram連動の企画が多いですね。

ユナイテッド航空の尾翼マークって、昔は「U」でしたよね。いつから今のマークに?と思ったら、コンチネンタル航空を合併した時に、コンチネンタルのデザインが選ばれたんですね。

ユナイテッドは、まだ一回も乗ったことのない航空会社です。
 
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こちらはデルタ航空。全米ライフル協会会員に対して行ってきた運賃割引制度を廃止した航空会社。デルタは何度か乗っているし、合併したノースウエスト航空はかなりあちこちで乗りました。アメリカン航空もけっこう乗ってます。が、ユナイテッドは一回もチャンスがない。
 
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そして、去年、ホノルルマラソンの往復で乗ったAirAsia。
 
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台湾の高雄までの往復で乗ったScoot。

航空会社のブースで印象的だったのは、韓国のLCCって、今、こんなにたくさん関空に就航してるん?!でした。
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まだ他にもあるかもしれないけど、これだけで十分「こんなに?!」です。日本の地方空港よりも、よっぽど乗り入れ社数も便数も多いような気がします。
 
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ラピートには大阪万博誘致ラッピング。京都で暮らしてますが、隣の大阪が万博を誘致してるなんて、全然話題になってないような気がしますけど…。大阪では盛り上がってるんかな?
 
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「関空戦士 ラピートルジャー」というキャラが。動画も公開されていますが、なかなかの手作り感満載というか、ヤケクソ気味というか。
 
23:11  |  日々の出来事  |  Comment(0)

走り書きの意味するものは?

2018.04.20 (Fri)

年度末にするべき作業を、今頃になってゴソゴソと整理しています。

まずは、昨年度までの講演訪問地MAPを更新。


相変わらず、青森県、千葉県、島根県、佐賀県が未踏県のまま。東北地方、北陸地方も数年間のご無沙汰になっています。続く時は「またまた◎◎県!」という感じで声が掛かるのですが。流れというのがあるのでしょうね。

さてさて、机の上もだいぶん片付けがすすみまして、メモの切れっ端などの整理もすすめています。
そんな中の一つ。
A4版の封筒の裏に走り書き。

・生物界 動かないと…目立たない=生き延びる←→出会いがない
・ハンディキャップ原理(例:ライオン)
・アプリ「コダモン」
・ハダカデバネズミ
・モジホコリ
・知性とは?
・オウムガイ 深海へ逃げる=戦わない→生き残ることを優先
・弱肉強食ではない
・守る?→なにをどうやって?

ネットで検索すると、どうやらNHKで放送された「へんてこ生物アカデミー」(2016年4月1日)をみながらのメモらしいことが判明。とはいえ、一番下の「守る?→なにをどうやって?」は意味不明。他の番組のメモか?それとも、飛躍した感想か?

いずれにしても、このメモは、「競争しない」「戦わない」「生き延びる」「支配しない」「支配されない」という、アンチ・マッチョ・イズムにあふれています。海洋生物が全盛期の時代、水際という辺境を生きるものから、肺呼吸や足といった、次の時代を開く革新ともいえる進化が起こるなど、生物界にはいろんなヒントがあります。

デバハダカネズミについての記事
モジホコリについての記事

この世は、まだまだ知らないことがたくさんあるし、行ったことのない場所の方が圧倒的に多い。まだまだ当分楽しめそう。
ただ、紙切れ一つだけでもこんなにいろいろ出てくるので、メモの片付けだけはなかなか終わらない。
 
19:51  |  日々の出来事  |  Comment(0)

さっそく問題を解いてみる

2018.04.14 (Sat)

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Amazonで注文した「Focus Gold 4th Edition 数学I+A」が昨晩届いたので、今朝、さっそく第1章 数と式の1.整式の計算・因数分解の項に取り掛かってみた。

「多項式」「定数項」という用語を思い出すのがなかなか難しい。「同類項」は日常用語にも出てくるのでまだしも、「降べきの順」などという、今日この瞬間まで忘れていた言葉が登場。加奈子に「降べきの順って知ってる?」と聞くと、さすがに「知らんわけないやん」と即答。知ってる知ってないよりも、「降べきの順」を習った15,16歳の頃は僕もあったし、その当時の年齢を今加奈子が過ごしているという、なんだか「降べきの順」という言葉がタイムカプセルの鍵というか、タイムカプセルそのもののような気になった。

「乗法公式(展開公式)」は、二乗まではなんとか付いていけるけど、三乗になると、一度「この公式どおりになるのか?」と自分で展開して「あ、やっぱりなる!」を確認しないと気が収まらない。公式丸覚えでもイイんだけれど、もはや受験とも関係ないし、自分の納得のために問題を解いているわけだから、ここはネチこく気の済むまで時間かけて楽しむ。

それにしても、今日は出足のホンの僅かだけ問題を解いただけ。それなのに、干からびた頭の中が潤った気分。専用のノートも作り、解けるだけ解きまくっていこうと、まさに50歳の再スタートを切ったわけです。

数学は遺伝的影響がまったくない!ということを一昨日知って(この記事)思ったのは、遺伝的影響(生まれ)ではないとすると、環境的影響(育ち)で数学の得意不得意が決まる。この年になって、環境をある程度自分で選べるようになっても、まだ不得意で居続けるというのは、なんだか恥ずかしいというか、もったいないような気持ちになったのでした。つまり、自分でなんとかなるのだから、なんとかしよう!と。

なによりも心強いのは、「Focus Gold 4th Edition 数学I+A」の著者の一人である竹内英人さんとFacebookのやり取りを通して知り合えたこと。これは強力なご縁。せっかくのご縁なので、頑張ろう!という気にもなったのでした。急ぐことは何一つないので、時間をかけてとにかく続け、数学の解ける楽しさがわかり、苦手や不得意ではなくなればイイなぁと思います。




それはそうと…

本をパラパラめくっていると「数の拡張」というページに目が止まった。
自然数、整数、有理数、無理数。
まぁ、ここまではいい。
この先にあるのが、
「二乗してマイナスになる数」という虚数「i 」。

これだ。

この辺から、数学の「何のことやら????」が始まったのだと思い出した。

 
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伏見・桃山探訪ツアーに参加

2018.04.07 (Sat)

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和子さんの母校である桃山高校の同窓会・設立100周年記念事業のイベント「伏見・桃山探訪ツアー」に和子さんと参加しました。

今回のガイドはNHK「ブラタモリ」の京都編には、準レギュラーと言っていいほど登場する梅林秀行さん。これはおもしろくないはずがない!ということでエントリー。

8:45区役所東口集合に合わせて、8:30に家を出たのに、半分以上行ったところで参加証を忘れているのに気が付きダッシュで引き返す。結局、8:46に集合場所到着。これから3時間半のウォーキングツアーをするのに、十分すぎるほどの準備運動。

ツアーは伏見区役所をスタートして、まずは伏見城下町から湧き出る水を溜める「ヨドミ」であった板橋小学、伏見中、万代スーパー、ハッピーテラダのある区画へ。「近代化は、近世の端っこから進む」という梅林さんのお話。中世近世の建物が残る場所では、大きな工場や公共施設は建てられない。そこで、近世までヨドミだった場所を埋め立てて、作られたのが学校であり、旧紀伊郡伏見町から伏見市になる役場が置かれたと。

そこから丹波橋を渡り、町人街へ。新町通、両替町通、京町通が今回のツアー第1部。
 
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「ブラタモリ」でも取り上げられた、不自然にも見える直線の道。「直線を見たら秀吉と思え」というタモリさんの言葉にもある、まさにその直線道路。

今でこそ、大手筋界隈や中書島寄りの京橋の方が栄えていますが、これは城下町として栄えるはずだった伏見の町が、豊臣支配が終わり徳川の時代になり、秀吉の作った外堀を運河として利用した港町として姿を変えたため、中心地が城下から運河沿いに移ったため。

ツアー第2部は京阪・近鉄線という桃山断層の上に広がる武家屋敷街。途中、町家とそうじゃない家の差、言い換えれば「町家はなにをもって町家というか?」など、なるほど解説も。

そして、桃山高校前では、御香宮前にある「黒田節発祥の地」の標を、リアル発祥地に移すべき!という梅林さんの力説。「ズバリ!この場所!」と指されたのは、桃山高校のすぐ近く。敷地の広い福島正則邸とはいえ、母里太兵衛の身分の者が通されるたのは台所の一室。当時の大名屋敷は建築フォーマットが決まっていたため、そこから導き出されたのが「この場所!」。

福岡の黒田家家臣が、尾張の家へ使いに行き、話の成り行きで酒をたらふく飲んで槍を手に入れて帰る。これは、全国の大名がこの地域に密集して住んでいたからできた逸話。この事実一つをとってみても、それまで誰もなしえなかった、天下統一を果たした秀吉の成せるワザであると言えます。

秀吉の時代には、諸大名が暮らしていた武家屋敷街も、江戸時代には武家屋敷はなくなり、見渡す限りの果樹園(桃畑?)に。戦後、住宅地として開発される時、再び地名としてかつての諸大名の名前が使われることになった。ずっと昔からこの地名ではなかったということも知りました。

ちなみに、「御香宮表門はもともと伏見城大手門」と御香宮のサイトにも紹介されているが、梅林さん曰く「これはどこかの大名屋敷の表門。大手門の建築様式とはまったく違うので、見る人が見れば間違いであることは明白」とバッサリ。なるほど、Googleで「大手門」と画像検索すると、御香宮表門とはまるで違う様式ばかり。

武家屋敷街からいよいよ伏見城へというところにある、かなりの段差。意図して作られた切岸であり、大坂城の構造から出曲輪であろうと推測。桃山町下野という地名から、「下野丸(仮称)」があったのではないか?ということで、今後の発掘に期待を寄せているというお話。

そしていよいよ第3部の伏見城。
 
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なんと言うことでしょう。普段、僕がランニングコースにしているこの場所は、伏見城の「西大手口」ともいえる門の南にある治部池のさらに南にある空堀跡地でした。

そして写っている岩は、桃山城の石垣。石垣の多くは、例えば平安神宮を作る際に持ち出されたりしたそうですが、このようにいくつかは残されています。この辺りは、地質上粘土質の土が多く、このような岩石がある山ではない。したがって、岩石はどこかから運ばれてきた物である。この辺りで岩石が運ばれる先は伏見城しかない。普段、なんにも考えずにここを行ったり来たりしていましたが、ここにも歴史的遺構があったんですね。
 
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ツアーは最終地点、北堀公園へ。伏見城の、まさに名前どおりの北堀。東山の尾根沿いに移動してくるであろう敵を迎え撃つための堀。「ブラタモリ」でも、秀吉の土木マニアっぷりが紹介されていました。

その北堀は、南側を20メートルの石垣が囲んでいるのですが、秀吉の時代は20mを一気に積み上げる技術がまだない。途中で踊り場のようなテラスを設け、二段重ねのような構造に。そのテラスこそが今の北堀公園遊歩道で、僕がランニングで走っている一周1.1kmコースの南面。秀吉の時代の名残を走っていたとは。ありがたやありがたや。
 
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最後に、夫婦で梅林さんを挟んで記念撮影。どんなジャンルでも、深掘りマニアの話は本当にオモシロイ。いくらでも話を聞いていたいです。3時間半のツアーでしたが、アッという間でした。
 
19:16  |  日々の出来事  |  Comment(0)
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