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髪切りました

2019.01.18 (Fri)

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今年は、髪を切る間隔が開き気味で、ロン毛の時期が長め。これから店に入るゾ!という直前のビフォー状態。
 
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そしてアフター。これで、いつまでもたせることができるんでしょうか?

それにしても、背景がずいぶん変わりましたね。
 
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以前は、こんな感じで、右の空き地にはお寺があったんです。お寺が更地になることもあるんですね。去年だったか、一昨年だったか、久しぶりにカットしにいったら「あれ~ぇ?!」でした。なんかホテルが建つらしいですけどね。こんな感じでバブルの頃の地上げ後みたいな更地が三条近辺にはボチボチできています。実は、町家もものすごい勢いで取り壊されているんです。

ちなみに、去年もこの時期にカット&カラーにきてました(これ)。

 
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正月からの備考録

2019.01.16 (Wed)

平成最後の正月の記録。年々アッという間にやってくる正月。正月の話をしても、去年だったか一昨年だったか、かなり怪しくなってきたので、2019年の正月記録。

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例年通り、おせち料理は「和久」の二段重ね。そして届いた大晦日から食べ始めるのも例年通り。そして、おせちのアテは紅白歌合戦。とくに加奈子は紅白マニア的に見てました。僕は一度退避。加奈子から「布袋寅泰が出るよぉ」とお呼び出し。そして、そのまま新年。

ちなみに、おせちと一緒に飲んだのは、壱岐出身の教え子からもらった「壱岐の島」と「獺祭」。「壱岐の島」はロックで飲むとシックリ。ソーダ割りでもOKでした。ところが、「獺祭」の方は口に合わず。残念。

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年が明けて正月。あ、ここからが2019年の正月記録になりますね。

朝は、お馴染みのあん餅雑煮。日頃から香川愛に燃えているわけではないけど、なぜか雑煮はコレが一番シックリきます。「これぞ正月!」です。あんこの入っていない餅だと、「ハレ」感がないんですよね。それは普通の餅入り味噌汁やん!な感じです(普段、味噌汁に餅を入れないけど)。

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そういえば、「チコちゃんに叱られる!」でも、特徴的な雑煮として、第2位に香川県のあん餅雑煮があがってましたね。でも、これって香川全土で食べられているわけではないみたいなんですけどね。

2日は和子さんの母親宅へ。昨年夏に義父がなくなったので、チョット寂しい新年の挨拶になりました。

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そして、5日からは僕の両親宅へ。8時半に出発!と入ってたもののズルズルとスタートが遅れ、9時スタート。太陽の塔を9:35に通過し、西宮名塩で一回目の休憩。

明石海峡大橋は10時半に通過。淡路SAで二回目の休憩。ドライバー交替で、ここから津田SAまでは僕の運転。

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ランチスポットである、「ふる里うどん」に12:38に到着。帰省の度に寄る「ふる里うどん」。今回は奇跡的にテーブル席が空いていたので座れたけど、後から来たお客さんは立ち待ちでした。

「カレーしっぽくうどん」「しっぽく酒かす」「山菜うどん」「かしわ天」「おでん(ちくわ、牛すじ)」をオーダー。なかなか麺にたどり着けない具だくさん。満腹です。そして会計時に気付く、「丸亀製麺」にはないコスパ。うどん県おそるべし。

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「ふる里うどん」を出て両親宅へ行くと無人…。携帯電話に電話するも出ず。「おそらく…」と祖母のいる介護月有料老人ホームへ行くと、見慣れた自転車がある。チャンと待ち合わせ場所を確認しなかったためのすれ違い。距離的に近い場所だったから良かったモノの。

103歳の祖母は、この日は冬眠期だったようで、声をかけても夢うつつのようでした。かなり耳が遠くなったみたいで、会話はなかなか伝わらない。ところが目はしっかりしていて、筆談だと伝わる。視覚って大事よね。液晶画面ばっかり見ている自分たちは、あの年にあの視力が残ってるんだろうか?とちょっと不安だ。

ホームから両親宅へ。僕は頼まれていたパソコンの調整などなど。いつの間にかWindows10のPCになっていました。僕もWindows10は今ひとつよくわかってない。dマガジンで読めるパソコン雑誌を眺めて、なんとか「こんなコトもできるらしい」という程度。ま、できるコトがわかっていれば、あとは探すだけなんだけどね。なにができるのかわからずに使うのはタイヘンだと思う。とにかくアレコレ触って、「おおお!こんな機能も!」というのもアリなんだけど、とにかく「触ると壊れる」という、高度経済成長期前中期における日本製家電の亡霊に取り憑かれているので、それもなかなかハードルが高そう。帰省の時に、直すのがせいぜい。短時間ではなかなか難しいけどね。

大手メーカーのPCのせいなのか、一筋縄ではいかない設定のあれこれ。余分なモノも相変わらずいっぱい入っていてヤレヤレと思うけど、近所の電気屋のフォローを受けるには、通販系ではダメらしい。

ついでに無線LANに切り替わっていたので、さっそく僕たちのスマホをWi-Fiに切り替え。これはデータ量の節約になって良きこと。

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夕方、ホテルへチェックイン。そのホテルのすぐ横にあるトキワ新町へ。

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前回、フラッと立ち寄った感じがよかった「しるの店 おふくろ」。今回は、3人ギリギリで座れました。といっても、けっこう客が回転している店なので、チョット待てば座れるけど、店のあちこちで新年会っぽい感じでした。僕たちは、中年の入口にいりような男性2人と相席。とくに絡むこともなく、一通り食べていたら、「ふる里うどん」の店主(高校時代の同級生)から、「家族で行くならここもエエで」と紹介のメッセージが入る。

せっかくなので、その店へ行ってみることに。地図で見るとココなんだが…入口がわからん。「入口がわからんぞ」と送ると、「壁全体が扉」返事。

壁全体?

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これか!

扉が、1階だけでなく、2階まで繋がってる。

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子連れでBARです。「タビ式」。チャンと個室に通してもらえました。

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女子高生と一緒でも、ジブリネタがあれば、「早く来ないかな」と楽しんでもらえました。

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キター!カルシファーの顔は鉄板になかったけどね。

メニューに値段が書かれてなくて、ちょっと心配になったけど、普通の値段でした。

翌朝は、朝風呂に入った後、スターバックス高松丸亀町フェスタ店で朝ご飯。そして、イザ出発…その前に、前日調整したPCが調子悪いと親から連絡。シャーナイので、再度両親宅を訪問。やっぱりメーカー系のプログラムがジャマしていました。サスペンドからの復帰がちゃんとできないなんて、なんてコッタイですわ。

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そして、今回の帰省の加奈子ミッション。それは文房具の買い付け。一軒目は文具生活リトルノ 高松本店

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続いて、文具マイスターパピア。前回、なにげなく前を通って、郊外型文具店があるのに驚き、「とりあえず入ってみよう」と入ったら大当たりだったので、今回も寄ってみようと調べたら、文具生活という店もあるのがわかり、2軒はしごに。

京都には、この手の店がないんよね。あるんだけど知らないだけかも。とにかく入ったことはない。

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そして、今年2日目の「ふる里うどん」。こんどは肉うどん、月見うどん、かしわ天、揚げ餅、あんちく天。やっぱり満腹。

で、イザ!京都へ。と出発してしばらくすると、僕のお腹がグルグル。めったにないけどたまに来る急激な便意。しかも大。高速道路の入り口近くまでくるも、途中、どこにも店もなければ公共施設もない。つまりトイレができそうな場所が無い。かくなるうえは野ぐそ?だけど、中途半端に家がポツポツとあるし、第一、冬なので草が低くてどこでしゃがんでも丸見え。ん~困った、とはいえ、もはや一刻の猶予もならぬ!簡易公衆トイレのようなモノがあったので、ダメもとで入ってみた。世の中には、たくさん切羽詰まった人がいたのね?という光景。その中の一人に仲間入りさせてもらいました。いやぁ~中途半端な田舎ってタイヘンよね。

出すもの出したらスッキリ。「その後」のない単発でよかった。

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帰りの明石海峡大橋。帰りは、新名神高速道路を通ることに。

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やってきました宝塚北SA。設定では178cmのオスカルのはずだけど、やや小柄なオスカル様が販売に奮闘されておりました。思わず、カレーセットを買ってしまいました。「アンドレはいずこ?」「アンドレはフランスに残って仕込み中」だそうです。

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後日、「ベルサイユのばらカレー」と「ブラック・ジャック黒カレー」を食べました。どちらもなかなかなお値段に負けない美味しさでした。

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宝塚北SAにきていたチーズハットグのキッチンカー。試しに買ってみたけど、思ったほどチーズが伸びず。

それにしても、宝塚北。福知山線の武田尾駅近くなのね?どおりで寒いわけだわ。チーズハットグを食べ終わって、最後のセクションへ。新名神高速道路から名神高速道路まで、まったく渋滞なしで順調でした。今回の高松往復。とにかく渋滞らしい渋滞がなく、本当に移動はスムーズでした。

22:58  |  日々の出来事  |  Comment(0)

ロウバイが咲き始めた

2019.01.10 (Thu)

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別宅の玄関脇に植えているロウバイが咲き始めました。

朝のニュースで「ロウバイが咲き始め…」というのが聞こえ、ハッと気が付き、午後、別宅へ。

案の定、玄関にはロウバイの落ち葉。年末、様子を見に行った時には、小さなつぼみが付いていたんだけど、その時も、そして今日も枝には葉っぱが残ったまま。葉を触ると、ポロポロと落ちる状態。すでに落ちた葉だけでもけっこうな量なのに、これからまだ落ちる葉もけっこうな量。この際なので、全部葉を落として、スッキリさせることに。

裏庭でもいろんな木のつぼみが付き始めてました。なにはともあれ、今のうちに枯葉と枯れ草の掃除。本宅にはナンテンくらいしかないのに、別宅にはなんやかんやと植わっているので、その手入れが増えました。とはいえ、贅沢な作業です。

別宅を借り始めて7ヶ月経ちました。この先、雪なんかが積もったらどうなるんでしょ?あの家は。

 
22:52  |  家事・子育て  |  Comment(0)

観戦という授業はどうでしょ?

2019.01.09 (Wed)

(「授業の「持久走」って意味あるのか?」からの続き)

体育教師というのは、タイヘンな職業だと思います。

例えば、自分は陸上部で短距離をしてきた。走るのが楽しい!元気になれる!生き甲斐だ!素晴らしい!若者にも伝えたい!指導したい!という意欲満々で教師になります。ところが、授業では陸上(短距離走)だけを担当するわけではないです。砲丸投げや走り高跳びも教えないといけないし、陸上とは違う競技、例えば体操なら体操の楽しい!を伝えないといけないし、水泳、サッカー、柔道、剣道、相撲、バスケットボール、バレーボール、卓球、ダンス、テニス…あらゆる競技に興味関心をもって、しかも伝えられるだけの楽しさを見出し、自分の中で落とし込み、それを効果的に伝えるという、役割が求められます。スポーツキャスターなみの知識と追求力が必要です。タイヘンだ。

一つ、提案するなら、

「観戦」という単元を作ってはどうか?

ということです。

ランニング嫌いは多くても、マラソンや駅伝の中継を見るのが好きという人は多いです。興味もって観ることを育てるのも、大切な要素だと思います。音楽の授業に、楽器演奏や歌唱という実演以外に、鑑賞があるようにです。観戦を加えると、ゴルフやモータースポーツ、ボクシング、レスリング、フェンシング、アーチェリー、射撃、ヨットなども扱えます。

オリンピックを控える国としては、観戦技術をあげるというのも大切な要素だと思います。テレビ中継の中には、常に「初めて観戦する人」を想定した説明や解説があり、見慣れた人には鬱陶しいこともあります。例えば、「アメリカンフットボールは、4回の攻撃で10yard進め…」という説明を必要とする人が見ているケースはあまり多くないと思います。ルール説明がなくても、観ているうちにルールが理解できるのは、次々と新しい競技を観戦することで磨かれる技能です。「わからないから観ない」が防げれば、競技サポート人口が各段に増やせるはずです。

スポーツを通して世界を知るという単元もアリだと思います。世界一ファンの多いスポーツはサッカーですが、二番目に多いのは?日本ではかなりのマイナースポーツです。その競技(クリケット)に詳しくなると、世界のかなりの人達と話題が共有できます。その地方でしか行われていない競技もあります。

スポーツは、ときとして代替戦争に置き換えられることもあります。そこで設定されるルールは社会の規範設定と連動します。しょっちゅうルールが変えられる競技には、どういった力学が働くのか?スポーツ政治学、スポーツ社会学、スポーツ心理学…あらゆる興味関心をスポーツを窓口に広げることができます。

体育教師の可能性は無限大です。楽しそう。
 
09:22  |  スポーツ  |  Comment(0)

ランニング嫌いは、持久走の授業が原因では?

2019.01.08 (Tue)

新学期が始まるにあたって、娘が憂鬱そうにしてました。まぁ、新学期前はいつもコレなので「あ、また?」で済ませるつもりでしたが、いちおう「どうした?」と聞くと、「体育で持久走が始まるから」というでないの。今でこそ、日常的にランニングしている僕も、持久走の授業はつまらなかった。運動場のトラックをグルグルするだけって、なにが楽しいんでしょ?と思ってました。

親バカの僕が言うのもなんですけど、娘は夏まで山岳部に所属していて、唯一の女子部員ながら男子のペースにもなんとか付いていける持久力はあるはず。この夏は、一日で、北岳山荘キャンプ場から北岳(日本で二番目に高い山)アタックした後、間ノ岳、農鳥岳を越え、大門沢下降点から奈良田キャンプ場まで縦走したらしいから(山好きに聞いても「そらヘンタイ、いやタイヘンや!」という行程らしい)、そうとう頑張れる持久力はあるはず。

にもかかわらず、持久走の授業が憂鬱だと。

まず押さえたいのは、いわゆる一般的な持久力と、持久走の授業でいう持久力とは、別モノらしい点。

持久走の授業の内容を聞くと、どうやら陸上競技の中距離走をさせているらしい。20分走という距離固定でペースは自由というのもあったり、距離は3000mときには5000mという回もあるらしい。この3000~5000mは、運動部の生徒達でもなかなかシンドイ距離だと思います。運動部といっても、格闘技系や持久系ときどき瞬発系ではなく、常時瞬発&持久系競技の人達にはマッチする内容だと思いますが…あれ?もしかして、この系統って陸上の中距離しか存在しないんじゃ?あ、スケートがありましたね。あれはほぼ陸上と同じでしょうね。

持久走といえばマラソン!ですが、笹川スポーツ財団の調査によると、

「『年1回以上ジョギングやランニングをする』と答えた20歳以上の割合は、2006年の5.9%(推計人口606万人)から右肩上がりで、2012年に過去最高の9.7%(同1009万人)を記録。だが2014年は9.5%(同986万人)、2016年は8.6%(同893万人)に落ち込んだ。」

という(参考記事)。もっとも、この記事の「年1回以上走る」には、地域や会社や子どもの運動会で走るのも含まれるので、「10人に1人」という予想外に多いランナー人口に。

「週2回以上の人」についても推計している。「こちらもピークは2012年の385万人で、2014年は374万人、2016年は364万人と減っている」(参考記事)。

週2回以上が人口比で約3%(しかも都市部に偏在)。100人に3人がランニング愛好者とみてよいでしょう。僕の周囲には比較的たくさんいますが、それでも1クラス(町内会?)換算すると、せいぜい0~1人程度。逆に、「ランニング?キライ!」「なんで金払ってまで走るの?アホとちゃう?」という人が大半。元運動部の人達ですら、キライ!と言う人が多い。その

ランニング嫌いは、
「持久走」の授業が原因では?


というのが、僕の仮説。

結論から言うと、陸上中距離走的な持久走の授業内容だと、「二度と走るか!」という気持ちになって当たり前。トラックをグルグルグルグル回って、ヒィヒィゼェゼェ走って、「これ!楽しい!」「持久走の時間が楽しみ」というのは、マラソン愛好者よりもさらに少ない「どヘンタイ」であると断言します(おそらく当人達も認めるはず。それくらい過酷ですし)。

体育授業における持久走の概念と指導方法に関する検討(PDF)」というレポートを読むと、体育授業における持久走の指導方法には大きく二つに分類できるとある。一つは、「陸上としての持久走」概念をもつ実践。もう一つは、長く走ることそのものの楽しさを重視した実践。

体育=「体を育てる」という科目名に合う生徒が多いのは、上の2つの実践のどちらかは明白。体育授業における持久走単元で、陸上中距離走的な内容を課すというのは、ごく限られた適性を持つ生徒に向けた「エリート教育」であり、残り大多数の生徒には不要な負荷と言っていいでしょう。


ここからは、「体を育てる」ための持久走授業を妄想してみます。

スポーツ、とくに陸上競技というのは、幸いなことに成果を数値化しやすい種目です。ところが、これが「陸上としての持久走」になると、たんなるタイムトライアルになります。学校代表の駅伝選手選抜なら、それでも意味があるでしょうけど、それなら、希望者のみの参加にすべきです。

数値で「体が育つ」ことを認識できるメリットを活かし、しかも全員が主体性をもって参加できる授業法ができるはずです。例えば、陸上競技会で優勝したい生徒と、肥満を克服したい、運動不足を解消したい生徒が同じメニューでは、これは「体を育てる」科目に意味がない。

まずは、エリートだけではなく半数以上の生徒に伝わる「走るメリット」を教える。そのメリットに対して、今の自分が取り組みたい(自分に必要な)メニューを考えさせる。

例えば、「速く走れるようになるのが楽しい」という人には、陸上競技的なトレーニングとタイムアタックなど、従来の持久走授業でいいと思います。

「健康管理やダイエット」「体型維持&管理」「持久筋強化」を求めるのなら、生物や保健の授業内容とも連動させ、栄養吸収や脂肪燃焼、心肺機能、循環系、筋肉組成などもあわせて組み立てさせる。

「走ることで人と仲良くなる」ことを求める生徒もいるだろう。そういう生徒には、どこをどうやってどう走れば人と人とが繋がるか?という観点が求められるはず(マーケティング的?)。

「受験勉強のリフレッシュ」を求める生徒には、どう走ればリフレッシュできるか?気持ちいいか?という自分を掘り下げる視点が求められるはず。

「走り終わった後のビールが…」という生徒はいないはずですが、「ご飯が美味しくなる」というのもありですね。どのくらい走って腹を減らすのが一番ご飯が美味くなるか?美味い不味いという主観的な値を、いかに客観的に分析するか?これも調査法の一つです。

実際に、いろんな方法でいろんな距離、いろんなコース、いろんなペースで走らせてみる。
→効果はあったか?
→上手くいかなかったのはなぜか?より効果的にするにはどうしたらよいか?
→よりよい結果を導くためのメニューを再設定
→再び実践
→結果と検証
→メニューの再設定

体育の授業で、自分を実験台にPDCAサイクルが体験できるわけです。どんなにユックリでも短い距離でも、とにかく走ることだけを必須にして、あとは自由。たくさん走ればイイや、速く走ればイイというのではなく、いかに自分で目標を作り、追求できたかを評価基準にする授業はどうかと思います。

「こんなことをしても、サボる生徒はサボる」と言われそうだけど、意味もなく高負荷ランニングを課して、熱中症や貧血、低血糖、足腰のトラブルを負わせるよりは、教師の責任は軽いはず。どうせ、高負荷ランニングを課しても、サボる生徒はサボるモンです。逆に、放っておいても頑張って走る生徒もいます。問題は中間層をどう主体的に参加させるか?です。それ以外の上と下は放っておいてイイんです。



そこで、まず、確認したいことがあるんです。
「チコちゃんに叱られる」じゃないけど、

今こそすべての日本の体育教師に問います。
「あなた長距離走、好きですか?」と。


教師自身が「長距離走るってオモロイ!」と思えないようじゃ、生徒もイヤイヤ走になると思います。まず自分がオモシロイ!と思えないと、意味もなく走らされる感が伝わるだけです。

ボーッと走らせてんじゃねぇよ!

でございます。

(「観戦という授業はどうでしょ?」へ続く)


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YMO「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」

2019.01.08 (Tue)

2019年1月2日に放送された、NHK名盤ドキュメントト「YMO“ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー”」の録画したいたものを、今夜見ました。

僕が小6の1979年に発売されたアルバム。当時の僕は、まったくそのことは知らず、はじめて聞いたのは中学1年になった1980年になってから。聞いた記憶が2回。どっちが先だったかは覚えていないけど、2回ともその時の光景を鮮明に覚えています。

記憶の中の光景から、秋だと思うけど、文化祭だったのか、それともオーストラリアからの交換留学生のレセプションだったか、とにかく僕は中学校の体育館の舞台上で、吹奏楽部員として座っていました。吹奏楽部員でいっぱいのステージ上手にエレクトーンが置いてありました。自分たちがなにを演奏したかはまったく覚えていないけど、僕たちの演奏の後、そのエレクトーンで中3のかなり背が高く、横幅もかなり大きな男子が演奏したのが、「RYDEEN (雷電/ライディーン)」でした。「ソリッド・ステート・サバイバー」の3曲目の名曲。

「なんちゅー格好エエ曲や!」

その男子生徒は、少なくとも吹奏楽部に所属している人ではなく、合唱部でもなさそうで、たぶん柔道部の先輩だったと思います。そんな彼が、左右の手と両足バラバラに、しかもなにやらスイッチ類をイジリながら、そして大汗かきながらエレクトーンを弾いている姿を、後ろから見ながら、ただただ曲も格好イイけど、演奏しているのも格好いい!と思ったのでした。それが一つ目の記憶。

もう一つは弁当時間の記憶。
昼休みの弁当時間。放送部が校内放送を流していたんだけど、ある日流れたのが「RYDEEN (雷電/ライディーン)」。「ソリッド・ステート・サバイバー」の他の曲も流れたのかもしれないけど、覚えているのは「RYDEEN (雷電/ライディーン)」のみ。その曲のイントロが流れ出すと、箸をドラムスティックにして、弁当箱を叩きながら、狂ったように首を振る級友!音楽をスピーカーの前で正座して聴くべしという「音学」として育てられた僕にとって、人をここまで動かす音や楽曲の力!なんて自由な聞き方!これまた衝撃の光景となりました。

参考までにいうと、このヘッドバンギング男は、数年後に、僕がギターを弾いていたハードロックバンドでボーカルをすることになる、石原大造でした。一緒のクラスになったのは、この中1の時だけ。高校も別だったけど、通学路で再会して高2の半年と、大学2年から3年の時に一緒のバンドで活動することになるのでした。

音楽といえば、クラシックの曲がほとんど、他は映画音楽と、たまに爆発的なヒットをしてクラスのみんなが歌って覚えたピンクレディーや、およげたい焼き君程度。今から思えば、本当に偏った音楽を聞いていた僕にとって、「RYDEEN (雷電/ライディーン)」は、はじめて格好イイ曲!と思えた楽曲でした。いい曲はあっても格好イイと思える曲はなかなか巡り会えないモンです。

この曲をきっかけに少しずつクラシック以外の音楽に触れられるようになるのですが、この「RYDEEN (雷電/ライディーン)」を越える衝撃は、その後、中3になるまで巡り会えずでした。なにしろ歌謡番組は見ることを許されず、ラジオも電源をONする権限ナシ(なぜかプロ野球のラジオ中継はたまにOK)。レコードはプレイヤー自体が家になかったし、ミュージックカセットもそれが買える小遣いの金額ではなかったので、ポピュラー音楽の情報が入る余地はほぼゼロ。しかも、音学はジッとして聞かねばならないという、なかなかのストイックな環境でした。ただ、ストイックなだけならまだしも、クラシック音楽以外をバカにしたような親の見解を、世の中そういうものだと思っていたので、自分でもポピュラー音楽を受け入れる必要性を感じてなかったのもありました。

そんな中学1年生の僕が、格好エエ曲!と出会ったのが「RYDEEN (雷電/ライディーン)」。そして、その後、少しずつ聞くことになる「ソリッド・ステート・サバイバー」の各曲。とはいえ、今夜まで4曲目の「CASTALIA (キャスタリア)」がこんなにイイ曲だと知りませんでした。そして「DAY TRIPPER(デイ・トリッパー)」のギターが鮎川誠だったというのも今日知りました。ツアーにはずっと渡辺香津美がサポートしていたので、この曲もてっきり。それにしても、ずいぶん泥臭いロックなフレーズ弾くなぁと思っていたんだけど、鮎川誠なら納得です。

番組ではDENONのカートリッジが映ってました。レコードプレイヤーが家になかったし、高校時代はラジカセ暮らし。大学時代にCDの時代になってしまい、レコードとは触れ合う機会がありませんでした。クラシック音楽原理主義だったわりに、音質にはまったく無頓着だった親は、「良いプレイヤーで聞いたら、違う曲になるんか?」と言われたのを覚えています。僕の中の、欠落体験の一つは、レコードをプレイヤーに乗せて、針を落とす作業なのかもしれません。あのDENONのカートリッジは、その象徴的アイテムと言えましょう。

良きオーディオセットへの憧れは、中高時代ズッとありました。とにかくモノラル再生機しかなくて、ステレオ再生自体が憧れでしたし。音が鮮明になることが、うるさくなるのと同義になる価値観のもとでは、高校時代にステレオラジカセを買ってもらうのが精一杯。そういや、ウォークマンが登場したのも中学時代。中2の時に発売になったウォークマンⅡのオレンジのヘッドフォンが格好良くて、憧れました。もうレコードプレイヤーやコンポなど夢の機械だったけど、ウォークマンくらいなら買ってもらえるかと親に聞いたら「そんな金はない」と言われたのも覚えています。ウォークマンすら買う金がないのに、ステレオコンポなど無理に決まっているし、ましてや部活で使う楽器(トロンボーン)などとうてい買ってもらえるわけもないと納得した記憶があります。

中3で出会った「RYDEEN (雷電/ライディーン)」を越える格好イイ曲。それはラジオで聞いたイーグルスの「ホテルカリフォルニア」のライブ盤のギターソロ。その数ヶ月後に聞いたJOURNEYの「Don't Stop Believing」。中2の後半から日曜朝の「不二家歌謡ベストテン」を聞かせてもらえるようになり、ようやく世間のヒット曲を耳にできるように。「ギンギラギンにさりげなく」「風立ちぬ」はこの時の曲。中3の途中で引っ越して、自分の部屋と自分のラジカセが与えられ、FMラジオが聞けるようになり、洋楽も聞けるようになったのでした。「ウルサイ」と言われ、ほとんどヘッドフォンで聴いていましたけど。

ここからギターを買うまでが、これまたさらにキビシイ道のりで…。


「RYDEEN (雷電/ライディーン)」の衝撃の話が、いつの間にやら、音楽環境に関するルサンチマンの吐露に。いろいろ思い出す番組でした。



そういえば、ラジオの電源ON権は、それほど厳格でなかったような記憶もあります。松田聖子の「夢で逢えたら」や伊藤つかさの「星に願いを」を聞いていた記憶があるし。…調べてみたら1981〜1983年頃の番組ですね。やっぱり中1の時はラジオも聞いてなかったようです。

そういえばのついでにもう一つ。「リムスキー=コルサコフ /トロンボーン協奏曲 変ロ長調」の入っていたカセットテープに、伊藤つかさの「星に願いを」を上から録音してしまったことがありました。親からは烈火の如く叱られました。吹奏楽部で自分が担当する楽器の協奏曲が入ったカセット音源。それをミーハーなタレントのラジオで消すとはケシカラン!だったのでしょう。

とはいえ、MY楽器でない学校備品の吹奏楽部員。チューバくらい個人では手が出ない楽器なら学校備品でも問題ないけど、個人で買えてしまう楽器のパートには備品楽器も少ない。中1の間は超年代物で緑青が浮かんだボロボロの備品楽器が割り当てられていました。吹いても吹いても鳴らない楽器とのお付き合いでした。中2以降は運良くほどほどな備品楽器が当たったけど、それは3年の先輩がMY楽器を買ってもらえたから回ってきた楽器。パートの後輩もMY楽器を買ってもらえる人達だったので、僕はそのほどほどを使い続けられたけど、いつボロに回るかわからないし、進学先の高校で備品楽器が当たるとも限らないなか、トロンボーンを続けられるかは運次第。トロンボーン協奏曲の上から伊藤つかさを録音してしまったのは、たんなる失敗だったのかもしれないけど、子どもながらにこの楽器とは長く付き合えないことを悟ったのかもしれません。今から思えば、金もかかるし練習場所にも困る管楽器と距離ができたことで、ヘンな進路を考えずにすんでヨカッタと思いますけどね。これは、あくまでも結果論。

 
00:54  |  音楽  |  Comment(0)

白熱教室

2019.01.03 (Thu)

NHKーBSの「マイケル・サンデルの白熱教室2018」をみました。5回連続の再放送分の中盤2,3,4くらいを見ました。

テーマの設定や議論に取り入れる具体的な現象の選び方、反対意見の掘り下げ方など、毎回ながら上手やなぁと思いながら見ていました。話がチョットわき道へ逸れるのもありなのが良いです。

こういうように、正しいか?正しくないか?ではなく、自分の考えと違う考えに接することで、より考えを深めていくことこそ、教育だと思いたいです。

ある人が「教育は洗脳だ」と言いました。正しいか?正しくないか?や敵か?味方か?を伝えるだけなら、それは正解かもしれません。

いずれにしても、意見の違いと人格攻撃が直結しないという、討論のルールが成立する環境の中で、自由闊達な議論が進められるというのは、見ているだけで (たとえそれがファンタジーだとしても) 気持ちのいいものです。それを番組としてみているだけでも、自分の視野が少し広がった気になれるところも良いです。

日本の討論番組だとなかなかこういう形にならないし、なんだか勝つか負けるかの議論になってしまい、考えが変わることや深まることをゴールにできないような気がします。どこかで、「みんな一緒であって欲しい」と思っているからなんでしょうか?

家族をはじめとする組織での話し合いも、主張し合うだけの主張勝負になってしまいがち。お互いのイイところ取りができるコミュニケーションが訓練できる機会…ないものでしょうか?ケンカの仲裁みたいなのは、その機会だったんでしょうかね?

違いを尊重することも大切だけど、まずは同じ部分(例えば、仲良く暮らしたいなどの価値観←仲良くってどういう状態?の確認も含めて)を確認してから、そこに向かうにはどうしたらと構成すると、ちょっとは話も前に進むんでしょうか?

いずれにしても、世界情勢をはじめ、話し合いが成立するという機会すら珍しくなっているような気がする昨今。せめて身近な人とは話し合って解決できると信じたいものです。

 
18:34  |  日々の出来事  |  Comment(0)

2019年の目標

2019.01.01 (Tue)

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2019年の目標。

今ある連載原稿を一回でも長く続けること。

引き続き大きなケガや病気のない一年にすること。

人生の終盤に備えて再教育投資(専門領域、教養領域、言語領域)すること。

講演訪問都道府県で残った2県、青森県と島根県で講演すること。

 
09:00  |  日々の出来事  |  Comment(0)

2018年ありがとうございました

2018.12.31 (Mon)

今年も残すところあと1時間弱。残り少ない時間だけど、いちおう一年のまとめをしておこうと思い立ち、今年の出来事いろいろを思い出しました。

6月から別宅「村上サロン」を借り始めました。まさか、自宅があるのに、さらにもう一軒、家をもつとは思いませんでした。これも人のご縁のおかげです。6月の地震も、9月の台風21号もなんとか乗り越えました。昭和初期の家屋から学ぶことも多く、東京新聞での家事連載のネタとして、たくさん使いました。家賃分のモトは取らねば!という意識も働いてます。

その新聞連載ですが、東京新聞に加えて、7月からは日経新聞の土曜版「日経プラス1」での連載も始まりました。紙面まるまる一面を文章、写真、構成などかなりいろいろ関わっての連載です。7月から5回掲載されて、やっとペース感覚がつかめてきた感じです。この先の題材など、課題は多いですが、一回でも長く続けられるように頑張ります。

3月のアナハイム→ロックフォートツアー。2/19~2/28でカリフォルニア州のアナハイムとイリノイ州ロックフォードへ行きました。アナハイムでの一軒家を借りての滞在と、ロックフォードでのホームステイ。この間、ずっとボブさんと一緒だったので、たくさん英語を話したり聞くいい機会になりました。アメリカンライフをほんの少し経験できました。アメリカで暮らすかどうかはともかく、久しぶりに英語ドップリの時間に「せめて英語くらいで、伝えたいことが伝えられないと、他の言語などとうてい無理やな」と思えるように。

6月に義父が亡くなりました。なんだか、新年にもまた会えるような気がしているんですけど、もうこの世にはいないんだな…と改めて感じています。テレビ好きな義父だったので、今ごろ、あの世で年末のスペシャル番組を10台くらいテレビを並べて見てるに違いないです。

佐賀県での講演が11月にありました。これで、47都道府県の中で、講演での未踏地は青森県、島根県、千葉県の3県に。千葉県は2019年1月20日に千葉市での講演が決まっています。大きな災害や事件や事故がない限り実現すると思います。従って、残りは青森県と島根県の2県のみ。この2県はプライベートでも訪れたことのない県。2019年中に是非、訪れたいと願っています。

そして今月末。大学院修士時代に借りていた奨学金の返済が終わりました。肩の荷が下りてホッとした年末を過ごしています。借りるの一瞬、返すの延々。こんなに長くかかるとは思ってませんでした。でも、借りたのは無駄じゃなかったと思えています。

7月末にラフティング初体験しました。それも流れが激しくて有名な吉野川でデビュー。やったことないことを体験できるというのは、年々難しくなるのかもしれないけど、それでも、まだそれができるというのはうれしいモンです。誘って、連れて行ってくれた岡山さんに感謝。


50歳を過ぎ、いつの間にか51歳!年々時間が過ぎるのが早く感じるようになりました。
大晦日の紅白をちょっと酔っ払いながら見ながら、

ボーッと過ごしてんじゃネェよ!

とチコちゃんに叱られそうな気がしてます。日々同じことの繰り返しのように見えても、毎回全然違う瞬間を感じられるよう、ライブな時間を大切にしていきたいです。2019年の抱負も、今年の初頭と同様、なにもありません。ただ、一日一日、当たり前ではなく有り難いこととして、大事に暮らしていくのみです。

2019年もよろしくお願いいたします。

 
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奨学金の返済終了

2018.12.28 (Fri)

昨日(12月27日)、口座から179,646円が引き落とされていました。
毎年、この時期に引き落とされる179,641円よりも、
今年は5円多い最終回スペシャル額でした。

そして、これをもって、僕の奨学金返済は終了となりました。
バンザイ!万歳!バンザーイ!!

今の講演と執筆という仕事をしていると、収入は多い年もあるけど、少ない年もあるので、年末が近づき、「今年は大丈夫かなぁ?」と不安になった年も何度か経験。

脱サラして大学院に進学した、修士課程の2年間だけ奨学金を受け取ったのですが、その返済には、ずいぶん長くかかった気がします。

たった2年分でもこの返済負担感。
奨学金という名前は付いているけど、借金は借金。債務を負って社会人になるというのは、僕のような脱サラ組はともかく、これから社会に出て行く若者には、とてつもない重荷なのは間違いないことだと思います。できることなら、借金なしで勉強や研究ができる環境があれば…と思います。

僕が無事に全額返済できたのは、ただただ運が良かったからだと思います。大きなケガや病気にもならず、家族も元気で、親も介護や経済的な心配がなく、そして、途切れることなく仕事の機会も与えてもらえ、本当に恵まれていたと思います。

一時は「自分の人生どこまで落ちるんやろ?」という時期もありましたが、そこから這い上がれるキッカケの一つが奨学金だったかもしれません。少なくとも金銭的には余裕をもって、研究領域とは少し関係が薄い領域の本を買ったり、研究会や交流会に出られました。そのおかげで、修士課程から博士課程に進学して研究対象が変わっても、さらには研究から退いた後の、今の仕事の理論的な基盤を形成することができたのだと思います。

とにかく、返済が終わって一段落。ここらで祝杯でも挙げたいところだけど、明日、締切の連載原稿があるので、それまではお預けです。

 
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