11月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫01月

49歳になりました

2016.12.07 (Wed)

2016120701.jpg
とうとう40代最後の年に突入しました。
来年の今頃には、
うわぁ〜50歳やぁ!!と言ってるんでしょうか?

今朝は、血管迷走神経失神以来、はじめて走りました。
6kmでしたが、ボチボチのペースで走れました。

普通にご飯食べて、普通に仕事して、
今日は原稿のチェックが2本と、講演チラシのチェック、
新規事業のプランニング。

2016120702.jpg
今年も、加奈子から誕生日メッセージもらいました。
最後に
「パパの娘でよかったよ♪
 この家であと何年かよろしくね♡」
と。
本当に「あと何年か」ですね。
貴重な時間。

 
23:49  |  日々の出来事  |  Comment(0)

太宰府市へ行ってきました

2016.12.04 (Sun)

講演で太宰府市へ行ってきました。太宰府といえば太宰府天満宮。中3受験生の娘の親としては、この時期に太宰府市からお声がかかったというのは、もう学問の神様からお声がかかったというのと同義。この冬の受験は安泰?ただし太宰府天満宮にお参りすれば…か?と。

2016120303.jpg
博多駅で新幹線から在来線に乗り換えると、ホームにはいかにもJR九州らしい車両がイッパイ。鉄道好きにはたまらん場所です。ただ、このところ小倉駅の利用が多かったせいか、小倉駅と頭が混同して「え〜っと、在来線乗換ってこっちで良かったっけ?」でした。

2016120304.jpg
太宰府市へは二日市駅まで行き、そこからは市役所の車で会場へ。その二日市までは、普通の電車でも行けるけど、講師派遣会社から渡されたチケットは「特急ゆふ」!ありがたいじゃありませんか!JR四国でも数が少なくなってきたキハ185系。

先頭車両はキハ185-10。

2016120305.jpg
載って気が付いたんだけど、座席裏には「TRANS-KYUSHU LIMITED EXPRESS」の文字。これって九州横断特急の車両?

2016120306.jpg
1号車指定席から二日市駅。ずっとここにいてもヨカッタ。でも、このデッキと客席の間が透明ガラスなので、ずっと立ってると目障りだっただろうな。

2016120307.jpg
降りて改めて顔をみると、やっぱりキハ185-10。これって元JR四国の車両じゃないの!こんなところで再会するとは。

2016120308.jpg
後ろの車両も確認すると、1両目のみ九州横断特急の車両で、うしろ3両は「YUFU」のマーク入りでした。

2016120309.jpg
太宰府天満宮のJR最寄り駅だけあって(一番近いのは西鉄太宰府駅)、駅にはこんな絵馬も。「合格祈願」とあれば、どれも御利益ありそうでとりあえず撮る。

駅名標が特徴あったのに下調べ不十分で撮れず。

2016120310.jpg
駅舎も太宰府天満宮を意識した作り。

2016120311.jpg
講演後は、友人の宮原さんに太宰府天満宮を案内してもらいました。まずはスターバックス太宰府天満宮表参道店。隈研吾のデザインですね。そういえば新国立競技場もあの人のデザインでしたっけ?

2016120312.jpg
太宰府にもいました御神牛。北野天満宮のお牛さんと違ってみんなが撫でるからか金ピカピン。男前な牛さまでした。

2016120313.jpg
お参りした後、娘のお守り買いました。こんな時期に太宰府で仕事があるとはホンマにラッキーです。3年後にもう一度、来ることができたらウレシイです。

2016120314.jpg
太宰府天満宮から「パラダイス臭」のする土産物屋やら食堂を抜けると「だざいふ遊園地」が。なんとも昭和な雰囲気でタイムスリップしたかのような遊園地。

2016120315.jpg
帰りに参道で売られている「梅ヶ枝餅」を一つ(120円)。これと次の画像は宮原さんのiPhone7plusのモノ。一眼レフで撮ったみたいなボケ味が出てエエ感じです。

2016120316.jpg
彼の地元、雑餉隈(ざっしょのくま)で乾杯。このジョッキ、「とりあえず生中」の「中」の部分が「男気」という「大」よりも大きいジョッキ。店員の話を聞いてると「中」2杯分が「男気」だそうな。「中」2杯よりもお得な「男気」。しかし、「男気」という名前がいかにも!で笑えます。

2016120317.jpg
雑餉隈から南福岡駅まで送ってもらって、そこから快速電車で博多駅まで。帰りは817系。ただしオールロングシートの3000番台という新しい車両。入口近くのつり革が丸く配置されていてオモシロイ。

2016120318.jpg
博多からは新幹線、のぞみ190号。あれ?190号は岡山始発のはずじゃ…ですが、この日は博多発の日。この車両の客は僕一人の貸し切り状態!エクスプレスポイントが溜まっていたので、この機会にグリーン車を利用。長距離区間でモトがとれました。乗客は小倉から一人。少しずつ増えてきたものの、新大阪でも半分くらい。

グリーン車の特典として、有名人に会えるというのがありますが、さすがにこれだけ乗客が少ないとね。と思っていたら、京都駅で民進党の前原議員が僕の降りた乗車口の所にいました。

博多から新大阪間までのパーサーさんが、笑顔ニッコニコの人で、通る度に120点の笑顔を送ってくれ、最後は思わず手まで振ってしまいそうでした。仕事帰りの新幹線で120点の笑顔をもらえると、また次の仕事がんばろう!と思えます。

 
17:13  |  旅行  |  Comment(0)

血管迷走神経失神!

2016.12.02 (Fri)

一昨日(12月2日)の朝のこと。
わたくし血管迷走神経失神を経験しました。

普通に起きて、階段を下りてトイレに入り座った(「小」でも家事予防のために座ってするようになりました)瞬間、急に顔から血の気が引き、全身脂汗。尿意はあったのにでなくなり、仕方なく立ち上がりトイレの扉を開けて一歩踏み出すと、そのままドサーッと。仰向けだったかうつ伏せだったか、倒れた後に身体が流れたのか、なぜか頭はダイニングテーブルの下に。今から思えば、よく頭をモノにぶつけなかったな…と。

和子さんの目の前で、彼女が言うには「フラフラ〜ッと倒れたんで、冗談かと思った」というくらいの、倒れっぷりだったようです。

低血糖で倒れたのかと血糖値測定をするも正常値。血圧も脈も正常値。ただ、手先が異様に温かいくらい。それがしばらくすると、逆にものすごく冷たく。この手先の反応から、自律神経系の問題とは導き出せたモノの、この時点での症状は不明。

ただ、この症状。初めてではなかったのです。10月17日の朝、つまり「助けて!きわめびと」のロケの打ち上げ翌日にも、この血の気が引いてフラフラになる経験をしていました。あの時もしばらく経つと自然に体調が戻っていったので(その間にインタビューを受けていたというのが恐ろしいけど)、とりあえず「戻るまで待つ」ことに。

数十分リビングに寝転がって安静にしていたら、床暖房の温かさに誘発されたのか、血の気が戻ってくる感じに。


いやはや、しかし…倒れた瞬間はどうなることかと思いました。

前日の夜、和子さんの友人夫婦(熊本女とイギリス男)が京都に来るというので、先斗町から祇園のお茶屋へ行きまして、そこでゴキゲンな酒宴時間を過ごしたのでした。舞妓はんと「PPAP」を踊ったのがアカンかったのか?など、いろいろ考えてしまいましたが、とはいえ、たいした酒の量ではなかったし、過労と言うほど働いてもいないし…いったいなにが原因で、なにが起こっていたのか?とハテナマークの午後。

Facebookに「倒れてしまいました」と書き込むと、心配のコメントをたくさんもらった、そんな中、現役救急部門の看護師さんが「血管迷走神経失神でしょうか?」との書き込みが。さっそく調べてみると、書かれている症状はピッタリ。前兆もピッタリ。さすが専門職!症状名がわかると、一気に安心感が涌いてくるモノ。「正体不明の症状」ほど不安なモノはないですから。安心感と同時に調子もグッと良くなり(この辺りは「病は気から」的領域でしょう)翌日の太宰府市での講演準備に取りかかれました。


症状名がわかったので、どのパターンでこれが出るのか?を振り返ってみることに。
10月17日も今回も、前日に酒を飲んでいます。飲んだのは、ビール、焼酎、日本酒。ズッと前の2012年10月の別府出張の時もビール、日本酒とあの時はだいぶん飲みました。その他、似たような症状が出た時もありますが、この3件に共通するパターンは…

思い当たるのが「夕寝」。

前回のロケの後も、打ち上げの集合まで少し時間があったので、夕方に仮眠をしたのでした。別府の時も、講演後に温泉に入った後、少し仮眠をした記憶があります。そして、今回はお昼過ぎに身体がブワーッと弛緩する感覚になり、眠たくて仕方なかったところ、15時頃に加奈子が帰ってくるというので頑張って起きて、16時半頃から30分仮眠したのでした。

午後活動して、夕方仮眠をして、起きて酒を飲み始め、そのまま時間を置かずに寝る。その間の、交感神経と副交感神経の動きを考えると、バランスが崩れて失神に至ったのも納得できます。

飲む前に寝るのは、非常に良くない!
寝起きで飲むのは非常にマズイ!


ということがわかりました。

血管迷走神経失神(血管迷走神経反射)が出た時の対策も載っているサイトがあったので、「出そう」という時の対処行動もわかりました。が、大事なのは、発症してからの対処ではなく予防。

それと、対処行動の一つですが、吐き気が伴う血管迷走神経失神。ところが、朝、それが起こった時に吐いてしまうと、出てくるのはたいてい胃液のみ(二日酔いの時は別ですが)。これがますます自律神経の不調を起こしてしまう悪循環に。ムカムカするけど、それはいわゆる嘔吐とは別の吐き気であることに気付けるかどうかも大切だと認識。僕は飲んだ後に症状が出るので、二日酔いと間違いそうだけど、あの血の気の引き具合は二日酔いよりもヒドイので、なんとか判別できそうです。


今回の血管迷走神経失神で、これまでに起こった身体トラブルの一部が解明できました。まだまだ自分にはわからない身体の出来事がありますが、一つ一つ解明できるとイイなと思います。加齢と共にトラブルは急増するでしょうから、解明は永遠に追いつけないかもしれないですが、少なくとも自分の身体のコトがわかるというのは、悪いモンではありません。

 
13:18  |  身体のコト  |  Comment(0)

海老名市へ行ってきた

2016.11.27 (Sun)

2016112602.jpg
11月25日から26日、神奈川県海老名市へ講演で行ってきました。「助けて!きわめびと」のロケも川崎市と藤沢市だったし、この秋は神奈川県とご縁があります。

24日は54年ぶりという積雪。海老名駅前のビナウォークにもところどころ雪が残ってました。京都との温度差に思わずブルル。

ホテルは海老名駅を挟んで反対側の「ルートイン海老名駅前」。ホテル側には「ららぽーと海老名」もあるし、食べるところにも困らないのに、なぜこっち側に?

それは…あれを見に行くため。

2016112603.jpg
おおお!あれだ!

2016112604.jpg
Google画像検索で「海老名市」を見ると、何番目かに表示されるこの塔。ビルに周りを囲まれた塔というのは、京都や奈良でもなかなかお目にかかれない不思議な光景。奈良時代にあった塔の3分の1サイズのレプリカだそうな。

2016112605.jpg
ビナウォークにはクリスマスのイルミネーションも。仏教的な塔とクリスマスの装飾の同居するビナウォーク。

ビナウォークを一回りしたあとはららぽーとへ。OLD NAVYのSALE品に目がくらみ、思わず買いそうになりながらも「そういえば」と4階のモンベルに行くと、けっこうな陳列数。色確認はやっぱり実物を見ないとね。モンベルで物色中に閉店のアナウンス。こんなに閉店が早いとは…

出張にメガネを持っていくのを忘れたので、コンタクトレンズを外すともう寝るのみ。普段よりも数時間余計に寝ることに。

2016112606.jpg
朝、窓から外を見ると…線路がイッパイ。JR相模線、相鉄本線、小田急小田原線が交わる海老名駅。さっそく朝の散歩へ。

運用区間がだいぶん減ってきた205系電車。かつては山手線や、埼京線など、あっちこっちで見ることができたし、関西では東海道線や阪和線でも見られた205系。相模線の205系500番台は、ちょっと顔つきが違うけど。

2016112607.jpg
小田急の電車もものすごく久しぶり。海老名から町田というチョットだけだけど。行きの新横浜→町田の横浜線と町田→海老名は、帰宅時ラッシュと重なって、混んでました。小田急線の急行も待ち列がずいぶん長かったので、各駅停車で座っていくことに。帰りは、急行でもわりとユッタリ。首都圏の鉄道はホンマに混んでますねぇ。

2016112608.jpg
町田からは横浜線。いつの間にか車両はE233系に。横浜線も205系が長い間走ってましたね。
 
2016112609.jpg
横浜線の途中、長津田駅。東急田園都市線とこどもの国線と連絡する駅ですが、向こうには東武鉄道の車両も。相互乗り入れが進んだ結果、横浜線と東武の並びになるとは…です。近鉄の大和西大寺駅で、京都市地下鉄と阪神電車の車両が並ぶのも驚きでしたけど。

2016112610.jpg
予定していたよりも早く新横浜駅に着いてしまったので、端っこまで行き、子どもたちに混ざって新幹線の写真。
 
2016112611.jpg
そういや、この風景ははじめてだ。

2016112612.jpg
帰りの富士山は、久しぶりに頂上まで見えました。車内のアナウンスでも案内が入りました。三河安城あたりまでは快晴でしたが、名古屋の手前から徐々に雲が多くなり、関ヶ原ではいつものようにドンヨリ。あとは京都までズッと黒い雲。雨が降り始める前に帰れました。

 
17:17  |  旅行  |  Comment(0)

PCモニター交換(DELL→BenQ)

2016.11.21 (Mon)

2016112205.jpg
(交換前)
2016112204.jpg
(交換後)
 
DELLの22インチモニターからBenQ 24インチモニターGL2460HMに交換しました。

交換後の使用感をいろいろ。まず、高さはそんなに変わりありません。非ワイドの22インチからワイドの24インチへの交換だからなのか、5mmほど縦に長くなっただけです。横はずいぶん広くなりました。そして、重たさが全然!一時代前のモニターはとにかく重たい。今のLEDモニターは本当に軽いです。おかげでモニターアームへの負荷は軽く。

これまで21インチモニターを載せていたアームに22インチの重たいのを載せると、ヘタってしまい持ち上がった状態を維持できず。アームのトルクを調整するレンチがインチ規格のレンチと判明。「レンチはウチにあるから」とアーム添付のレンチを捨ててしまったので締まらない。仕方ないので、これまで22インチが載っていたアームに24インチを載せていたのを乗せ換えて、21インチの方に24インチを載せてみた。これで安定。

発色が悪いとAmazonのレビューに書かれていたけど、アーティストでもないし超正確な色は求めてないし、僕には許容できる範囲。「標準」だと眩しすぎるくらいなので、ブルーライト軽減の-70%にして使ってます。かなり落ち着いた発色になってます。もっと暗くても大丈夫かな?という位です。

発色は気にならないけど、操作ボタンはレビューどおり押しにくい。かなり慣れが必要。といっても一度セッティングが決まれば、めったに触るモンじゃないし日常使いには問題なし。

横幅が広がったので講演スライドの作成なんかは、作業効率が上がってます。

 
16:06  |  PC  |  Comment(0)

エネファームの発電ユニットが停止

2016.11.19 (Sat)

2016112201.jpg
11月13日の夜、「42F 発電ユニットエラー」の文字がモニター画面に表示。これまで、何度かエラー表示されたことがあったけど、再起動でたいていクリアーできてたので、やってみるもダメ。「42F」とはなにか?を調べると、温度センサー系から出されたエラーらしい。さいわいお湯は出ているので、翌14日の朝に大阪ガスに電話。
 
2016112202.jpg
14日は月曜日。月曜日はトラブル対応スタッフが大忙しらしく「夜の20時に伺います」と。結局18時頃に来てくれて「助かった」と思いきや「冷却ポンプのトラブルで交換が必要」とのこと。パーツ取り寄せと交換工事の予約は一番早くて18日。

18日は16時からだったのが、前のトラブルが早く対応できたということで14時に我が家へ。さっそく冷却ポンプの取り替えをして、再起動と発電の確認(確認までに1時間半ほどかかる)。ところが、思ったように冷却出来ないらしく、どうやらポンプ前後の配管部分にもトラブルが出ていたそうな。営業所に部品を取りに帰り、再設定。すっかり周りは真っ暗に。
 
2016112203.jpg
修理は無事に済んだらしく、翌朝には発電を再開してました。5日近くガス発電は停止していました。太陽光発電は稼働していたし、暖かい日が多かったので、日中の電気はカバーできていたと思うけど、夜間の発電はゼロ。修理代は保証期間内なので無料でした。

2014年1月末からエネファームと太陽光のダブル発電を始めて1年10ヶ月。はじめての大がかりな修理となりました。数年に一回ずつくらいは起こるんだろうな。なんとかモトが取れる10年を無事に乗り越えて欲しいモンです。
 
16:02  |   |  Comment(0)

「助けて!きわめびと」のスタジオ収録はメチャ楽しかった!

2016.11.17 (Thu)

2016111701.jpg
約1ヶ月前にロケ収録した(この時)「助けて!きわめびと」のスタジオ収録分の撮影に行ってきました。東京局はラジオの収録で入ったことがあるけど、NHK大阪局に来るのははじめて。
 
2016111702.jpg
ズッと一緒だったディレクターさんと控え室へ。途中でみえた大阪城は、テレビで見ているあのアングル。もう少し高い階からだと、まさにアノ風景。今年の大阪城の紅葉は、緑と黄と赤のバランスが良くて近年の中でもベスト!だそうです。
 
2016111703.jpg
9階の4番控え室が僕の楽屋。楽屋入りして、すぐにできあがったVTRを見ながら、進行のチェック。あのシーンが使われたのか!などなど、ロケのVTRを見ているだけでもオモシロイ内容になっていました。

お昼前に打合せは終わり、そこから楽屋で弁当。次のカメラリハーサルまでは時間があるので、ユックリ弁当。しかし、一人になると、これまで聞こえてなかったことが耳に入ってくるモンです。4番控え室の隣は時代劇などで使われる着付け室。折しも9階は朝ドラ「べっぴんさん」の収録スタジオがあり、その出演者と思われる人が出たり入ったりしていて、「『べっぴんさん』15分後から撮影再開です!」というADさんの声も聞こえてきます。控え室の隣は巨大なメイク室。メイク中の俳優さんや女優さんのお姿も!メイク室の向こうは出演者ロビー。あれ?あの人は戦地へ行ったきり行方不明中の人では?なぜ洋服を着て?いや、別の人か?と、もうそこかしこに出演者(当たり前か)。ミーハー大炸裂!

そんな中、控え室に帰ると、隣の部屋からこのチョット高めの特徴のある声は…高良健吾では?という声が聞こえてくるでないの。いやもうドキドキして、全然落ち着かない控え室。
 
2016111704.jpg
台本を再確認しようと開くも、すでに舞い上がった頭にはなんにも入っていかない。それよりも気になるのがいつも着てるエプロン。しばらく使ってなかったので、移動用に折りたたまれたままで、折りジワが入ってとれない。ここは、隣の部屋(着付け室)のあのアイロンを借りねばならんでしょう。
 
2016111705.jpg
というわけで、「もしかしたら俳優さんが来るかも」という下心もありながら、しかしやむにやむれず隣の部屋にアイロンを借りに。案外、すんなりと「どうぞどうぞ、自分で当てますか?」という感じで男性の常駐スタッフさんに通してもらえました。
 
2016111706.jpg
それにしても、9階の廊下は段ボールがズラリ。全部衣装です。よくみると「あさが来た 浴衣」とか「近江(大正3年)板東五十八 板東はな」などの貼り紙が。時代だけでなく、季節によっても違うみたいです。どうやら、近いフロアで「歴史秘話ヒストリア」の収録も行われていたようで、そちらの装束っぽい人もウロウロ。

そして、僕の少し先の通路から表れた人は…おお!あの後ろ姿は!!ピンボケだけど、おそらく控え室で聞こえていた声の主!一瞬、ずれていたらご尊顔も拝見できたかも。

15階の食堂へ行くエレベーターの中では、えらくベッピンな子役さんと一緒に。「ん〜どこかで見たことある顔だぞ…だけど誰だかサッパリわからん」。芸能人好きならウハウハな瞬間だったのかもしれないけど、残念ながら子役までは全然詳しくないので、ホンマにモッタイナイことしてます。
 
2016111707.jpg
そしてカメラリハが終わり、メイク室でドーランを塗ってもらい、髪もセットしてもらいました。「え?48歳なんですか?全然見えないですよ」という32歳のメイクさんには、その後、何度も直しをしてもらいました。なんか大事にしてもらってる感じでエエ気分でした。
 
2016111708.jpg
で、15時25分頃からいよいよ収録。実は、台本はあるけど流れの方が重要。2週分の収録を着替えなしでするのは、1週目の収録で出た話を2週目で使うことも想定してのこと…などなど、事前にディレクターさんだけでなくプロデューサーさんからも聞いていたので、こりゃもう喋りまくるしかないなと頑張ってきました。

といっても1週目(12月10日放送分)の方は話の展開のつながりが重要な回だったので、言い忘れると「あれ?」「なんか話が唐突だぞ」となりそうで、カメラの手前にでるカンペを見て「あ、そろそろアノ話をしないと」というのが気になりながらのやり取りになりました。

とはいえ、進行はあの三宅裕司さんと松島尚美さん。そして一柳アナ。任せておいても軌道修正してくれるので、少々違うところに話がいっても大丈夫でした。2週目はわりと区切りがハッキリしていた回だったので、その場その場のポイントで話ができたのもあるし、慣れてきたのもあって、1週目よりも伸び伸び話せた気がします。
 
2016111709.jpg
収録の後、僕はサンケイリビング誌の取材を受けて、今日の仕事が終わり。これで、我が家での撮影1日、ロケツアー3日、講演風景1日と今日のスタジオで、合計6日間の収録はすべて終わりました。あとは、制作スタッフの編集作業を経て、僕は12月10日と17日にテレビの前でオンエアー分を見るのみになりました。

収録前の打合せや各収録の前後のメールのやり取り入れると、ディレクターの大海さんとは濃い〜い数ヶ月を過ごさせてもらいました。ここまでディープに絡んだディレクターさんははじめてでした。おかげでこれまでで一番やった感のある収録になりました。オンエアーが今から楽しみです。


実は…本当のことをいうと、もうテレビは出なくてもイイかな?と思っていました。2012年12月の「モモコのOH!ソレみ〜よ!」以降は、「ちちんぷいぷい」にコメント出演で名前が出たことはありましたが(この時)、収録場面からは遠ざかっていました。出演はたいてい掃除や洗濯のやり方(ハウツー)を伝える立場になり、その奥の根拠や背景を伝える機会がなく、そのネタは使った時から陳腐化していくという、アイデアの消耗品化を感じていました。

ハウツーものは、キレイになるような道具や技を使って、キレイになる場面を撮って…ですので、構成が決まってしまっています。「この方法で掃除したけど…キレイになりませんでした」というのは、なかなかお目にかかれません。撮る前から美味しくできる、キレイになる、片付くが既定路線として決まっている中で、根拠や理屈抜きで(←ここ重要!)「この方法がいいんです!」というのは、正直、僕が喋ってなくもイイんです。

それでも、テレビに出演し始めた当初は、その枠内でも出演しているのが楽しい時もありましたが、だんだんシンドくなってました。そんな時に、「ドキュメント番組」と称しながら、撮り直しを4回、それも5歳の加奈子に要求したりするチームが来たり、出演料が振り込まれず、その後、連絡が取れなくなった収録などがあって「エエ加減な業界やなぁ」とテレビ制作全般への不信も生まれ、「もうイイや」という気持ちが強まったのもあります。

テレビ出演の超初期には、オモシロ夫婦、変わった夫婦、逆転夫婦という感じで、イロモノやゲテモノ的に夫婦揃って出演していましたが、むしろこの種の出演の方が「これからの社会に対して、なにかメッセージを送れるかも?」という感覚もあり、僕たちが出演した意味はあったと思います。

そんな中、今回は「極意」という形で、理屈や根拠、そして哲学を伝えることを主に置き、ハウツーはオマケ程度と聞き、久しぶりにテレビ出演を請けました。「きわめびと」探しの段階でディレクターさんと面接した時に、彼の口から「ロケをして、結果的にきわめびとが助けられない!ギブアップ!というのもアリだと思ってますので」と言うのを聞いて、これはオモシロいに決まってる!と出たくなり、そこから僕のありったけのプレゼンをして、きわめびとに決定となりました。

やっぱりテレビはオモシロイ!
ちゃんと時間を労力をかけて作るとオモシロイ!
どんなにタイヘンでも自分が関わる意味が見出せていれば楽しい!

とりあえず、今はオンエアーを見るのが楽しみです。


12月10日と17日(土曜日)9時半〜のNHK総合「助けて!きわめびと」
です。

 
22:33  |  テレビ出演  |  Comment(0)

子離れは問題ないと思っていたけど…

2016.11.15 (Tue)

子離れというと子育ての話ですが、話題はアメリカへ飛びます。

先日、ニュースを見ていると
米次期首席大統領補佐官にプリーバス氏(日本経済新聞サイト)」
というのがありました。

このニュースを聞いて、とっさに
「グリーヴァス将軍?」
と僕が呟くと、「は、は、は…」という加奈子の失笑。

このショウモナイ話を振れるのは、加奈子が「May The Force Be With You」の側の人間だからです。そろそろパダワンもジェダイ・ナイトへという年になってきたなぁ。

一日に最低でも一回はある、この種の会話。

その題材はSTAR WARSに留まらず、名探偵ポワロ、グラナダTVのシャーロック・ホームズシリーズ、カンバーバッチのシャーロック、新世紀エヴァンゲリオン、けいおん!、涼宮ハルヒの憂鬱、らき☆すた、あたしンち、ロード・オブ・ザ・リング、パイレーツ・オフ・カリビアン、ハリーポッター、王様のレストラン、一緒に見た一連の朝ドラ、一緒に見たアニメや映画の数々、共通の教師や知人や友人などなど。

加奈子が独り立ちした後、こういう共通のネタを使ったボケに誰も突っ込んでくれない!というコトに気付いたのでした。

僕は、子離れはまったく問題なくできると思ってました。

加奈子とお風呂に一緒に入れなくなることに、寂しいと思うどころか、ユックリお風呂に入りたくて「早く一人で入ってくれヘンかな?」と思ってたくらいでした。「娘がいつまで一緒にお風呂が入れるか」を話題にしている父ちゃん達には、まったく共感できませんでした。

加奈子にカレシができた時も「『年齢=カレシいない歴』でなくてヨカッタよ。38歳くらいになって『お付き合いをしたことがない』とか言われたら、どうしようかと思ってたし」と言ったくらい。だから、家を出て独立するのも、一般的なオヤジさん達が感じるような寂しさは感じないと思ってました。

でも、ショーモナイ日常の会話の中の、ちょっとオタクな部分の共有や物真似したり、「ほら、あの『ゴッ、ゴルフです!(by 「サラリーマンNEO」)』の人!」「堀内敬子やろ?!」「そうそう!」ができなくなるというのは、これはちょっと寂しいかもしれないなぁと気付きました。

和子さんにはこういう要素がまったくないし、今のような日常は、加奈子と一緒に暮らしている間だけの期間限定なんだな…。そう考えると、加奈子の話にパソコンの画面見ながらのナマ返事するのではモッタイナイな。「くだらねぇ」「オチはないのか?」という話でさえも貴重なモノになるんやね。

 
12:35  |  家事・子育て  |  Comment(0)

高校の説明会もそろそろ終わり?

2016.11.14 (Mon)

2016111401.jpg
週末は高校の入試説明会に行ってきました。これまであちこち行ってきましたが、今回は京都府下でおそらくトップだと思われる堀川高校探求科。今や、私立のトップ校(リオ五輪の桐生選手の出身校ね)と併願しても、京都市立のこっちを選ぶ生徒が多い(by 塾関係者)という堀川高校。一時代前の公立校低迷期しか知らない京都人なら「なにをアホな」と言うような、公立と私立の逆転現象が起こっているのが京都。経済環境が大きく変化している時代背景もあるんだろうな。

実は、加奈子の志望校リストに堀川高校探求科は入っていないのですが、とはいえ前に見に行ったのが2年前。今行くとまた受け止め方が変わっているかも…というのもあって行くことに。それと、中学校の方針なのか、一度も見に行ってない高校は受験させてもらえないので、リストに入っていないけど「もしかして、もしかすると」もゼロではないので、念のため行くことに。

この日は、府下の多くの高校が説明会でした。堀川高校の滑り止め的な高校が同じ日に説明会をぶつけてきているのは「どゆこと?」でしたが、加奈子は迷いなく堀川高校へ。

今回は、学校の教育方針(もう何度も伺ってますけど)や実際の入試ポイント説明などがありました。国語、数学、英語のポイント説明は生徒のみの対象だったのですが、保護者も聞くことのできた人文・社会科学と自然科学の試験問題解説はメチャクチャおもしろかったです。一見「中学生にこの問題か!」と思うけど、落ち着いて冷静によく考えれば解けるという、難問奇問でもなく、もちろんただの基本問題でもなく、学校で習った基礎に日頃の興味関心と科学的考察が加わらないと解きにくい問題で、問題の完成度に感動すら覚えました。

もしも自分がもう一度高校生をするのなら、この問題を解いて集まる友達と過ごせたらオモロイだろうなぁと感じました。そんなことを加奈子と話しながらの帰り道。同じ中学校から説明会に来ていた親子を見かけたので声を掛け、お昼をご一緒することに。

食べに行ったのはタイ料理屋。その名も「四条パクチー」。高校への往き道で見付け「帰りはここでランチや!」と加奈子と決めていた店。「パクチー苦手」という人も多い中、パクチーに抵抗なくスイッと「行きます行きます」と言う母子。ただ者ではないな…と思っていたら、これがまたオモロイ親子で。

とくに小学校から加奈子と一緒のKさん。加奈子は小学校から一緒だったものの、同じクラスになったことがなく(たぶん)ゆっくり喋ったことのなかった子だったみたいだけど、お互いに「新世紀エヴァンゲリオン」好きというのが発覚。それも1995年のテレビシリーズ好きというディープっぷり。話はさらに流れ1979年放送のファーストガンダムの話へ。さらに深みに話は進むのでした。21世紀生まれの人とズゴックの話で盛り上がれるとは…オッチャン感激です(加奈子とKさん母はドン引きでしたけど)。

オタク文化は世代を超える!国境を越える!
もちろんオタク話以外の話題も広く浅くなく、楽しいランチタイムでした。こんなオモロイ人がいる高校は、きっとオモロイやろなぁと思います。

まぁ、僕と加奈子は別人格ですし、加奈子には加奈子のしたいことがあるようなので強制はしません。直通電車一本で通える高校ではあるけど、その往復時間さえモッタイナイというのもわかります。受験まであと3ヶ月弱。早ければ3ヶ月と1週間後に、遅くとも約4ヶ月後には進路がほぼ定まり、5ヶ月後には新しい生活が始まっているんですね。

月日が流れるのは早いですねぇ。
 
12:00  |  家事・子育て  |  Comment(0)

奈良マラソンのスタート位置は、なんと!

2016.11.13 (Sun)

2016111202.jpg
12月11日に行われる、奈良マラソンのナンバーカード引換券が届きました。
封筒を開け内容を確認すると、スタートブロックが
「K」
となっているではないの!

冊子を確認すると、なんと最後尾集団。

これはいったいどういうこと?
 
2016111201.jpg
確認したら、申し込みの時に、あわてて入力した結果、3時間45分と入力すべきところを、5時間45分でゴールすると申告していた模様。制限6時間のマラソン大会で5時間45分は最後尾集団以外で決定でしょう。

トホホ…
今年こそ、4時間切りグループの中で、同じくらいのペースの人達と一緒にスタートできると思ったのに。またしても、大混雑集団を追い抜き追い抜きするマラソン大会に。

過去のデータを見て見ると、2013年に「最終グループの『H』からスタートした」とあり、その時のスタート時間が8分48秒後になってました。最終が「H」から「K」に増えているのを考慮して、号砲から10分後にはスタート位置を通過できて欲しいところです。

マラソンレースシミュレーターで計算したところ、前半の引っ掛かりで10kmにわたってペースが1分落ち、トイレ停止も含めてみたところ、11km以降を5'17"/kmを刻めば4時間切りは可能と出ました。これは、不可能なペースではないので最後尾スタートからでも4時間切りができそうです。さいわい奈良マラソンは参加者のわりに道幅が広いので、追い抜きも京都ほどタイヘンではないはず。20km地点と30km地点の上り坂が頑張りどころですな。

とはいえ、もうちょっと楽に走りたいです。今回は自分のミスからこんなことになってしまい、文字通りの自業自得。なんともトホホな大会になりました。

 
17:16  |  スポーツ  |  Comment(0)
 | HOME |  NEXT